第13話:サウナ上がりの胃袋を掌握せよ! 料理長と作る究極の『サ飯』と特製ドリンク
「ですよね! サウナ上がりには、新鮮な野菜とスパイスを使ったパンチのあるサウナ飯が絶対に必要です! 今、持ってきますよー!」
過労死マーケターの快進撃は止まらない。
極上のサウナ体験で辺境の男たちの心と肉体を完全に掌握した私は、次なる野望(飯テロ)に向けて、勢いよく駆け出した。
「……あ、でもその前に!」
私はピタッと足を止め、インフィニティ・チェアでだらしなく昇天している氷の公爵と騎士たちを振り返った。
「いくらととのったからって、ここは真冬の辺境です! タオル一枚のまま放置したら凍死しちゃいます! とはいえ、この神聖な外気浴タイムを邪魔するのはスパ経営者の恥……!」
私は両手をかざし、インフィニティ・チェアの周辺一帯に『炎魔法・結界──サーマル・ドーム』を展開した。
見えない熱のドームが彼らを優しく包み込む。
顔には氷点下のピリッとした涼しい風を感じさせつつ、身体の周囲だけはポカポカの春の陽気に保たれるという、サウナーにとって究極の外気浴環境の完成だ。
「あぁぁ……最高だ……」
さらに深く昇天していく男たちを満足げに見届ける。
「彼らがととのい終わって、床暖房完備の大広間に移動してくるまでに作るわよ!」
そうして私は厨房へダッシュした。
* * *
「マーサ! 料理長! 出番よ!」
私が勢いよく厨房の扉を開けると、待機していたマーサと料理長が「待ってました!」とばかりに背筋を伸ばした。
「まずは失われた水分とミネラルの補給よ! マーサ、柑橘系の果実と蜂蜜、それに塩を少々持ってきて!」
「はい! こちらに!」
「それを天然水で割って……さらに『水魔法』で微炭酸を注入! 名付けて、辺境特製オロ……リフレッシュ・ウォーターの完成よ! 冷え切らないうちに、大広間で待機している皆様に配ってきてちょうだい!」
シュワシュワと弾ける黄金色の特製ドリンクを抱え、マーサが大広間へと走っていく。
さて、ここからが本番だ。
「料理長! サ飯のメインディッシュを作るわよ! 昨日、騎士団が討伐してきた魔猪のお肉はある?」
「は、はい。ございますが……魔猪の肉は非常に硬く、血の臭みも強烈です。普段は数日煮込んでシチューにするくらいしか……」
申し訳なさそうに料理長が差し出したのは、赤身が強く筋張った巨大な肉の塊だった。
「サウナ上がりの身体が求めているのは、ガツンとした塩気とカロリー、そして肉の弾力なのよ! 臭みはニンニクと香草で消す! 硬さは私の魔法で解決するわ!」
私は魔猪の肉に塩胡椒をすり込み、たっぷりの香草……多分ローズマリーの近縁種と一緒に耐熱の特性の袋へ入れ、水魔法で空気を抜いて真空状態にした。
それを、以前作った魔力駆動式のオーブンへと放り込む。
「温度設定は65度! じっくりと火を通す低温調理よ! 普通なら数時間かかるけど、そこは魔法の力! 『水魔法』でパウチ内の水分に超音波振動を起こして物理的に肉の繊維を断ち切りながら、『炎魔法』のオーブンで精密に火入れするの!」
魔法と現代知識の論理的な掛け合わせにより、硬い筋のタンパク質が数分で分解されていく。
その間に、フライパンで特製ソース作りだ。
「大豆に似た辺境の魔植物から抽出した発酵醤油に、すりおろした大量のニンニク、少しの蜂蜜を入れて煮詰める! サ飯のタレは、ちょっと味が濃い……ていうかジャンクなくらいが最高なの!」
ジュワァァァァッ!!
