第19話:服を脱ぐだけじゃない! 極上パウダールームと魔法の『マッサージ・チェア』
天然温泉を引き込んだ全天候型インドア・スパの完成から数日。
地下のテルマエは、過酷な冬の辺境防衛任務を終えた騎士たちの、文字通り命の洗濯場としてフル稼働していた。
「あぁぁ……極楽だ……」
「外の猛吹雪が嘘のようだぜ……」
今日も今日とて、シルク風呂や寝湯で完全に骨を抜かれている男たち。
一応、これは王都のセレブから金貨を巻き上げるための高級リゾート施設として作ったはずなのだが、すっかり労働者用の風呂になってしまっている。
(まぁ、本格的なリゾートが開業するまでは、テスト稼働も兼ねて彼らに使わせてあげよう。そのうち、働いてくれているみんな専用の大浴場(福利厚生施設)を別に作ってあげればいいしね)
そう割り切り、経営者として微笑ましく見守っていたのだが……私はスパの入り口付近を見て、こめかみに青筋を立てていた。
「ちょっと! なんですかこの惨状は!」
私の怒声に湯に浸かっていた男たちがビクッと肩を揺らす。
私が指さした先――磨き上げられた黒曜大理石の床には、騎士たちが脱ぎ捨てた服や鎧、剣が、ゴミ山のように無造作に積み上げられていたのだ。
「公爵様! これはいけません! いくらお風呂が最高でも、入り口がこれでは五つ星リゾートとして三流以下です! 第一、男湯と女湯も分かれていないなんて、野蛮すぎます!」
「……服など適当に床へ置いておけば問題ないし、女は時間をずらして入れば済む話じゃないか?」
湯船から首だけを出したアレクセイが、キョトンとした顔で首を傾げる。
これだから体育会系の男たちは困るのだ!
「ダメダメのダメです! スパにおける脱衣所もとい更衣室を何だと思っているのですか! これより、地下スパの大改修工事を開始します!」
* * *
男たちを風呂から追い出し、私はマーサたちメイドを伴って地下スパの入り口に陣取った。
「まずは動線と空間の分割よ! 『土魔法・絶対隔壁』!」
私は地下空間の中央に天井まで届く分厚い石の壁を錬成し、広大なスパを完全に二等分した。
さらに壁に防音・透視阻害の結界を幾重にも付与し、完全なプライバシーを確保する。 これで男湯と女湯の分離は完璧だ。
「ここからが本番よ。入り口の手前に、男女それぞれの脱衣所……パウダールームを構築するわ!」
「シャルロッテ様……お言葉ですが、服を脱ぐだけの場所にわざわざ部屋を作るのですか?」
マーサが不思議そうに尋ねる。私は首を横に振った。
「マーサ、脱衣所はただ服を脱ぐ場所じゃないわ。日常から非日常へと切り替えるトランジション空間であり、湯上がりの余韻を味わうクーリングゾーンなのよ! 特に女性にとって、湯上がりのスキンケア空間は命だわ!」
私は女湯側の入り口スペースを区切り、一気に魔法で内装を仕上げにかかった。
「床は床暖房付きの白大理石! 壁には一面の巨大な鏡を錬成! そして鏡の縁には光魔法の魔石を埋め込んで、顔に影が落ちない『優ミラーにするわ!」
「わぁっ……! 鏡の前が、太陽の下よりも明るいです……!」
「まだまだよ! 鏡の前にはふかふかのスツールを並べ、大理石のカウンターには自社製のスライム美容液、乳液、ヘアオイルのアメニティを完備!」
さらに鏡の脇には濡れた髪を乾かすための魔道具を各席に設置した。
