3-〈2〉
オーエンはゲートの向こうに踏み入れ、重力が反転し、影に沈み込んでゆく現象に、最初戸惑った。
だが、ドナ=ジョーの仇を打つ決意は固く、呼吸が出来ないこと等に怯まなかった。
降りてきたのは、影絵芝居の舞台のような、小型のオペラハウスを模した場所だ。
空から糸で吊るされた、紙工作の星々。
「oh YEAH!oh YES!!」
観客席のシルクハットを被った英国紳士が拍手で出迎えた。
「まずはご登壇!今宵の主役の一人、アフラ・マズダ!さぁさぁ、そして上手には我らの主ーーー」
舞台の上に降りてきたのは、身体を丸めたイライジャだ。
「アンリ・マユ様!なんとおいたわしいッ!良心を持って負傷なされた!だがッ!主役はこれで出揃った!!」
ガーターベルトにボンテージの美女が足を組み直した。
「さて、最後の審判はどちらかしら。天国はごめんだけど、地獄なら好き勝手にやらせて貰えるわ。」
観客席を無視し、オーエンは舞台に歩み寄る。
「イライジャ。ふざけてるのか。ここは、何だ?」
イライジャは降り立ち、天井から糸でぶら下がった星型の紙を触ってみる。
「さぁな。深層心理とか?お前の方が頭がいいんだ、わかるだろオーエン。」
「……幼い子。だいぶ憂鬱だ。罪を犯したから逃げ場を探してる。それが、今の君?」
イライジャは天蓋に隠れた。
「さァ。逃がしてくれるかどうか。」
オーエンは天蓋ごと拳を突いた。
「逃げるな!卑怯だぞイライジャ!」
そこはもう誰もいない。
「僕と戦え!!」
影の中を移動出来るイライジャは、オペラハウスの観客席に出てきた。
「ここはホームグラウンドだぜ、オーエン?俺がそう簡単にくたばるかな?」
オーエンは凄い速さで跳躍し、イライジャのいた席を粉砕した。
「何故殺した!ドナ=ジョーが敵だってよかった!死ぬのは僕の側で、よかったんだッ!!」
「自己陶酔か?オーエン。そんな奴は有り得な……」
影の中だった。影の中を移動中のイライジャに、オーエンが追いつき、その首を締め上げた。
「…………」
ミカエルが咄嗟に叫んだ。
「やめてオーエン!イライジャにも、守るべき人が待ってるのよ!!」
オーエンが動じることは無い。ミカエルは呪文を詠唱した。
「ヘカテよ!紅玉に加護を!……話を……聞けっての!!」
魔力を込めて数年かけた価値の高い宝石をもちいて、魔力弾をオーエンに浴びせた。
故意に顔を狙ったもので、目を抑えて思わずオーエンは片手を離した。
宝石は魔力弾を放ったと同時に、砕けた。
不意をつき、イライジャはオーエンの手を引き剥がした。
咳き込みながら、咄嗟に移動する。
「ゴホッゴホッ……どうやらマジな話らしいな。イカれてるだろ、オーエン……俺が情がわからないだけか?」
オーエンの眼差しは漆黒だった。
「次は殺す」
イライジャも覚悟した。
「反撃無しで生きて帰るのは難しいな。やってやるよオーエン!俺が憎いだろう?お前が命を捧げる人を俺が殺した」
ミカエルが声を上げた。
「挑発しないでよ!あんた、自分がいつまで緊急オペ室にいたか、わかってんの!?」
「イライジャァァァァッ!!!」
激しい死闘が繰り広げられた。
斬り裂いて、鮮血が飛び
殴り込み、顔面を骨折させ
髪を掴み、振り回して
互角、と思うなら見誤りだ。
オーエンは余力を残し、イライジャは死に物狂いで応戦している。
善神と悪神の力の差では無い。
今日、イライジャはドナジョーの首を跳ねた時、既に生死の境まで追い込まれたのだ。
新しく再生した心臓はピッチが早く、息を抑えられない。影の中ですらオーエンに見つかってしまう。
イライジャとオーエンは真正面から手を組み合うと、投げられる前にイライジャは膝の刃を繰り出した。
しかし、オーエンは動じず、その凍るような憎しみからか、イライジャの血管という血管を凍らせ、血の逆氷柱で切り裂いていく。
「NOOOOOO!!!」
あまりの激痛で、イライジャは空中から失墜した。
形勢不利。
それでも争いは続く。
嬲るように。
あたかも、報復は楽しく、復讐は蜜の味がするかのようだ。
巡り廻る。
命をかけた、殺しのメヌエット。
跳び交う二人を前に、ミカエルが声高に告げた。
「確かに、余計なお世話だったのかもしれない。自分の命より大事な愛する人を殺された。だけど、それはイライジャに限ったことじゃない。ラジーだって、あたしだって。あんたの亡くしたジュリーおじさんだって、あんたを生かしたくて片方を取ってた。あんたを思う皆の愛は、余計なの?イライジャを殺せばドナ=ジョーはあの世で喜ぶわけ?あんたの愛した子は、そういう子なの、オーエン!?」
