7-〈13〉
獣の咆哮が響いている。
悪神群の影響で、狼達が警戒しているのか。
オーエンとイライジャは、エジプト・メイソン・リーのロッジまでの道で、遺体を回収しながら走って来た。
エジプト・メイソン・リーのロッジが隠された薬局で、イライジャが立ち止まった。
「イライジャ」
「オレはいいんだけどさ。オーエン、お前は入って正気でいられんのか?ぶっちゃけ、この中は、虐殺現場だぜ?」
オーエンは、それを聞いただけでも蒼白になった。
親身になってくれた人達。
共に戦ってきた、仲間。
ヤザンさんすら、もう生きてはいないという事実。
「……それでも。この手からこぼれてしまった命を、犠牲を、見ないフリは出来ないよ。行こう、イライジャ。遺体はどの道、この国の様式で埋葬は出来ないし。人数だけでも把握しなきゃ。」
オーエンは、割といざと言う時はタイルの仕組みを思い出せて、隠し扉を開けた。
開けた途端に、遺体がなだれ落ちた。
逃げようとした人達が、ここで殺されて、積み重なったんだ。
「……心臓を、抜き取られている……!生きたまま、こんなことを!?みんな、みんなだ!ただ殺しただけでも酷いのに、無力な一般人を、生かしたまま心臓を抉っただなんて!!」
泣いているのか憤慨なのか、オーエン自身にもわからない激情が走った。
「オーエン!落ち着けよ。いいか?黒騎士よりお前は知識のエキスパートだろ?狙いは解析出来るはずだ。」
イライジャに諭され、オーエンは涙を拭いながら、分析した。
「……エジプト・メイソン・リーは、エジプト神信仰の民だ。古代、復活を前提にしたミイラ作りでは、心臓だけは本体に残す。彼らは、心臓に魂があると考えたからだ。……だから、悪神群は復活を恐れ、心臓を奪った。頭は、二の次だったんだ。」
中に歩んでいく。
血の匂いが蔓延し、吐きそうだ。
中には、研究室で殺された人もいたが、機材には故障無し。
幸いにもカリオストロの複製体保管室は、敵にバレなかったようだ。
ーーーみんな、カリオストロを繋ぐ為に、カリオストロの部屋にだけは、逃げなかったということだ。
獣の咆哮が近づいていた。
バステトの戦いの跡がある。
金色の長い髪が、切り落とされていた。
破かれて廃棄された、三頭竜の御旗が折れている。
人間の蒸発した残り香。
誰かわからない死体もある。
頭が砕かれて、血に脳が混ざって流れていたのか。今は床にこびりついていた。
オーエンは、膝まづいて金の髪を拾った。
「バステトは、ここでドナ=ジョーと戦った……」
オーエンは、ふいに気づいた。
あの遺体の、あの手は。
腕時計を、見る時に。
花を選ぶ時も見た。
バステトの髪に、花を差す時も。
手の甲の、オシリスの目の植物性タトゥー。
死を恐れない、覚悟の証。
「嘘だ……ヤザン、さん……?」
オーエンは、頭を砕かれた遺体を仰向けに抱えた。額から先は砕かれているが、顔は確かに今朝一緒にいたヤザンさんだった。
オーエンは涙がとめどなく溢れ出た。
「なんで!なんでヤザンさんがこんな死に方しなきゃいけないんだッ!!脳までぐちゃぐちゃに踏み荒らされてッ!!!」
イライジャは、躊躇いがちに尋ねた。
「オーエン。お前の怒りは当たり前だ。だが、なんで異様に悲しんでやがる?ヤザンさんが、死んだこと以上に、悲しんでんだろ?お前。」
オーエンは、泣きながら叫んだ。
「ヤザンさんを殺したのが、ドナ=ジョーだから悲しいんだ!僕が過ちを犯さなければ、彼女は助けられた人だった!彼女が虐殺に走ったのは、僕の過ちを罰する為だ……皆が巻き込まれて死んだ。悲しいよ。僕がドナ=ジョーを変えてしまったことが、苦しいよ!」
