7-〈17〉
「面会時間です。30分以内に終わらせるように。」
刑務所の面会室。
悟空が対面した、透明な壁の向こうの玄奘は、囚人服で看守に急かされながら、無理やりドアから出され、透明な壁の、悟空の向かいに座った。
悟空は思慕の念が込み上げ、悲しくなって涙を流した。
「玄奘三蔵法師様ッ!!オレが、オレが必ずアンタを助けるからなッ!!!」
玄奘は、悟空が悲しむように、辛くは無かった。
「悟空よ。良いのです。わたしも過ちを繰り返し、お釈迦様の導きを待ちましたが……わたし達の使命とは、善の行使や悪の断罪では、無かった……悟りへの導き。一人が悟ることで、皆悟る。皆を幸せに導くことこそが、お釈迦様の沈黙の答え。わたしはただ、自らの門を閉ざし、救いをのたまいながら命を殺めたに過ぎません。」
「違うッ!!アンタは、次の被害を出さねぇ為に、殺すしか無かったんだ!!」
玄奘は穏やかに説いた。
「裁くべきは閻魔大王、我が身とて囚われた今、安堵を覚えているのです。忘れてはなりませんよ。この世は諸行無常の世界なれば、我らは善悪すら固執する立場にあらず。私は今、色即是空の境地に戻れました。我らの真に成すべきことは、オーエン・テイラーが果たしてくれた。あれは、自灯明……悪を解放されたとて、彼らは己の光を頼りに、そしてオーエン・テイラーが唱えた希望を信じて、堪えられたのです。殺害は、過ちですよ。理解なさい、悟空。わたしは然るべき裁きを受け、わたしもまた安堵している。」
悟空は、未熟だった。
悟りの道よりも、玄奘への絆が勝ってしまうし、優しさ故に、守るべき人を思い、割り切れない。
「オレにはウォフ・マナフが宿り、アイツらの側にはつかなけりゃあならない。だが……ただでは許さねぇッ!!オーエンとは、戦り合わなきゃ気が済まねぇ!!」
「わたしのことは忘れなさい、悟空。無我無私でありなさい。放下着の心をもちいてオーエンを支えるのが、貴方の使命。わたしが因果応報を受けたに過ぎないと理解するまで、そこまでのわからず屋ですか?この駄ゴリラ。だから未熟者だと言うのですよ。」
「わかってる!わかってんだよ!アンタはこう言うんだろ?悉有仏性!」
「そう。すべてのいけとし生けるものに、仏性は備わっている。例え、悪を解放されていても、ですよ。」
悟空は涙を拭いて、立ち上がった。
「玄奘三蔵法師様よ。例え悟りがあっても、アンタの弟子であっても!人間の絆には、割り切れねぇこともあんだよ!!オレはオーエンと戦って、気が済むまでアイツをボコって……その先に、オレの望む答えもあんだろうさ。オレを乗り越えるか否かだって、神様なんなら試練じゃねえのか?」
「……止めることは出来ませんね、駄ゴリラ。それは貴方が人を理解した証。ペンを。手紙を書きますから、せめてポストに投函なさい。オーエンにとって『実在しない英雄』、貴方の『神に等しい力』は想定外の敵……微力ながら、オーエン・テイラーに助言は必要です。」
オーエンはキットと手を繋いで、キットはジャスティンを抱え、ラジーやミカエルと街に買い出しに来ていた。
「すっげぇ色んなライト!キレーだな!!アレらはなに!?」
喜ぶジャスティンに、ラジーが笑った。
「この時期は街はイルミネーションで輝いているからねぇ。今年はジュリーはいないけれど、家族が増えた。ターキーは増やした方が良さそうだねぇ。キット、チキンは大丈夫かい?鶏は地雷かな?」
キットは瞬きし、不思議がった。
「フライドチキン以外は、食べた記憶も無いし、鶏自体ならだいじょうぶだと思うけど……。何の買い出しなの?クリスマスの聖体礼拝に、何か必要なもの?」
「俺も知らねぇな。何なんだ?」
ミカエルが遠慮がちに返した。
