第14話:魔獣の死骸が極上肥料に!? SDGsな『チート温室』で自社農園を爆速立ち上げ!
大広間には幸せそうな寝息と、いびきが響き渡っていた。
極上のサウナと水風呂でととのい、究極のサウナ飯で胃袋を満たされた氷の公爵と騎士団の面々。
彼らは今、ぽかぽかの床暖房の上で、魔猪のように無防備な姿で爆睡している。
激務と寒さに苛まれていた彼らにとって、これほど深く穏やかな眠りはいつ以来だろうか。
「……ふふっ。顧客のペインを完全に取り除き、最高のロイヤルティを獲得したわね。これぞ究極のカスタマーサクセスよ」
私は大いびきをかく騎士団長と、その横でスースーと静かな寝息を立てている美しい公爵様を満足げに見下ろし、そっと大広間の扉を閉めた。
「さて、彼らが体力を回復している間に、私はサプライチェーンの構築を進めるわよ! マーサ! 料理長! ついてきて!」
「は、はいっ! 」
私はマーサとすっかり私を崇拝している料理長を引き連れ、雪が積もる裏庭の広大な空き地へと足を踏み入れた。
「奥様、ここで何を作られるおつもりですか? 辺境の冬は厳しく、春が来るまで土はカチカチに凍りついておりますが……」
「春を待つ必要なんてないわ。環境が悪いなら、環境ごと作り変えればいいのよ!」
私は雪の上に両手をつき、膨大な魔力を練り上げた。
「『土魔法・ガラス錬成』!!」
大地が唸りを上げ、地中の珪砂が私の魔力によって抽出・超高温で熱される。
溶けたガラスは空へと舞い上がり、夕暮れ間近の淡い日差しと雪の乱反射を受けてきらきらと神秘的に輝きながら。
瞬く間に裏庭の広大な空き地全体を覆い尽くす、巨大な透明のドーム――ガラスの温室へと姿を変えた。
「おおおっ……! な、なんという巨大で美しい天蓋……!」
「驚くのはまだ早いわ! 『炎魔法・地中暖房──サーマル・グリッド』!」
温室の地下深くに、微弱だが半永久的に熱を放つ魔法陣を網の目状に張り巡らせる。
凍りついていた黒土がみるみるうちに溶け出し、ガラスドーム内の気温は、真冬の氷点下からポカポカの春の陽気へと一瞬で跳ね上がった。
「す、すごい……! 外に春が生まれました……!」
「これで外装と空調システムは完璧ね。でも、農業において一番重要なのは土よ。料理長、騎士団が狩ってきた魔猪の骨や内臓、それにスライムの残骸はどこにあるの?」
「へ? そ、それは、裏庭の隅の廃棄場に捨ててありますが……それが何か?」
料理長の言葉に、私はニヤリと笑った。
* * *
廃棄場に案内してもらうと、そこには目を覆いたくなるような惨状が広がっていた。
鼻が曲がりそうなほどの強烈な血と腐敗の悪臭。そして触れただけで岩すらも溶かすスライムの強酸性の体液が混ざり合い、周囲の雪すらもどす黒く変色させている。
「農業の最大の肝は、土壌の栄養素! 魔獣の肉体は、膨大な魔力とミネラル、タンパク質の塊よ。これを使わない手はないわ!」
「ひぃっ!? ま、待ってください! こんな猛毒と悪臭の塊を肥料にするのですか!? 恐ろしい魔力が宿ったものを土に混ぜたら、毒素で植物はおろか、土地全体が死んでしまいます!」
「ただ混ぜるだけならね。でも、私の魔法なら大丈夫よ!」
私は廃棄場に山積みになっていた魔獣の残骸……つまり超危険な生ゴミに向かって手をかざした。
「『土魔法・高速発酵』!」
私の魔力が土中の微生物の働きを爆発的に活性化させる。
魔獣の骨や内臓、強酸を持つスライムの体液が、土の中でグツグツと混ざり合い、有害な毒素だけが猛スピードで分解されていく。
そして数分後。致死レベルの悪臭は嘘のように消え去り、純粋な超高栄養価の堆肥へと変異した。
森の奥深くのような、ふかふかで豊かな土の香りが漂ってくる。
「完成よ! ゴミを価値あるリソースに変える、これぞ究極のSDGsとサーキュラーエコノミー! 究極の自社農園の土台よ!」
「えすでぃーじーず……? 言葉の意味は分かりませんが、この土の芳醇な香り……これなら、どんな野菜でも育つ気がします!」
料理長が土を手に取り、先ほどまでの恐怖が嘘のように感動で震えている。
私は極上コンポストを温室の黒土に混ぜ込み、厨房の隅に眠っていたハーブの種や、野菜の種・苗を次々と植え付けていった。
「仕上げは『水魔法・活性散布』!」
魔力を帯びたミスト状の天然水を、ドーム全体にたっぷりと降り注ぐ。
すると――。
パキッ、メキメキメキッ!
