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第28話:城下町DIY! 氷の街を照らす全面ガラス張りの旗艦店


「……深刻な課題ね。城の中のインフラがどれだけ整っても、これじゃ片手落ちだわ」


分厚いコートに身を包んだ私は、深くため息をつきながら城下町の大通りを見渡した。

隣には分厚い手帳を抱えたルカ。そして少し後ろには目立たない黒の外套を深く被り、お忍びの視察として同行しているアレクセイの姿があった。


──私たちがいるのは雪が降っているヴォルフガングの城下町。

私たちが城から流してる温水や余剰作物の配給のおかげで、すれ違う領民たちもかつてのような絶望に満ちた暗い目はしていない。


だが、マーケターの視点から見れば……ここはまだ死んだ街だ。


「あーあ、今日も雪か。どうせ配給の芋を食って寝るだけさ……この雪じゃ、何もできやしない」

「全くだ。凍え死なないだけマシだが、生きてるって言えるのかねぇ、この暮らしは……」


すれ違った若者と老人が虚ろな目で、そんな愚痴をこぼしながら肩を落として歩いていく。


配給頼みの無気力スパイラル。

労働意欲そのものが削がれている状態。

これは……経済において一番厄介な状態だ。


「彼らは今、ただ施しを受けて生き延びているだけ。自発的な消費活動も、活発な商取引も生まれていないわ。これでは持続可能な経済圏とは呼べない」

「……耳の痛い話だな」


私の言葉に後ろを歩いていたアレクセイがフードの奥で目を細め、低く重い声でこぼした。


「俺の力不足だ。過酷な環境と王都からの冷遇の中、民を凍死させないだけで精一杯だった。自立した経済……それが理想だが、この死に体の街でどうやって火をつける?」

「だからこそ、私たちがカンフル剤を打つんですよ、CEO。ルカ、例の物件は?」

「こちらです。大通りの中心の最も目立つ交差点の角地を押さえてあります」


ルカが案内してくれたのは、かつては大きな商店だったと思われる空き店舗だった。

長年の風雪に晒された木材は腐りかけ、屋根はひしゃげ、隙間風が容赦なく吹き込んでいる。

まさに街の陰鬱さを象徴するような廃屋だ……。


「ルカ、よくこんな大通りの交差点の角地を押さえられたわね? どうやったの?」


私の問いに、ルカは氷点下の雪すら溶けそうな笑顔を浮かべた。


「元の持ち主である強欲な地主が、多重債務で首が回らなくなっていましてね。そこに私が、城の権威とスラムの仲間の圧……じゃなくて、交渉術を使わせていただき、タダ同然で買い叩いておきました」

「……貴様、俺の権威を随分と勝手に振りかざしてくれたようだな」


アレクセイが鋭い視線を向けるが、ルカは全く動じることなく一礼した。


「事後報告となり申し訳ありません、CEO。しかし、初期投資を抑えることは経営の絶対原則ですので」

「口の減らない男だ。まあいい、結果で示せ」


(ルカのえげつない手腕も凄いけど、アレクセイ様もすっかり経営トップの顔になってるわね……)