2人の交錯が止まり、時間が止まったようにオーエンが停止した。
「……ジュリーおじさんは戒めた。ドナ=ジョーは……イライジャが死んで、笑ったり、しない。イライジャと僕の友情に、理解を示してくれて……ラジーや、皆の思いを、余計だなんて」
「まだ殺したい?イライジャを。あんた達、運命を変えるんじゃ無かったの。二人でひとつじゃ無かったの!?」
オーエンが俯いていると、イライジャは頭の血を払い、口から血のたんを吐いて、告げた。
「オーエン。俺はあの時と変わってない。お前のブチ切れには、ビビったが……二人でひとつ、なんだろ。ドナ=ジョーは俺に願った。お前に被害を出す前に、自分を止めるように、願った。お前らお互いが、自己犠牲で助け合ってたなんてな。また、お前の大事な人を、俺が殺した。憎むなとは言わない。だが、俺は生きたい。気づいたんだ。アルブレヒトや、アミナがいる。守らなきゃならないものが、待ってる。」
オーエンはボロボロのイライジャを見て、初めて自分の異常に気がついたように、ハッと息を飲んだ。
笑っていた。
自分は、友達を傷つけながら、笑っていたのだ。
おかしいのは、どっちだ。
イライジャだって、大事な友達だ。
だからこそ、ジュリーおじさんは……。
「…………頭を冷やしたい。帰るよ。」
「……騒動があれば俺も呼べよ。」
ゲートが開かれた。外は早朝、5時くらいか。
オーエン宅前にオーエンは戻った。
ミカエルも戻ってきた。
ベルフェゴールが怒りに吠えた。
「猫のように痛ぶり弄ぶとは!どちらが悪神だか気が知れんな。」
「黙っててベルフェゴール」
ミカエルはじっとオーエンを見つめた。
「傷つけ合って、満足?」
「……もっと、長い日数をかけて、考えるべき問題では、あったよ。」
「なら、それはあんたなりの収穫よ。さ、帰ってラジーを安心させてあげなさい。」
ラジーはずっと台所で調理していた。
「オーエン!?」
「寝てないの?ラジー」
「我が子の危機に、眠れる訳も無いのよ。こんなにタマゴサラダ作っちゃってね。無事で何よりだ、おかえりオーエン。」
「ありがとうラジー。」
ミカエルがひょいひょいとパンを切っていく。
「タマゴサラダはサンドイッチにしてあたしの分もちょーだい。うひょー夢の朝ごはん食べ放題ね……」
「はい、ミシェ、塩胡椒にマスタードもね。」
ミカエル、オーエンを睨んだ。
「あんた、肝心な言葉があるでしょう?」
オーエンははた、として、思い返し、ラジーに。
この日常に、告げた。
「……ただいま。」
ベッドの影から自室のフローリングに這い上がってきたイライジャに気づくなり、アルブレヒトが肩を貸した。
メイドに言いつける。
「医師を起こしてください。イライジャ様を緊急オペ室へ」
イライジャが脳髄を流しながら否定のアクションを取る。
「あそこはごめんだ。アミナも休めない。俺のベッドでいい。治療は受けるが、どうせ再生する」
「かしこまりました。主治医をこちらへ。」
主治医達が起き抜けにやって来て、オペ服で手袋し、手術する。
アミナとのパンの食事の約束を考え、麻酔は控えめにしているせいか、イライジャは痛みに堪えた。
「oh......」
「無茶はお控えください。」
「アルブレヒト。アミナは寝たか?」
「おひとりでは夢見がお悪いらしく、わたくしのいる部屋で仮眠なさいました。しかし、アミナ様は有能です。5時には起きて、メイドがパンを焼く時間だからと、イライジャ様とお約束したたくさんのパンの選抜に向かわれました。」
イライジャは欠伸しながら告げた。
「しばらく、眠り病だからな。アミナのパンの世話になる……」
朝が来る。
人々が起床し、社会が廻る。
世界が改変されかけたことなど、誰も知らないままに。
影の国、小型のオペラハウスを模した観客席で、悪神群は口々に告げた。
「アジ・ダハーカの策は完璧なはずだったわ。」
「アンリ・マユ様が、友情などという生ぬるい湯に浸かっていたためッ!悪には悪の信念を通さねばならないッ!!」
「悪神様を勝たせるには、どうすべき?」
「私達が助太刀するには?」
「良い案がある!我々は悪神様の力になり、過ちを改められるだろうッ!!」
「全ては地獄の到来の為に」
「「地獄の到来の為に」」
悪神群ダエーワが一斉に唱えた後、スポットライトは消えた。
暗転し、影の国は暗闇になった。
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