「なっ……!?」
「ひぃっ! し、植物が……!」
マーサと料理長が悲鳴を上げた。
植えたばかりの種が、凄まじい勢いで発芽し、茎を伸ばし、葉を広げ始めたのだ。
高濃度の魔獣肥料と、完璧な温度管理、そして魔力を帯びた水の相乗効果。
本来なら数ヶ月かかるはずの成長プロセスが、わずか数分に短縮されていく。
あっという間に巨大なガラスドームの内部は、みずみずしい緑に覆われた極上のジャングル(農園)へと変貌を遂げた。
「大成功ね。これで香草も野菜も、コスメの原料になるボタニカル成分も、365日いつでも自社で調達できるわ!」
青々と茂るローズマリーやバジル、そして瑞々しい野菜たちを前に私は腰に手を当てて高らかに笑った。
* * *
数時間後。
「……んんっ。よく寝た……って、外はもう夕方か」
大広間の床暖房の上で目を覚ましたアレクセイは目を開けた。
身体の重さは微塵もない。サウナとサ飯、そして熟睡のコンボにより彼の疲労度はマイナスを振り切って完全回復していた。
「……? シャルロッテの姿が見えん。マーサたちもいないようだが……」
アレクセイはガウンを羽織り、窓の外……裏庭の方角へと視線を向けた。
「……ん? 」
彼は一度目を強く擦り、パチパチと瞬きをしてからもう一度窓の外を見た。
そして、そのまま彫像のように固まった。
「……なんだ、アレは」
雪景色しか存在しなかったはずの裏庭に、夕日を反射してきらきらと神秘的に輝く巨大なガラスのドームがそびえ立っている。
さらにドームの中からは、真冬の辺境には絶対に存在するはずのない鮮やかな緑の群れが、鬱蒼と生い茂っているのが見えた。
ドームの中では、シャルロッテがメイドや料理長と一緒に、楽しそうに何かを収穫している。
「……」
アレクセイは信じられないものを見るように目を細めた。
極寒の辺境で、たった半日で緑の楽園を生み出すなど、どんな高位の魔法使いにも不可能な御業だ。
「……たった数時間目を離した隙に、今度は辺境の生態系すら書き換えたというのか」
呆然と呟く声には怒りや呆れを通り越し、もはや奇妙な感嘆すら混じっていた。
──常識外れで、破天荒。
だが……彼女が起こす無茶苦茶な奇跡のすべてが、凍てついていたこの領地を、そして彼自身を確実に豊かにし救い出している。
氷の公爵は深く長いため息をつくと、ゆっくりと窓枠に手をついた。
もう、彼女の規格外の行動に抗う気すら起きない。
どうしようもなく惹きつけられる熱を帯びた瞳で、雪の中のガラスドームを――いや、その中で世界一美しく笑う妻の姿を、静かに見つめ続けるのだった。