イライジャは苦悩した。
少なくとも、イライジャなりに考えた。
オーエンの罪の意識は、イライジャからしたら、ただただ、オーエンを苦しめるだけの、厄介な感情だ。
出来ることなら、友として。
善性を、消し去ってやりたいくらいだ。
だけど。
それをしたら、オーエンは違う人間になるだろう。
イライジャの愛すべき友は、こちらのオーエンなのだから。
「オレも、無力感に負けそー。オレが介入したら、オーエンはねじ曲がっちまうし。かといって黒騎士を殺す訳にも、いかねぇんだろ?黒騎士のドラマは楽しくても、オーエンが苦しめられるんなら、殺したってそれは必要悪なのによ。」
オーエンはイライジャの気持ちを汲み取って、涙をゴシゴシと拭った。無理やり過ぎて、目元が腫れてしまうが。
「イライジャが背負う事じゃあないんだよ。これは、僕が背負わなきゃならない問題だからさ。でも、君がそばにいて良かった。なんとか、強がれるし持ち直したよ。」
「?……オレを悩ませたくねーから、持ち直したわけ?」
「うん。イライジャちょっとおバカだし、悩むと弱っちゃうし。意地を張らないと、ここはね。」
「おいオーエン、バカなのは認めるが、具体的に本人に言う?フツー。」
「それに、優しいから。僕がずっと泣いてたら、君は必要悪を買って出るだろ?」
「まぁな。あんまりオーエンがボロクソになってたら、動くぜオレは。」
「ダメだよイライジャ。ともかく……僕より、バステトはもっと辛いんだ。神だから、死ぬってことは無いはずだけど……どこだろう?」
イライジャが指さした。
「上だ。高いビルの上にいるぜ。」
「わかるのか?」
「夜間だけはな。じきに朝焼けだ、オレのチート能力は限界。」
「行こう、イライジャ!!」
ビルの上で、バステトが哭いていた。
咆哮の主は、彼女だったのだ。
両手を広げ、仰け反って、哭き続ける。
彼女のスーツに負傷は無い。黒騎士をものともしない強さだったのだろう。
だが、それでも仲間を守れなかった。
オーエンは、隣のビルから、ただ見ていることしか出来なかった。
「バステト……」
太陽神ラーの片目から生まれた、余りにも善性が強過ぎる故の、殺戮の女神は。
その激し過ぎる気性から、同士達の死を嘆き、無力な自身に怒り。
朝焼けを背に、哭き続けた。
「うぉぉおおおおおおーーーッ!!!」
魂の咆哮は、もう少し、嘆く時間が必要だった。
オーエンは、イライジャを連れて、朝に自宅に帰った。
「オーエン!イライジャも!やったよ!ついにツナやポテト達が、悪の解放事件を食い止めたんだ!!」
ラジーの第一声でオーエンは目を輝かせた。
絶望の中に光明が差した思いだった。
「本当に!?ツナ達が?」
ツナやポテト達が迎えと報告に来た。
「貴方の呼びかけのおかげです、オーエン。一人じゃない、マーズマンがいたから、と。」
「凶器を棄てて、自らを抑えて、待っていてくれました。だから、助けられたのです。」
ラジーはウンウンと頷いた。
「ツナやポテト達は、悪を解放された人を守りながら、手際良く虐待を通報して、虐待家庭は崩壊。生活費は自力になるけど、充分だって拝まれたってさぁ。うーん、念願叶ってめでたしめでたしだね!」
イライジャが咳払いした。
「うおっほん。なぁラジー、キットいるか?」
「ん?昨日から帰って来てて、ご飯食べて寝てる。起こそうか?」
「いや。ならいいんだけどよ。……あいつ、頼み事を叶えてくれた。こういう時、なんつうの?」
オーエンは戸惑うイライジャに微笑んだ。