「うーん。うちはたぶん、聖体礼拝行かないし……キット、ジャスティン。クリスマスって、子供達がプレゼントをもらう日なのよ。一人一個に限らず、出来る限りのプレゼントを用意してさ。朝起きたら、ツリーの下には、あたしやラジーからのプレゼントや、サンタさんのシークレットプレゼントが山積みになっていて。ご馳走を囲んで、プレゼントの箱を開けるのを楽しみにするのが、子供の役割ね。ツリーの飾りつけは、一緒にしたわよね?」
「あの、リビングまで運ばれたツリーのこと?微妙にちょっとだけ、飾ったけど。」
「俺が引っかかってお飾り状態になった木?」
「あはは。あの時はびっくりしたわー。まぁ、ジャスティンを磔にする木じゃあないのよ?途中まで飾ったのはね、後からジンジャークッキー焼いたら、またツリーに飾ってさ。クリスマスが終わったら、ジンジャークッキーは食べちゃうのよ。OK?」
「お菓子は大歓迎だぜ!」
オーエンは二人に尋ねた。
「キットとジャスティンは何が欲しいの?」
ジャスティンが即答した。
「酒と女!水タバコ!!」
「それは……買えないかな……」
キットが眉をぎゅうぎゅうにしかめて、本気で悩み、答えた。
「おもちゃじゃなくても、いいの?」
「もちろん。僕だって歴史書とかもらってきたし……」
「……マカロニサラダと、皆が笑っているご飯の時間。プレゼントの箱を開けるより、そっちの側にいたい、かな。」
オーエン達は切なくなって、交代制で屈んでキットを抱きしめた。そして、離れて目を合わせる。
「それは僕らに任せてよ。でもプレゼントは買うからね。開けるのはクリスマスの後でも、いいんだからさ。」
「ウンウン。ジュリーの手は頼れないけど、張り切って行かなくちゃね!今年のクリスマス!!オーエン達はクリスマス以降はエジプト旅行だし、独りの日はちょっとご飯をズボラに手抜きしつつ、みっちりしっかり働いて!オーエンもキットもジャスティンも、僕がしっかり大人になるまで世話するから!ミシェはあくまでフリーランスの大魔術師だから、自由にしてあげないとだしね!」
「ちょっと〜!ラジー、優しさは有り難いけどね。あたしだって世話になってんのにそんなに無責任じゃないわよ。仮に善神悪神の事件が収まって離れたって、あたしは恩人周りは欠かさないわよ?ラジーの老衰だって防ぐし、養育費だってラジー一人に負担させないんだからね!」
「ミシェは優しい子だァ。そんなミシェの為にも!クリスマスは特別美味しい物を並べるからね!もちろん、ツナとコーンがいっぱい入ったマカロニサラダもたっぷり作るよ〜!!」
楽しい買い出しは、始まったばかりだ。
エジプト、ギザ。
ラムセス二世は観光客やマスコミに撮られまくりながら、本人が作業着で油まみれのメカ整備だ。作業着すら映えるイケメンことアメン神の化身は、超アメン合体ラムセウスのメカニックとして、機体調整を楽しんでいた。
「ジングルベール♪アブ・シンベール♪鈴がー鳴るー♪今日はー楽しいソリの祭りー♪」
「ジャヒー。ジャヒー……泣かないで。」
影の国。
ジャヒーが借りぐらししている小さな王城は、小さなイライジャが乳母から聞かされた聖なるカリフのお城である。
ジャヒーが寝台に横たわって、燻っている時、彼女が手鏡に現れたのだ。
確かに、ジャヒーは泣きたい気分ではあったが、指摘など彼女のプライドが許さない。
「オーレリアッ!!あたしを怒らせないでちょうだい!!あたしは、泣いてなんかいないわッ!!しゃしゃり出て来ないでよ!!」
反抗するジャヒーに、彼女は告げた。
「わたしの肉体に貴方の心があるのだもの……心が泣いてるわ。貴方、本当はアエーシュマを憎んだりしない。置いてかれたから、イラついて泣いてるだけよ。寂しいのよ、きっと。」
それは、ジャヒーの選んだ依代。美しく、哀れだが逞しい、オーレリアだ。
