第26話:インナーブランディングで視覚をハック! 極上制服と氷の公爵の圧倒的ビジュアル
「ルカ。当リゾートの空間は最高レベルに達しつつあるけれど……致命的なノイズがあるわ。あれを見てちょうだい」
私はエントランスホールの吹き抜けガラスから、下の階のウェルカムラウンジで接客するスタッフたちを指差した。
磨き上げられた大理石の床、空中に浮かぶ滝、そして極上のラウンジ。
その完璧な五つ星空間を歩いているのは――汗臭い訓練着のままの騎士や、あちこち凹んだ無骨な金属鎧を鳴らしながらウェルカムドリンクを運ぶ兵士たちだった。
「……完全に世界観が崩壊していますね、ボス。ラグジュアリーな空間において、従業員の視覚情報は顧客の没入感を左右する最大の要因です」
「ええ。いくら施設が極上でも、サービスを提供する側が辺境のむさ苦しい兵士のままじゃ、顧客の支払意欲にブレーキがかかるわ。早急なインナーブランディング――極上リゾート制服の導入が必要よ!」
思い立ったが吉日。私とルカは変態エルフのシルヴァンが管理するボタニカル温室へと足を運んだ。
「おお……! なんて素晴らしい弾力なんだい! 君たちの奥底から、強く、激しく縛り上げられたいという声が聞こえるよ……! ハァハァ……!」
「相変わらず絶望的に気持ち悪いわね、こいつ……」
「きもすぎる……」
温室の奥ではシルヴァンが美貌を歪ませながら、雪のように真っ白な魔綿花の塊に顔を埋めて荒い息を吐いていた。
私はドン引きしつつも、営業スマイルを貼り付けて彼に声をかけた。
「シルヴァン先生、お疲れ様。その魔綿花を大量に収穫して従業員の制服を作りたいのだけど」
「おお、レディ! 素晴らしい着眼点だ! この魔綿花はね、魔力を通すことで繊維のキューティクルが極限まで引き締まるんだ。風魔法で螺旋状に強いトルクをかければ、絹のような光沢と鋼のような強度を併せ持つ極上の糸になる! ああ、想像しただけでゾクゾクするよ……!」
相変わらず言い方は完全にコンプライアンス違反だけど、素材の特性理解と加工へのアドバイスは的確すぎる。流石は変態だ。
私はシルヴァンの変態的なアドバイスを脳内で論理的に変換し、両手に魔力を集束させた。
「いくわよ! 『風魔法』で魔綿花を真空紡績! 繊維の方向をミリ単位で均一化して……!」
竜巻のように渦巻く風の中で、大量の綿花が極細の糸へと変換されていく。
さらに、そこへ水魔法と独自のハーブエキスをブレンドし、ヴォルフガング公爵家の象徴である深いミッドナイトブルーへと分子レベルで染色。
「次は織りと立体裁断よ!」
私が意気込んでいると、シルヴァンが鼻息を荒くして身を乗り出してきた。
「レディ、彼らの服を作るなら絶対にスリーピースだ! この極寒の雪国で鍛え上げられた大樹の幹のような素晴らしい筋肉……それを隠すなんてボタニカ)への冒涜だよ! 筋肉の隆起を美しく際立たせつつ、可動域を確保するタイトなカッティングにするんだ! ああ、想像しただけでハァハァする……!」
「え、きも……じゃなくて素敵なアドバイスありがとう」
息をするようにセクハラ発言をかましてくるけど、メンズアパレルのデザインセンスとカッティング理論は完璧だ。
でも、もしかして彼の趣味なのか……?い、いや……考えないでおこう。
「採用よシルヴァン先生! 従業員の骨格データをスキャンして、筋肉の可動域を一切邪魔しないタイトなパターンを構築……!」
布地が空中で自動的に裁断され縫い合わされていく。
汚れを弾くスライムの粘液成分を極薄の防水・防汚レイヤーとして定着させ、炎魔法の熱プレスで、シワ一つないパリッとした折り目を形状記憶させる。
「さらに、土魔法で抽出した真鍮をミリ単位で削り出し、公爵家の紋章が刻まれたアンティーク調のボタンを全着に錬成して縫い付ける……!」
全従業員分のサイズ別立体裁断なんて、脳の演算領域が焼き切れそうだ。
(でも、前世のアパレルコラボ企画で、工場から『納期に間に合わない』と泣きつかれ、三徹で検品作業をしたあの地獄のブラック労働に比べれば……! 私の社畜メンタルはこんな魔力枯渇じゃ折れないわ……あれ?前にも前にもこんなこと考えてたような……だ、だめよ!考えちゃだめ!前世のことは忘れるんだ!)