頼もしすぎる経営陣のやり取りに内心でツッコミを入れつつ、私は袖をまくり上げ、廃屋の前に立った。


「よし。ここを、私たちのリゾートが生み出すプロダクトの旗艦店──フラッグシップ・ストアに作り変えるわ!」


店舗開発において、外観は顧客の足を止める最大の武器だ。今回は城の設備ではない。

圧倒的な非日常と憧れを視覚に叩き込む、王都の高級ブティックすら凌駕する空間を錬成する。


「まずは基礎の再構築(! 腐った木材の炭素を抽出し、大地の鉱物と結合させて強固な鋼鉄の骨組みへと変換するわ!」


土魔法と錬金術の応用だ。

ミシミシと音を立てて廃屋の構造が内側から書き換わり、細くとも絶対の強度を誇る金属の柱が組み上がっていく。


「続いて外壁! 街のどこからでも中の煌めきが見えるよう、全面をガラスのショーウィンドウにハックするわよ!」


風魔法で周囲の砂を巻き上げ、炎魔法の超高温で一気に溶解。

不純物をミリ単位の演算で弾き出し、光の透過率が99%を超える極めてクリアな巨大ガラス板を錬成し、骨組みへと嵌め込んでいく。

ただのガラスではない。外気の冷たさを完全に遮断する真空層を挟み込み、結露でディスプレイが見えなくなる不快感を完全に排除する設計だ。


「内部のライティングと陳列棚の構築! 光の乱反射を計算して……!」


床には大理石調の滑らかな石板を敷き詰め、天井には細かな光魔法の光源を無数に配置。

陳列棚は商品の存在感を邪魔しないよう、極限まで細く削り出した真鍮のフレームとガラス板で構築した。

顧客の視線が自然と商品に誘導されるよう、人間工学に基づいたゴールデンゾーンに最適な傾斜をつけて棚を固定する。


すべてのパラメーターを泥臭く最適化し、最後の術式を閉じた。


「――ボタニカル・ブティック第一号店、ローンチ!」


吹雪が吹き荒れる陰気な街角に、突弱として眩い光を放つ宝石箱のような店舗が出現した。

全面ガラス張りのショーウィンドウからは、暖かなオレンジ色の間接照明に照らされた洗練された店内が丸見えだ。


「またお前は、常識外れな真似を」


アレクセイが黒い手袋越しにガラスの壁に触れ、呆れたように感嘆の混じったため息をついた。


「猛吹雪の街中に、これほど透き通った脆弱に見える壁を立てるとはな。だが……恐ろしい強度だ。冷気すら一切通していない」

「店舗開発において、外観は顧客を惹きつける最大の武器ですから! さあ、商品を並べるわよ!」


私は持参したマジックバッグからシルヴァンが爆速で育て上げた月光草や高級ハーブをふんだんに使った特製プロダクトを取り出した。

肌にのせた瞬間に雪のように溶ける極上クーリングジェルや、体温の変化で三段階に香りが変わるボタニカル香水。

それらを、真鍮とガラスの陳列棚に美しく、余白を活かしてディスプレイしていく。


「お、おい……見ろよあれ……」

「なんだあの光り輝く建物は……? 中に宝石みたいな瓶がいっぱい並んでるぞ……」


異質で美しい光景に街の人々が吹雪を恐れることも忘れ、光に集まる虫のように恐る恐る近づいてきた。

ガラス越しに店内を覗き込む彼らの目は、戸惑いと、そして確かな憧れに満ちている。

しかし、すぐにその表情は諦めに変わった。


「凄いけど……俺たちみたいな平民には縁のない、貴族様向けの高級店だな」

「ええ……私たちには、見ていることしかできないわ」


足早に立ち去ろうとする領民たち。

その背中を引き留めるように私はガラス張りの店舗の扉を大きく開け放ち、大声で宣言し

た。

「お待ちください、皆様!」


私の声に、領民たちが一斉に振り返る。


「ここは確かに、王都の富裕層から金貨を巻き上げるための高級店です。ですが……この店舗を運営するのは、私ではありません! 私は今日、この街の皆様に仕事を発注しに来ました。この店で接客をしてくれるスタッフ、裏の工房でハーブを加工してくれる職人……そのすべてを、この街の皆様に担っていただきたいのです!」


街の人々が信じられないものを見るように息を呑んだ。

だが、長年虐げられてきた辺境の民だ。

すぐには信じられないのも無理はない。群衆の中から、鋭いヤジが飛んだ。


「待ってくれ! どうせ俺たちを奴隷みたいに安い賃金でこき使う気だろ! 貴族の甘い言葉なんかに騙されるもんか!」

「そうだそうだ! いいように使われて捨てられるだけだ!」


(よし、来たわね! ここでの求職者の不信感は、実体験で打ち砕くのがマーケティングの鉄則よ!)


私は怯むことなくニヤリと笑い、ガラス棚からボタニカル香水と極上クーリングジェルの小瓶を取り出し、ポンッと蓋を開けた。


「言葉よりも、まずは商品の力を体感してください! 広域サンプリング展開!」


風魔法を使い、瓶の中から立ち昇る極上の香りとジェルの清涼な魔力成分を、広場に集まった領民たちに向けて一気に拡散させる。


「な、なんだこのいい匂いは……!?」

「凄い……深呼吸しただけで、塞ぎ込んでいた頭がスッキリして、体の底から力が湧いてくるぞ!」

「長年のあかぎれの痛みが、すーっと引いていくわ……!」


突如として広場を包み込んだ極上の癒やしに、領民たちは目を見開き、感嘆の声を上げた。

彼らの心が完全にこちらへ向いた瞬間を見逃さず、私は腹の底から声を張り上げ力強い演説を叩きつけた。


「給与はこの土地の平均水準の倍を約束します! そして、この極上の品を……あなたたち自身の手で作るのです! 私たちはこの最高の商品を王都の貴族たちにプレミアム価格で売りつけ……私たちが逆に、王都から莫大な富を搾取すのです!」