「オーレリア……アンタにツンケンしても無意味なのは、わかってんのよ……。でも、勘違いしないで!寂しいから泣いたりキレてる訳じゃあないわ。アンタだってあたしの気持ちは知ってるはずよ。善神に美しい顔を焼かれたわ。アンタの美しい顔を!なのに、アエーシュマの奴!!アイツは責務を放棄して善神に組みしたのよ!?」
オーレリアは語った。
「でも貴方だって、黒騎士様の虐殺には乗らなかったじゃないの。貴方は、黒騎士様に心酔はしてても、アエーシュマが危惧する理由だって、わかってるはずだわ。」
ジャヒーは躊躇った。
「それは……黒騎士様は、正しいわ。神殺しには、必要な手順なんだし……ただ、あたしには、弱っちい奴を嬲る意味が、わからなかっただけで……」
オーレリアは告げた。
「アエーシュマだって、訳がわからないでしょうね。彼は、弱者を嬲る黒騎士様に、怒ってるんだし。」
「……わかってるわよ!」
暗闇の中で、ジャヒーは涙を隠して俯いた。
「だからって、どうしたらいいのよ……!すごく気分が悪いのよ!!アイツだって一介の男でしか無かったんだわ……みんな、男なんかみんなそうだわ。本当の人生を見つけたら、売春婦を置いていく。アイツらには、その先に未来があって、あたしたちは道半ばの存在でしかなくて……。」
それは、売春婦の支配者、ジャヒーに植え付けられた不信感だった。悪魔として生まれ、概念として備わっているもの。
「わたしは貴方を道半ばだなんて、思わないわ。わたしが強姦されて、死ぬ為に屋上から飛び降りたわたしを、貴方が生かした。」
オーレリアに、ジャヒーは突っぱねた。
「そんなの、あんたがバカだったからよ。あたしなら誰と交わろうが利益に変えるからね。あんたのバカさ加減を教えてやっただけだわ。」
ジャヒーは助けただなんて、思ってはいない。
ただ、オーレリアは拾われて、たまたまジャヒーだったから、助かったのだ。
「ふふ。貴方のそういうところだわ。わたしの性への恐怖に、ぶつかって来て。わたしを変えたの、貴方は。わたしは愛する恋人に向き合えたわ。わたしの幸せは、もう充分なの、ジャヒー。わたしと貴方は、二人で一つの悪魔よ。今まで通りの運命共同体。貴方がわたしの顔が焼かれたのを怒ってても構わないけど……わたしには、悪とか正義とか、どっちだっていい。アエーシュマと敵対するのだって、反対はしないわ。けれど、生まれ持った自虐はやめてよ。斜めに見て自分を傷つけることは、わたしが許さないわよ。」
ジャヒーは、オーレリアの手鏡を拾い上げた。
「オーレリア。つくづく、アンタは不思議な女だわ。酔狂な、唯一の、あたしの味方。アンタには、アエーシュマがどう見えてるわけ?」
「きっと……ジャヒーを見捨てた訳無いし、責任感を失った訳じゃない。わたしに似てる気がするわ。善でも悪でも、無くなったのよ。」
ジャヒーは怪訝な顔をした。
「はぁ!?そもそも、悪を投げたら、悪神群としてどうなの!?無責任じゃないのよ!」
「でもアエーシュマは消えてない。悪神様だって抹殺してないわ。悪神群は、実は、悪に傾いて無くっても、いいってことなんじゃない?」
ジャヒーはため息をつき、乱れた髪の毛をかきあげた。
「いいわ。オーレリア。あんたの解釈が正しいかどうかは、アイツと戦えばわかるんだし。ただし」
ジャヒーは鋭い目つきで続けた。
「あたしに情け容赦などしたら、本気でアイツを殺すわ。腑抜けになど悪神群は任せられないからね。」
暗い暗い、影の国。
紙工作の星々はまがい物で、星のように世界を照らすことは無く。
ジャヒーが使っていた燭台の火が吹き消されると、世界はブラックアウトした。
漆黒の夜。
各自が、思い思いの時を過ごしながら。
月明かりだけが、彼らを見守っていたーーー。
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