歯を食いしばりながらパラメーターを最適化し、最後の術式をきっちりと閉じる。
「——五つ星リゾート専用コンシェルジュ制服&高機能メイド服、ローンチ完了!」
数時間後。
エントランスホールに集合した従業員たちに、完成した制服を支給した。
極寒の辺境で魔獣と戦い抜いてきた騎士たちは、全員が分厚い胸板と丸太のような腕を持つ、並外れたガタイの良さの持ち主たちだ。
屈強な巨漢たちが私の立体裁断とシルヴァンの変態的デザインによって――はち切れそうな筋肉をミッドナイトブルーの極上スーツで包み込んだ、色気ダダ漏れの紳士風ホテルマンへと見事な変貌を遂げていた。
「な、なんだこの服は!? 鎧より軽いのに、異常なほど体にフィットするぞ!」
マーサたちメイド陣も、クラシカルで上品なロング丈のメイド服に着替えている。
「動きやすい……それに、このフリルのデザイン、とっても可愛いです!」
防汚コーティングのおかげで、どれだけ掃除をしても純白のエプロンは汚れない仕様だ。
「あなたたちはただの兵士やメイドじゃない。誇り高き五つ星リゾートのコンシェルジュよ! 姿勢を正して、胸を張りなさい!」
パリッとした極上の制服に身を包んだ瞬間、彼らの立ち振る舞いまでが洗練されたプロフェッショナルのように引き締まった。
外見を変えることで、中身まで引き上げるインナーブランディングの完全な成功だ。
「ふふっ、みんな見違えたわね。屈強な肉体にタイトなスーツ……スタイリッシュな色気ダダ漏れイケメンがずらりと並ぶ光景、これぞ究極の目の保養』だわ!」
「見事です、ボス。洗練された従業員のビジュアルは女性客のチップ額とリピート率を確実に30%は引き上げます。同じく男性客もメイドを見て、リピートするかも……。制服への投資対効果は無限大ですね」
私が美しく着飾った騎士たちを眺めてホクホクしている横で、ルカが手元のメモ帳で計算する。
「これは一体なんの騒ぎなんだ……」
いつもの如くアレクセイが騒ぎを聞きつけてやってきた。
毎度おなじみだけど……そうだ、彼にも役割があるんだ!
「CEO! ちょうど良かったです! 従業員の制服化が完了しまして――CEOもこれを着てください!」
「は? 俺が?」
怪訝な顔をするアレクセイに私は有無を言わさず、特別仕様に調整した総支配人ゼネラルマネージャー専用・超高級ロングコートスーツを押し付けた。
渋々といった様子で袖を通すアレクセイ。
――その瞬間、エントランスホールの空気が完全に停止した。
細身のスーツがアレクセイの長身と引き締まった体躯を、恐ろしいほど完璧に引き立てていた。
冷酷な瞳と美しい髪。一切の隙がないパリッとしたスーツ姿は、もはや紳士などという生易しいものではなく、国そのものを傾けかねないほどの圧倒的な顔面偏差値の暴力……。
「「「…………っ!!」」」
マーサたちメイド陣が、あまりの美しさに息を呑んで顔を真っ赤にする。
騎士たちですら、同性でありながら威厳と色気に圧倒され、言葉を失っていた。
「なんだ?何故全員黙っている?サイズが合っていないのか?」
「い、いえ……」
私は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
(やばい。氷の公爵のビジュアルが元からチート級なのは知ってたけど、この洗練された現代風スーツを着せたら、破壊力が天文学的数値に跳ね上がったんですけど!?)
私が言葉を失って見惚れていると、アレクセイはスッと目を細め、長い脚でゆっくりと私に近づいてきた。
「……シャルロッテ」
「は、はいっ!?」
「お前、男の着せ替えにでも目覚めたのか?」
アレクセイは私の目の前で立ち止まり、その圧倒的な美貌をスッと近づけてきた。
冷たいような、それでいてどこか熱を帯びた瞳が私を射抜く。
「ち、違いますよ公爵様! これはビジネスの戦略です!」
「戦略?」
「ええ! 公爵様はこのリゾートにおける最強のIP……つまり知的財産であり、一番集客力が高いメインビジュアルなんですよ! お客様を魅了するためにも、完璧な着こなしで最大の広告塔になっていただかないと!」
私が顔の熱を誤魔化すように、早口でマーケティング用語を並べ立てて力説すると。
アレクセイは一瞬きょとんとした後、呆れたように小さく息を吐いた。
「……相変わらず何を言っているのかよく分からんが……俺を客寄せの看板扱いするのは、世界中でお前くらいだろうな」
「あら。言ってる意味分かってるじゃないですか。それに……事実ですから! 圧倒的ビジュアルの費用対効果は世界一です!」
アレクセイは微かに口角を上げ、「……悪くない」と低く呟いた。
どうやら私なりの最上級の賛辞は、彼の名誉欲を満たす最適解だったらしい。
「よーし、この調子でどんどん行くわよ!リゾート開設の日は近いわ!」
最強の制服と国宝級のビジュアルを誇るCEO。
圧倒的なビジュアルハックを完了した私たちのリゾートは、また一つ、誰も到達できない高みへと駆け上がる──。