「ただの熱風だと髪が痛むから、『炎魔法』の熱を『水魔法』のミストで包み込み、『風魔法』で撃ち出すトリプル・ハイブリッド魔導具ドライヤーよ! このミリ単位の出力調整には徹夜したわ……!思わずトラウマを思い出すくらいにはね……」
試しに風を当てられたマーサが、驚きのあまり感極まった声を上げる。
「す、すごいです! 風が熱くないのに、一瞬で髪が乾いて……しかも絹のようにツヤツヤです!」
部屋の中央には、魔猪の毛皮で作ったフカフカのラグマットを敷き、その上に天蓋付きのデイベッド……仮眠用ソファーベッドを錬成した。
「仕上げに温室の生花を飾り、ラベンダーのアロマを炊く! ここで一晩寝泊まりできるレベルの超ラグジュアリー・パウダールームの完成よ!」
「す、すごいですシャルロッテ様……! お城の私室よりも豪華で、ずっとここに居座ってしまいそうです……!」
「ふふっ、湯上がりに美容液を塗りながら、デイベッドでフルーツ水を飲んでくつろぐ……これこそが女性向けの最強UXよ!」
* * *
「……おい。なんだこの無駄に豪華な空間は」
女性用脱衣所の完成直後。様子を見に来たアレクセイが、目を丸くして立ち尽くしていた。
「服を脱ぐだけだろ? なぜこんな煌びやかな鏡や、寝台まで必要なんだ」
「お化粧やスキンケアをしない殿方には、このホスピタリティの神髄がわからないのですよ! もちろん、男湯側はデザインを変えます!」
私は男湯側の入り口スペースに移動し、男性向けの脱衣所を錬成し始めた。
「男性用はシックに決めるわ! 床と壁はダークウッドの木目調! 個人用の鍵付きロッカーを完備し、中央には冷えた天然水とエールが飲めるサーバーを設置!」
「ほう。酒がすぐ飲めるのは悪くないが……やはり広すぎるな。服を脱いで酒を飲むだけなら、もっと狭くて十分では……」
いまいちピンときていないアレクセイと騎士団長に、私は笑みを向けた。
「ふふふ。なぜこれだけ広いスペースを取ったのか……その理由を今からお見せしましょう!」
私はダークウッドの床の中央に、ドシン!と巨大な革張りの椅子を錬成した。
魔猪の丈夫な革で覆われた、一人掛けの重厚な魔導リクライニングチェアだ。
「な、なんだその不気味な椅子は……」
「名付けて全自動・魔力駆動マッサージ・チェアよ!! いくらお風呂のジェットバスが最高でも、湯上がりに全身のコリをプロの手揉みでほぐしてほしい時があるでしょう! これはその欲求を無人で満たす、究極の魔道具なのです!」
「……椅子が体を揉むだと? そんな馬鹿な……というか風呂上がりのマッサージは熟練の揉み師に金貨を払ってやらせるものだ。それを椅子がやるなど……」
なるほど、手強い顧客だ。
だが、私のDIY魂を舐めてもらっては困る。
「ただの機械じゃないわ。人間の指の絶妙な弾力を再現するために、クリスタル・スライムのコアを練り込んだ特殊な土ゴーレムを、この背もたれの中に何百個も内蔵したのよ! さらに、事前にマーサのマッサージ手技をデータ化し、APIとして動きをトレースさせた完璧なプログラムで駆動するわ!」
「スライムのコアをカラクリに組み込むだと……? えーぴーあい……? 言葉の意味は全くわからんが、とにかくただのカラクリではないということか……」
「では、実際に体験していただきましょう! 公爵様、どうぞお座りください!」
「……おわっ!?」
アレクセイが椅子に腰を下ろした瞬間、座面がスライドし彼の身体がゆったりとしたリクライニング姿勢へと固定された。
「起動!!」
ウィィィン……!
