第15話:五つ星リゾートの条件は水回り! 魔法の温水洗浄便座!?
「……よし。極上サウナにサウナ飯、そして年中無休の自社ボタニカル温室。これでリゾートのハードとサプライチェーンの土台は完成したわね……」
私は北の塔の自室(全自動スマート・スパ完備)のデスクで、自作した辺境リゾート大改修計画書の進捗グラフに勢いよくチェックマークを書き込んだ。
「さあ! 次はいよいよ、この城の空き部屋をVIP向けのゲストルーム……客室へと改装するフェーズ! 王都のセレブたちから金貨を巻き上げる準備をするわよ!」
私は意気揚々と立ち上がった。 まずは現状の客室のインフラ点検だ。
私はマーサを呼び出し、城内の使われていない客室や騎士団の兵舎の居住エリアを視察して回った。
しかし。
「……」
数十分後、私の顔から笑みは完全に消え失せていた。
「マーサ。確認なんだけど、この部屋の隅にある木箱と壺は……まさか」
「はい。室内用のおまるでございます。毎朝、私どもメイドが回収して外に捨てております。騎士団の兵舎の方は、外の小屋の床に穴が開いておりまして、そこから直接お堀へ落とす仕組みに……」
「いやぁーーー!!!」
私は頭を抱えて絶叫した。
そうだった。私は城に来た初日に、自分の部屋だけは真っ先に全自動エコ・バイオトイレにDIYしてしまったため、この世界の絶望的なトイレ事情をすっかり失念していたのだ!
「こんなサニタリー……水回りで、五つ星リゾートを名乗れるわけないでしょ! 冬の冷気でお尻は凍るし、臭いも最悪! 何より感染症のリスクが高すぎるわ!」
「ひぃっ、申し訳ございませんシャルロッテ様……!」
「マーサが謝ることじゃないわ。悪いのは、この劣悪なインフラよ!」
私は腕まくりをして、力強く宣言した。
「マージェンシーよ! スポンサー(公爵様のことね)から追加予算と許可をもらって、当リゾート最大のインフラ工事……全館上下水道完備および、究極のサニタリー革命を開始します!」
私は前世のブラック労働で培った異常なマルチタスク能力を発揮し、近くにあった机の上で頭の中の配管構想と見積もりを『土魔法』で手元の羊皮紙に超高速プリントアウトしていく。
「よし、できた!こんなに早く書けるのも前世の業ね!う、思い出したくない……」
* * *
バンッ!!!
私が勢いよく執務室の扉を蹴破るように開け、今まさに走りながら完成させたばかりの熱い企画書を机に叩きつけると、書類仕事をしていた公爵様はビクッと肩を揺らし、深いため息をついた。
「……今度は一体、何を始める気だ」
「公爵様! ズバリ言います、この城のトイレ事情は最悪です! 顧客の痛みと悪臭を取り除くため、これから城全体に配管を通し、下水網を構築します!」
「は?なにを言っているんだ……?トイレ……?いや、お前一応貴族の令嬢なのにいきなりトイレとか……」
「排泄は人間の最も基本的で重要な生理的欲求です! 恥ずかしがっている場合ではありません!ていうか私、一応じゃなくて普通に貴族令嬢ですから!」
赤面するアレクセイに、私はずいっと図面を突きつけた。
「城全体に配管を張り巡らせるだと? 馬鹿な、お前一人の魔力で足りるわけがない。宮廷魔術師の部隊が総出で掛かっても、数年はかかる大工事だぞ」
アレクセイがもっともな反論をする。 この世界の常識では、魔法は自分の体内マナを消費して発動するものだ。
城全体を改造するような大規模魔法など、一個人が使えるはずがない。
だが、私は鼻で笑い飛ばした。
「自分の体内マナを消費するなんて、費用対効果が悪すぎますよ! 私は自分の魔力を起動スイッチにしか使っていません」
「なんだと?」
「この辺境の地下に膨大な魔脈が眠っていますよね。最初の日に気づいたんです。私は前世の……いえ、独自の業務効率化の思考で、外部リソース(魔脈)とシステム連携(API接続)して、エネルギーをクラウド的に自動供給させる術式を組んでいるんです!」
「えーぴーあい……? くらうど……? 何を言っているのかさっぱりだが……もしかしてお前、魔脈から魔力を無尽蔵に引き出して操っているのか……!?」
「その通り! いちいち自分の体力を使うなんて非効率です! 外部リソースを活用して作業を自動化するのは、業務効率化の基本ですよ!」
私の堂々たる解説に、アレクセイは頭を抱えて叫んだ。
「魔脈の魔力をどうして吸いだせるのかは理解不能だが……国を滅ぼせるほどの規格外の力を使って、お前はたかがトイレを作ろうとしているのか!?」
「たかがトイレではありません! サニタリーはリゾートの命です!!」
