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第17話:氷の公爵、極上スイートルームで陥落! 魔法のルームウェアとミニバーで完全にダメになる

「さあ、公爵様、騎士団長! 本日はこの完成したばかりのVIPルームで、一晩ゆっくりとお過ごしください! 究極の顧客体験をお約束しますわ!」


その日の夜。 アレクセイと騎士団長を、私は南側のゲストルームへと案内した。


「なんだこの部屋の扉から漏れ出す妙に良い匂いは……」

「お言葉ですがシャルロッテ様、我ら辺境の男は野営にも慣れております。いくら部屋を綺麗にしたからといって、そう簡単に骨抜きにされたりはしませぬぞ!」


いまだに男のプライドを見せようとする二人を前に、私はニヤリと笑みを浮かべた。


「ふふっ、御託はいいからさっさと入ってください! あ、公爵様! お部屋に入ったら、必ずベッドの上に置いてあるルームウェアに着替えてくださいね!」

「るーむうぇあ?」

「服のこと!いいから入る!」


私は二人の背中を押し、それぞれの客室の中へと放り込んで扉を閉めた。


 * * *


(……またあいつの口車に乗せられてしまったな)


アレクセイは小さくため息をつきながら、客室の扉の内側に立った。

だが、次の瞬間、彼の思考は完全に停止した。


「ここは本当に、カビ臭かった空き部屋か?」


外は容赦ない猛吹雪だというのに、部屋の中はオート・エアコン魔法陣によって肌に触れる空気が信じられないほど柔らかく、温かい。

息を吸い込めば、鼻腔をくすぐるラベンダーの極上の香りが、肺の奥まで清浄にしてくれるようだ。

部屋は眩しい炎ではなく、足元や壁のくぼみから漏れる柔らかな間接照明に照らされている。

そして何より、耳を澄ますと――。


「……川の流れる音? いや、風に揺れる葉の音か?」


極寒の辺境では絶対に聞こえないはずの、生命力に満ちた春の森の環境音が、部屋のどこからともなく微かに響いていた。

五感を優しく包み込むその空間にいるだけで、アレクセイの肩から無意識の力みがふっと抜け落ちる。


「……着替えろと言っていたな」


アレクセイは部屋の中央にある見慣れない巨大なベッドに置かれた、白い布の塊を手に取った。

魔綿花で作られた極上のルームウェアだ。


「いくら触り心地が良くとも、所詮はただの布切れ。俺が服ごときで腑抜けるわけが……」


重く堅苦しい貴族の服を脱ぎ捨て、それに腕を通した瞬間。


「……っ!? なんだこの肌触りは……!! 」


雲そのものを纏っているかのようだった。 一切の重さを感じず、それでいて温かい。

肌に触れる裏起毛の柔らかな感触が戦闘と執務で張り詰めていた神経を、強制的にオフの状態へと切り替えていく。


「いかん、この服は危険だ……。立っているのが億劫になってくる……」


アレクセイはフラフラと部屋を見渡し、ふと喉の渇きを覚えた。

水分を欲しているのだ。


「そういえばあいつ……『みにばー』なるものに飲むものがあると言ってたな……」


ミニバーと呼んでいた、部屋の隅の木製キャビネットを開ける。

そこには氷の魔石によって常に適温に冷やされたデトックスウォーターと、シャンパンの瓶が並んでいた。

外に出せば凍り、暖炉のそばではぬるくなるこの辺境において奇跡の温度管理だ。


「果実酒か。俺は酒に飲まれるような軟弱な男ではないが、喉の渇きを潤す程度なら……」


アレクセイは果実酒の栓を抜き、グラスに注いで口に含んだ。


「……美味い」


シュワリと弾ける極上の冷たさが、サウナ上がりの火照った喉を潤していく。

瞬時に空になったグラスを手にしたまま、アレクセイは魔猪の毛皮で作られたフカフカラグマットの上を歩いた。

素足の裏が雲の上を歩くように沈み込み、彼を窓辺のラウンジへと誘う。


そこには、巨大なスライムのように鎮座する人をダメにするクッションがあった。


「俺の意志は鋼だ。こんな丸いだけのクッションに座ったところで、どうということも……」


何気なく、そのクッションに腰を下ろした。


――バフッ。


「……あ……れ……?」


アレクセイの姿勢が、マーサの時と全く同じように崩れ落ちた。

極小ビーズが、長身で筋肉質な彼の身体の隙間という隙間を優しく完璧にホールドする。

首、腰、脚。すべての重力から解放されたかのような、圧倒的な無重力体験。


「な……なんだ、これは……骨が、溶けていくように心地よい……」


氷の公爵の威厳は完全に崩壊した。

極上のルームウェアに身を包み、冷えた果実酒を片手に人をダメにするクッションに深く沈み込む。

環境音のせせらぎを聞きながら、彼は完全に休日のダメな父親状態へと陥落していた。


「……い、いかん……ここで寝ては風邪を引いてしまう……」


薄れゆく意識の中で、アレクセイは最後の理性を振り絞った。


「あ、あのベッドで寝なくては……」


彼はクッションの魔力から必死に這い出し、フラフラした足取りで部屋の巨大なベッドへと向かった。

そして、シーツの上にダイブした瞬間。


「──ここが、天国か……」


体圧を完璧に分散する浮力と、人肌の温もりが彼を包み込む。

