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第2話:辺境城は事故物件!? 氷の公爵からの『白い結婚』宣言は、DIYし放題のプラチナチケット

ガタガタ、ドシンッ!


「……っ、痛っ! またお尻が……!」


王都を出発して早二週間。

サスペンションという概念が完全に欠如した旧式の馬車に揺られながら、私は何度目かわからない悲鳴を上げた。

クッション代わりに敷き詰めた毛布も、もはや限界を迎えている。前世で出張の際に乗っていた新幹線のグリーン車が、今さらながら恋しくてたまらない。


窓の外に広がるのは色彩を欠いた荒涼とした大地と、針葉樹の黒々とした森だけ。

王都の華やかな景色はとうの昔に姿を消し、肌を刺すような冷たい風が、馬車の隙間から容赦なく吹き込んでくる。


「これが北の辺境……。聞いてはいたけど、物理的なインフラが完全に死んでるわね。これじゃあ物流コストも跳ね上がるはずよ」


マーケターとしての職業病で、つい心の中で現状の流通網の課題を分析してしまう。

そんな時、馬車は重々しい音を立てて停止した。どうやら、目的地に到着したようだ。


「シャルロッテ様、到着いたしました」


護衛の騎士に促され、重い扉を開けて外に出る。 途端に王都の冬とは比べ物にならない極寒の空気が肺を満たした。

思わず身震いしそうになるのを、自前の炎の魔法を微弱に発動してカイロ代わりにし、なんとか耐え凌ぐ。


そして、顔を上げた私の視線の先には——。


「……うわぁ」


思わず素の感嘆が漏れた。 切り立った崖の上にそびえ立つ、ヴォルフガング公爵家の居城。

それは威厳ある城というよりは、巨大な廃墟一歩手前の代物だった。

外壁の石積みはあちこち崩れ落ち、屋根の瓦は剥がれかけ、窓ガラスにはヒビが入っている。

どんよりとした鉛色の空を背景に建つその姿は、ホラー映画のロケ地にそのまま使えそうなほどの事故物件オーラを放っていた。

これ大丈夫?化け物の住処とかじゃないよね?


(修繕費用をケチってるのかな。 いや、手入れをする人手すら足りていないのか……いやいや、そもそもお金が……)


私の内なるDIY職人の血が惨状を見てふつふつと沸き立ち始めるのを感じた。


「——ようこそ、最果ての辺境へ。王都からの厄介者よ」


ふいに、吹雪のような冷たさを孕んだ低い声が響いた。

城の入り口。重厚な木扉の前に、一人の男が立っている。


「!」


漆黒の外套を羽織った長身。軍人のような隙のない立ち姿。

プラチナブロンドの髪の隙間から覗くのは、すべてを凍りつかせるような氷の瞳。

そして何より目を引くのは、彼の右頬から首筋にかけて広がる、赤黒く禍々しい火傷の痕だった。

彼こそが、この極寒の地を治める呪われし氷の公爵——アレクセイ・フォン・ヴォルフガングその人だ。


(……傷のせいで恐ろしい印象を受けるけど、元の顔の造形はものすごく整っているわね。鼻筋の通った横顔なんて、うちの会社のメンズコスメの広告塔にスカウトしたいレベルの黄金比だぁ……)


前世の職業柄、ついつい骨格や顔のパーツの配置を分析してしまう。

そんな私の呑気な視線に気づいたのか、公爵は不快げに眉をひそめた。


「お前が元王太子の婚約者、シャルロッテ・フォン・ローゼンベルクだな。手紙は受け取っている。愚かな王家が不要になった女を私に押し付けてきたとな」



愚かな王家……ね。

まぁそうだろうけどさ。どうやらこの公爵様はこの国の王家に対していい感情は抱いてないらしい。


「お初にお目に掛かりま──」

「挨拶は不要だ」


私が淑女の礼をとる前に、公爵は冷たく言い放った。


「単刀直入に言おう。私にお前を妻として扱う気は一切ない。これは王家からの命令ゆえに形だけ引き受けた、いわば白い結婚だ」

「……白い、結婚」

「そうだ。寝室は別、食事も別。領地の運営に関わることも許さん。最低限の衣食住の面倒は見てやるが、互いに一切干渉しない。お前はただの同居人として片隅で息を潜めて生きていくがいい。それが嫌なら今すぐ王都へ引き返して修道院にでも入るんだな」


威圧的な態度の裏には、明確な拒絶があった。


──俺に関わるな。


彼自身が張った分厚い氷の壁。

王都の貴族令嬢であれば、この冷遇と絶望的な環境にその場で泣き崩れていただろう。 しかし、私は違った。


(——えっ、ちょっと待って。それってつまり……)


私の脳内で、先ほどの条件が現代ビジネスの言葉に高速変換されていく。


妻としての義務は一切免除。

領地のしがらみや社交への参加も不要。

衣食住のベーシックインカムは保証。

その代わり、完全な放置。


(最高じゃん!!)


私は歓喜の声を上げそうになるのを必死に堪え、口元を扇で隠した。

干渉されないということは私が何をしようが自由ということだ。

誰に気を遣うこともなく、この広大な……しかも修繕しがいのあるボロ城の片隅で、自分の好きなようにパーソナル・スペースを作り上げることができる。

これは追放ではない。DIYし放題のプラチナチケットを獲得したようなものだ!


「承知いたしました、公爵様!」

「なに?」

「互いに不干渉という契約、たしかに結ばせていただきます。私は私の部屋で、ひっそりとつつましく生きていくことをお誓いしますわ!」


満面の笑みで即答した私を見て、公爵は一瞬、毒気を抜かれたように目を丸くした。

まさか快諾されるとは思っていなかったのだろう。


「……ふん。変な女だ。おい、マーサ! この女を北の塔の空き部屋へ案内しろ!」


公爵が吐き捨てるようにそう言うと、奥から初老のメイドが小走りで現れた。

私は公爵に優雅にお辞儀をし、ウキウキとした足取りでメイドのマーサの後について城の中へと足を踏み入れた。


 * * *


「こちらが、奥様……いえ、シャルロッテ様のお部屋になります」


案内された北の塔の部屋に入った瞬間、私は思わずくしゃみをした。

ホコリっぽい。そして、信じられないほど寒い。


「ひどい有様で申し訳ございません。人手が足りず、もう何年も使っていなかった部屋でして……」

「いえ、お気になさらないで。案内ありがとう、マーサ」


申し訳なさそうにするマーサを労い、部屋を見渡す。

窓枠は腐って隙間風が入り放題。

暖炉はあるが、長年使われていないため煤だらけで使い物にならないだろう。ベッドのマットレスは岩のように硬く、水回りなどはそもそも存在しない。


QOLの観点から言えば控えめに言ってスラム街レベルだ。

前世で最新のスマート家電に囲まれていた私にとって、この環境は耐え難い。


(……ふふっ。でも、腕が鳴る!)


私は羽織っていた分厚い外套を脱ぎ捨て、ドレスの袖をまくり上げた。

王妃教育で培った無駄なプライドなど、ここには必要ない。 必要なのは、前世の知恵と今世の魔法だけだ。


「公爵様は干渉しないって言ったものね。……よし、まずは最悪な動線と、凍えるような住環境を根本からリノベーションしてやらぁ!」


過労死マーケターによる、魔法とDIYを駆使した超快適リゾート計画の記念すべき第一歩が、今、北のボロ部屋から始まろうとしていた……。



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