呆れ果てて言葉を失う氷の公爵を置き去りにして、私は「では、さっそく施工に入ります!」と嵐のように執務室を飛び出した。
* * *
私は城の裏庭に騎士たちを招集した。
「皆様は、城内の各個室から地下へ繋がる縦穴を通す作業を手伝ってください! 私はここから一気に、地下の配管網と浄化槽を錬成します!」
「「「はっ! シャルロッテ様の仰る通りに!!」」」
サウナですっかり洗脳……もとい、ロイヤルティを高めた騎士たちがツヤツヤの顔でスコップやピッケルを持ち、城内へと散っていく。
私は大地に両手をつき、地下の魔脈から膨大な魔力を吸い取った。
いうなればこれはクラウドからファイルをダウンロードするような感じだ。
……と思う。
「いくわよ……『土魔法・広域錬成』!」
地下深くの地層に巨大な魔力浄化槽を錬成。
これは温室のコンポスト技術を応用し、悪臭と毒素を完全に無害な肥料へ変える施設だ。
さらに、そこから城の各部屋へと繋がる滑らかな土の下水道パイプを張り巡らせる。
同時に『水魔法』を応用し、地下水脈から綺麗な水を各部屋へと吸い上げる上水道のパイプも並行して通していった。
「よし、インフラは繋がった! 次はインターフェース……便器の錬成よ!」
貴族令嬢の口から便器というワードが出た瞬間に周囲の人たちは何か言いたげだったが、どうでもいい。
私は城内の各個室や兵舎のトイレ小屋へ赴き、元の不衛生な木箱や穴を完全に塞いで魔法で粉々にぶっ壊した後に焼却処分!
そして床から美しい流線型の陶器……のような、磨き上げられた純白の石の便器を錬成する。
「お尻が触れる便座部分には『炎の魔法陣』で持続的な温もりを付与! そして便器の奥には、前世の叡智の結晶たる『全自動温水洗浄・乾燥システム』の魔法陣を精密に刻み込む!!」
魔力操作のスイッチを押せば人肌の温水が正確な軌道と水圧で放たれ、最後は心地よい温風で乾燥まで行ってくれる、異世界版魔法のウォシュレットの完成である。
「はぁ、はぁ……。城内の全トイレ、計50箇所への導入完了……。我ながら恐ろしい施工スピードね」
* * *
「……完成しましたわ、公爵様! 皆様! さあ、新しくなった当リゾートの究極のサニタリーを体験してください!」
私がドヤ顔で宣言すると、城の廊下に集められたアレクセイや騎士たちは怪訝な顔を見合わせた。
「シャルロッテ様……お言葉ですが、たかがトイレでございますよ? 綺麗になったのは嬉しいですが、そんなに大騒ぎするほどのものとは……」
「そうだな。いくらお前の規格外な魔法でも、便器は便器だろう」
「ふふっ。御託はいいから、皆様、各自の個室へ入って用を足してきてください! 便座の横にある洗浄魔力スイッチを押すのをお忘れなく!」
私のただならぬ自信に押され、アレクセイと数名の騎士が半信半疑のまま新しいトイレの扉を開けて中へと入っていった。
数分後。
『ピッ……ジャーーーッ!』
魔法のスイッチが起動する軽快な魔法音が響いた直後。
「なっ!? こ、これは……っ!!」
「おわーーっ!!」
城のあちこちから、屈強な男たちの悲鳴にも似た絶叫が上がり始めた。
「うおおおっ!? なんだこの水は!? お、お尻が……お尻が人肌の温かいお湯で優しく洗われているぅぅ!!?」
「き、気持ちいい……! なんだこの極楽は! 紙で拭くより圧倒的に清潔で、まったく痛くない……!」
「あぁぁ……温かい風まで出てきやがった……もうダメだ……俺はもう、ここから一生動きたくない……」
「……ふふっ、計画通りね」
廊下で待機していた私は、男たちの尊厳が魔法のウォシュレットによって次々と崩壊していく声を聞きながら、ほくそ笑んだ。
冬のトイレという地獄の寒さと痛みに耐えてきた辺境の男たちにとって、温水洗浄便座の快感は悪魔の誘惑に等しい。
一度あの快感を知ってしまったら、もう二度と冷たい板の便座や硬い布切れでの処理には戻れないのだ。
「これぞ究極の顧客囲い込み……ベンダーロックイン! 水回りの快適さこそが、リゾートの質を決定づけるのよ!」
やがてガチャリと扉が開き、公爵様がフラフラとした足取りでトイレから出てきた。
その顔は極上のサウナ上がりのように完全に腑抜け、どこか遠くの世界を見つめているようだった。
「……シャルロッテ」
「公爵様。いかがでしたか?」
「……俺は……俺はもうお前とこの便座がないと、冬を越せる気がしない……」
「……?」
(……ちょっと待って。今、私と便座が完全に同列に並べられなかった!?)
私の心の中のツッコミなど露知らず。
冷徹で誇り高かった氷の公爵は壁に手をつき、たかがトイレの設備と、私に完全に敗北したことを震える声で告白したのだった。