氷の公爵はそれ以上の思考を完全に手放し、深い眠りの淵へと沈んでいった。


「……シャルロッテ……お前は、本当に……底知れない女だ……」


彼から、もはや抵抗する気力が失われていた。


 * * *


翌朝。 辺境城の朝は早い。

本来であれば、日の出と共に騎士団の野太い掛け声が響き渡り、アレクセイも執務室で書類の山と格闘し始めている時間だ。


しかし。 太陽がすっかり昇りきっても城内は水を打ったように静まり返っていた

「……おかしいわね。誰も起きてこないなんて」


私は首を傾げながら、ゲストルームのある廊下へと向かった。 まずは騎士団長が泊まっている部屋の扉をノックする。返事はない。


「失礼しますよー。チェックアウトのお時間です……って、うわぁ」


扉を開けた私の目に飛び込んできたのは、ウォーターベッドに巨大な体を完全に沈み込ませ、「ふしゅぅぅ……」と幸せそうな寝息を立てている騎士団長の姿だった。

どんなに揺すっても、幸せな夢の世界から帰ってくる気配はない。

どうやら、完璧な体圧分散と究極の寝具に、戦士としての警戒心を完全にへし折られたらしい。

こんなのが騎士団長とか大丈夫なのかな、この領地……。いや、私のリゾートが素晴らしすぎるだけか。


「だめだこりゃ。……公爵様の方はどうかしら」


私は隣のアレクセイの部屋へと向かい、そっと扉を開けた。

防音の結界が張られた室内は、驚くほど静かでポカポカとした春の空気に満ちている。

部屋の中央にある巨大なウォーターベッド。

そこには、ふかふかのルームウェアに身を包んだ氷の公爵アレクセイが、シーツにくるまるようにして深い眠りについていた。


「……公爵様? 朝ですよ、テスト宿泊の終了時間です」


声をかけても、彼は微動だにしない。 私はベッドに近づき、そっと彼を見下ろした。


(……それにしても、本当に綺麗な顔ね)


睡眠負債が完全に解消され、スライム美容液のエステで呪いの痕が消え去った彼の顔には、かつてのクマや疲労の色は微塵もない。

長い睫毛が白い肌に美しい影を落としている。 普段の冷徹で隙のない氷の公爵の顔つきとは違う、年相応の青年のような無防備な寝顔。

その美しさに、私の心臓が不覚にもトクン、と一つ大きく跳ねた。


(い、いけない! 私はマーケター!顧客の顔に見とれてどうするの!いや、一応名目上の夫だけど……)


ビジネスの鉄則を思い出し、私は我に返って彼を起こそうと手を伸ばした。


「公爵様、起きてください。朝食のフレンチトーストが冷めちゃいま――」


その時。 寝返りを打ったアレクセイの大きな手が、伸びていた私の腕をガシッと掴んだ。


「きゃっ!?」


強い力で引き寄せられ、私はウォーターベッドの柔らかなシーツの上へと前のめりに倒れ込んだ。

すぐ目の前に、アレクセイの整った顔がある。

彼の体温と、微かに香るラベンダーの香りが鼻先をかすめた。


「こ、公爵様……!?」


慌てて起き上がろうとするが、ウォーターベッドの波打つような浮力が私の身体から抵抗する力を奪っていく。

私が身をよじるたびにベッドの水がボヨンと波打ち、逆に彼との密着度が高まってしまうのだ。


(ちょ、ちょっと! 逃げたいのに逃げられないじゃないの、このベッド!欠陥品か!)


「……んん……シャルロッテ……」


至近距離で、寝ぼけたような、甘くかすれた声が私の名前を呼んだ。


「ひゃっ……!?」

「……どこにも、行くな……」


無意識のままアレクセイは私の腕を引き寄せ、大きな体をすり寄せるようにして私の腰に腕を回した。


「……いい匂いがする……」


チュッ、と。

彼が顔を埋めた私の首筋に、熱い吐息と柔らかな唇の感触が触れたような気がした。

さらに抱きしめる力が強くなり、逃げ場は完全に失われる。


「〜〜〜〜っ!?」


普段の冷徹な彼からは想像もつかない、子供のような無防備な甘え方と、隠しきれない独占欲。 至近距離で感じる彼の体温と吐息に、私の顔が一気にカッッッと沸騰するように熱くなった。


(わ、私の心臓、うるさすぎない!? いや違うわ、これはきっと急に密着されて自律神経が乱れただけ! そう、部屋のオート・エアコンが効きすぎているせい!)


私のマーケター脳は致命的なエラーを起こし、顔の赤さや心拍数の異常上昇に対して、必死にロジカルな理由をつけて現実逃避を始めた。


「ま、ま、まぁ、仕方ないわね。顧客満足度がカンストした結果の、一時的なシステムエラーみたいなものよ。これはあくまで、プロダクトの性能が高すぎた証明なんだから……!」


私は真っ赤になった顔を誤魔化すように、誰に言うでもなく早口でそう言い訳を呟いた。


しばらくして、ようやく目を覚ましたアレクセイが、自分の腕の中に私が……波打つベッドのせいでガッチリと密着した状態でいることに気づいて「な、なななっ!?」と大パニックを起こすことになるのだが、それはまた別の話である。


何はともあれ。


究極のDIY要素を詰め込んだ極上スイートルームのテスト稼働は、氷の公爵と騎士団長の理性を完全に溶かし尽くし、さらに私の自律神経まで乱すという大成功(?)をもって幕を閉じたのだった。



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