微かな魔力駆動音と共に、椅子の内部に仕込まれた『極小のスライム・ゴーレムの揉み玉』が動き始めた。
「……!? 椅子の裏から、ぐりぐりと俺の骨の隙間に……!?」
『風魔法』による微細な振動と、『水魔法』の圧力を応用した極上の揉み玉が、アレクセイの凝り固まった首、肩、そして腰のツボを、ミリ単位の正確さで捉えていく。
「ふぁっ……!?」
氷の公爵の口から、およそ貴族らしからぬ変な声が漏れた。
「強さは三段階! 今はミディアムよ! 肩から腰へのストローク、どうですか!?」
「あ、あぁぁ……そこだ……! 剣の素振りで固まっていた肩の奥の筋肉が……ほぐされ……っああぁ……!」
「ふくらはぎは空気圧による圧迫と解放よ! 血流を一気に心臓へ戻すわ!」
プシュゥゥゥ……!
脚を包み込む革のエアバッグが膨らみ、極限まで圧をかけた後、一気に空気を抜く。
「……っっっ!! だ、だめだ……足の先から、とんでもなく熱い血が巡って……身体が、溶ける……!!」
アレクセイはマッサージ・チェアの上で全身の力を抜いてリラックスし始めた。
彼の顔は、サウナやウォーターベッドの時以上の、圧倒的な快楽に支配された腑抜けの極みに達していた。
「騎士団長! 空いている隣のチェアにどうぞ! 湯上がりのエールを飲みながら、極上の手揉みを味わうのです!」
「うおおおっ!! 俺も! 俺もやらせてくだされ!!」
騎士団長も飛びつくように隣のマッサージ・チェアに座り、数秒後には「おおおふふぁぁぁ……」とだらしない声を上げて陥落した。
「……ふふっ。パーフェクトね」
私は最新鋭のマッサージ・チェアで完全に言葉を失い、涎を垂らさんばかりに昇天している男たちを見下ろした。
「あれ〜〜? おかしいですねぇ? 『風呂上がりのマッサージは熟練の揉み師に金貨を払ってやらせるものだ』と言っていたのは、どこのどなたでしたっけ?」
私のニヤニヤとした意地悪な煽り文句に、アレクセイはピクピクと震えながら虚ろな目で宙を見つめたまま呟いた。
「脱衣所は……ただ服を脱ぐ場所、ではなかった……。俺が、浅はかだった……。……シャルロッテ、頼む……もう少しだけ、肩の揉み玉を強くしてくれ……」
その言葉に私はほくそ笑む。
「かしこまりました、お客様! ではストロングモード、いきます!」
私が魔力出力を一段階上げると、椅子がさらに力強く彼の筋肉をほぐし始めた。
「あぁぁ……っ」
アレクセイは完全に理性を手放したようなとろけた声を漏らした。
だが次の瞬間、彼がゆっくりと目を開け、熱を帯びた酷く色っぽい瞳で私を見上げたかと思うと――不意に腕を伸ばし、私の手をガシッと掴んだのだ。
「こ、公爵様……!?」
「……シャルロッテ。この椅子も最高だが……やはり最後は、お前の手で……俺を直接癒やしてくれないか……?」
甘くかすれた低い声。
風呂上がりで濡れた前髪からは色っぽく水滴が滴り落ち、無防備に火照った肌と乱れて少しだけ開いた胸元からは、男の色気がダダ漏れになっている。
無自覚なフェロモンを振り撒きながら、彼は私の手を自分の頬へと引き寄せようとすり寄ってきた。
(ちょっ、ここで急に男の色気を出してこないでよ! 隣のチェアで陥落してる騎士団長が、薄目を開けてこっちをガン見してるでしょーが!!)
私は顔を一気に真っ赤にして沸騰し、パニックになりながら彼の手を振り払おうとジタバタともがいた。
かくして、男女それぞれのペインを解消し真のUXを追求した極上パウダールーム……更衣室の完成により。
辺境リゾートの地下スパは、入浴前から入浴後まで一切の隙がない、悪魔的かつ私の心臓に悪すぎるホスピタリティ空間へと進化したのだった。