「王都から、富を……搾取する……!?」

「ええ! 私たちが目指すのは、一部の人間だけが潤う独占ではなく、皆様と共に成長し、中央の連中を見返してやる共創なのです!」

私の言葉が終わると広場は一瞬、水を打ったように静まり返った。

長年、王都から虐げられ、搾取される側でしかなかった彼らにとって「逆に富を吸い上げる」という概念はあまりにも規格外だったのだ。


「王都の貴族から、俺たちが……?」

「でも、この香水の匂いは本物だ」

「このガラスの店も……私たちがここで、本当に……?」


領民たちは隣同士で顔を見合わせ、信じられないというようにヒソヒソと言葉を交わし始めた。

それは疑念ではなく、目の前に突然ぶら下げられた希望が本物かどうか、必死に確かめようとする切実なざわめきだった。


やがて、先ほど最初にヤジを飛ばした男が唾を飲み込み、震える声で口を開いた。


「本当に、俺たちみたいな平民でも……王都の連中を見返してやれるのか?」

「ええ。あなたたちの手で、必ず」


私が力強く頷いて肯定すると。

静まり返っていた城下町に、今度こそ「おおおおぉぉぉぉっ!!」という地鳴りのような割れんばかりの歓声が響き渡った。


「俺にやらせてくれ!!」

「私も! 掃除でも何でもするわ!」

「王都の連中から金を巻き上げてやるんだ!!」


完成に沸く領民たち。それを見てすかさずルカが満足気に頷きながら前に出る。


「では店舗スタッフ希望者は右の列、工房の職人希望者は左の列に並んでください。雇用契約書は既に全員分用意してあります。文字が読めない方は私が代筆して拇印を押させますのでご安心を」


熱狂が冷めないうちに、ルカがどこからともなく大量の書類と机を取り出し、恐るべき手際で領民たちを捌き始めていた。


(ルカ、クーリングオフの隙すら与えない手際……! 優秀すぎてちょっと引くわね!)


美しい香水の瓶と真新しい店舗を前に、領民たちは希望と野心に満ちた輝くような目をしている。

街の空気が、無気力から明確な熱狂へと変わった瞬間だった。


「……施しではなく、誇りある労働と対価を与える、か」


少し後ろで控えていたアレクセイが静かに呟いた。


「そうです、CEO。城の人間だけで回すよりも、街の労働力を活用した方が人件費は適正化され、生産のスケールアップが容易になります。何より、雇用を生み出すことで彼ら自身が購買層へと育つ。初期投資の回収どころか、数年後にはこの城下町全体が莫大な税収と利益を生み出す巨大な経済圏に化けますから!」

「なるほどな……」


彼は群衆から少し離れた暗がりに一歩下がり、誰にも気づかれないようにそっとフードを少しだけずらした。

そして瞳を優しく細め、歓喜に沸く領民たちの姿と、彼らの中心で光り輝くガラス張りの店舗をただ静かに見つめていた。


「王都への憎悪すらも商売の原動力に変えるとは。お前の手腕には恐れ入るしかないな」

「ふふっ。怒りやコンプレックスは、一番強い購買意欲になりますからね」

「──見事だ、シャルロッテ。俺一人では、百年経ってもこの街に火を灯すことはできなかっただろう」


アレクセイは目を細め、一片の曇りもない絶対的な信頼を込めた声で言った。


「……俺は、お前というビジネスパートナーを持てたことを、心から誇りに思う」

「え?」


穏やかな声には、いつもの威圧感も皮肉も一切なかった。

純粋な……一人の男としての真っ直ぐな称賛。フードの奥から見つめてくる瞳は真摯だった。


(な、なに急に……?いつもなら最大スポンサーからの高評価獲得!って喜ぶところなのに、なんで私、こんなに心臓が跳ねてるんだろう……!)


打算のないストレートな言葉に、私は不覚にもカッと顔が熱くなるのを感じた。


「あ、ありがとうございます、CEO! で、でも、私たちの快進撃はまだ始まったばかりですよ!


思いがけない不意打ちに内心で大慌てしながらも、私は必死に顔の熱を誤魔化し今日一番の自信に満ちた営業スマイルを向けて頷いた。


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