厨房に、ニンニクと焦がし醤油の暴力的なまでに香ばしい匂いが爆発的に広がった。
匂いだけで白飯が三杯いけそうな凶悪なアロマだ。
「おおお……なんという芳醇な香り……!」
料理長が喉を鳴らす。
「オーブンの低温調理完了! あとは高温に熱した鉄板で、お肉の表面だけをカリッと香ばしく焼き上げるわよ!」
表面に美しい焼き色がついた魔猪の肉を取り出し、包丁を入れる。
音と共に、中からは美しいロゼ色に仕上がった、肉汁滴る極上の厚切り肉が顔を出した。
「完璧な火入れ!ミディアム・レアね! 炊き立ての麦飯の上にこのお肉を乗せて、特製のガーリック・ソイソースをたっぷりとかければ……!」
照り輝く肉汁と立ち上るニンニクの香り。
魔猪の厚切りガーリックステーキ丼の完成である。
* * *
大広間。
外から戻ってきたアレクセイと騎士たちは、床暖房の効いた部屋でマーサが運んできた特製ドリンクを飲み干し、恍惚の表情を浮かべていた。
「……はぁぁ……生き返る……。なんだこの冷たくて甘い、シュワシュワする飲み物は……」
「美味すぎる! 身体の隅々に染み渡る!」
サウナで極限まで汗をかいた後の冷たい微炭酸は、まさに合法の麻薬だ。
そこへ、私と料理長が巨大なワゴンを押して現れた。
「皆様! お待ちかねのサウナ飯のお時間です!!」
大広間の扉を開けた瞬間、食欲を暴力的に刺激するニンニクと醤油の香ばしい匂いが、部屋いっぱいに広がる。
「うおおおおっ!! なんだこの匂いは!!」
嗅覚を刺激された騎士たちが、ゾンビのようにワゴンへと群がる。
サウナ上がりで極限まで感覚が研ぎ澄まされ、塩分とカロリーを渇望している身体に、この匂いはもはや劇薬だ。
「さあ、召し上がれ!」
配られた丼を、騎士たちが貪るように掻き込み始めた。
「……っっ!! 柔らけぇ! 魔猪の肉って、こんなに臭みがなくて美味かったか!?」
「香りと濃厚なタレが、硬めに炊かれた麦飯に絡んで……あぁぁ、止まらん!」
アレクセイも例外ではなかった。 普段は背筋をピンと伸ばし、銀のナイフとフォークを使って優雅に食事をする氷の公爵。
だが今の彼は、そんな貴族のプライドなどとうにかなぐり捨てていた。
「ガツッ、むしゃぁっ……!」
アレクセイは大きな木製のスプーンを鷲掴みにし、下品な音を立てながら分厚い肉とタレの染みた麦飯を同時に口の中へ掻き込んでいる。
氷の公爵の威厳など完全に崩壊し、ただひたすらに本能のまま肉と飯を喰らう腹ペコ男子と化していた。
「ふふっ。お肉は超音波と低温調理のコンボで繊維を断ち切ってありますからね! サウナ後のサ飯は、通常の三倍美味しく感じるというエビデンスがあるのですよ!」
完全に胃袋まで掌握された男たちを見て、私は満足げに頷いた。
大広間には、幸せな咀嚼音だけが響き渡っている。
「美味い。美味すぎるぞ、シャルロッテ……」
「お気に召して何よりです、公爵様! これでまた明日から、バリバリ働けますね!」
大満足の顧客を見てほくそ笑む私。
だが、その背後から料理長が申し訳なそうに声をかけてきた。
「シャルロッテ様、素晴らしいお料理でしたが……実は、先ほどの調理で香草やニンニクの備蓄が、もう完全に底を尽きてしまいました」
「えっ?」
「雪に閉ざされた辺境では、次の春まで新鮮な野菜は手に入りませぬ……」
私はピシャリと扇を閉じた。 サ飯とコスメを定常的に提供するには、原材料の安定供給が不可欠だ。
「……ちなみに、お肉の供給はどうなの?」
「お肉に関しましては、森に魔猪やその他の魔獣がいくらでも生息しておりますので、騎士団の訓練ついでに狩ってくれば問題ございません」
「なるほど。メイン食材(肉)の調達ルートは確保できているけど、香草や野菜の調達がボトルネックになっているのね」
私は腕を組み、力強く頷いた。
「つまり、サプライチェーンの自社完結化が急務というわけね。…… よし! 次は年中無休で野菜を収穫できる温室ボタニカル農園の建設よ!」
過労死マーケターの歩みは止まらない。
最強の福利厚生施設と最強の社食(サ飯)で男たちの胃袋と理性をぶっ壊した私は、次なるインフラ整備に向けて力強く拳を握りしめた。