「イライジャ。僕を相手にしてる時みたいに、自然でいていいんだよ。イライジャなら、サンキューオーエン!でしょ?」
イライジャは照れながらそっぽを向いた。
「あー、それそれ。キットにサンキューって言っといて。」
ラジーは笑顔で頷いた。
「もうじき起きるけどねぇ。イライジャも久しぶりなんだし、朝ごはん食べてくかい?ミシェが帰れないから、余っちゃうんだよねぇ。」
そこはイライジャ、マイペースに吹っ切った。
「飯は美味いけどパスな?アミナがサンドイッチ作るからオレに食わせてーんだってさ。一旦帰って、飯食ったら合流な?バステトちゃんのコインロッカー問題があんだろ?」
ラジーは瞬き。
「バステト、ちゃん……?小さい子かな?」
イライジャが笑った。
「いんや。胸がボインボイン!セクシーで可愛い、オーエンにベタ惚れの女の子ー!オーエンがバステトちゃんて呼んでるから、オレもバステトちゃん呼び!じゃ、オレ帰る!ハッハッハ!!」
「イライジャ!ちょっと……」
イライジャを見送る余地は無く、笑顔のラジーが詰め寄った。
「オーエン?ドナ=ジョーへの憧れと、ミシェへの淡い気持ちは、なんとか理解してきたつもりだよ、ぼかぁ。きっとふわふわする年頃なんだってさぁ。でも、なに?更に女の子を?」
笑顔が一番怖い。
ラジーのお説教は笑顔率が高い程怒っているのだ。
「朝ごはんにしよう!キットを起こさなきゃ!!」
「オーエン?僕の話が終わってないけどぉ?」
笑顔率が上がった!怖い!
「き、キットにオニオンスープを、ですね……」
「おはよう。おかえり、マーズマン。」
「!!」
「キット!!」
そして、あの大きなウサギのぬいぐるみが、テクテクと歩いてきた。
「え……?」
キットのイマジナリーフレンドのはずのぬいぐるみは、低いオッサンの声で挨拶した。
「よォ!アンタがマーズマン?キットを助けてくれてありがとよ!俺はキットの兄弟のジャスティンだ!今日からよろしくな!」
キットのイマジナリーフレンドが、実際に動いて喋っている。
ラジーがため息だ。
「今はお説教どころじゃないか。ジャスティン、朝ごはんいかが?」
「いただくぜ!おたく、料理がうめーんだろ?キットに聞いた!」
キットはオーエンに告げた。
「アーリマンの家から、勝手に帰っちゃって、ごめんね。」
「んん?つまり、影の国にお使いに行ってて……それは、ジャスティンと?役目を果たしたら、イライジャがゲートを開けた訳じゃなくて?」
「ジャスティンを抱えて、勝手に帰ってきちゃったの。ワープ的な。これ、ドナ=ジョーからあずかったよ。」
キットの首にあるのは、アシャがつけていた、指輪のネックレスだ。
オーエンは更にびっくりした。
「ドナ=ジョーに会ったの!?危険だよキット!!」
「アーリマンは、自分じゃマーズマンを助けられないから、力を借りたいって。それは、マーズマンと大事な人を、仲直りさせること。アーリマンに結果を話せてなくて、悪いことをしちゃったけど。ドナ=ジョーは、復讐は貫くスタンス……だけど、マーズマンが彼女の恩人から学んだことや、善も悪も助けたいことは、きちんとわかってくれたんだ。だから、この指輪をぼくに預けたんだと、思う……自分が、恩人の人の正道に背くことが、わかってて……あの人は、悪い人じゃあないよ。」
オーエンは、一筋の涙を流した。
イライジャの頼み事。
キットが得た、ドナ=ジョーの誠意。
ドナ=ジョーの虐殺は、酷いものだったし、許されることでは無い。
でも、彼女はその虐殺を、非道だと認識していた。
自らが、アシャに背く行為だと、戒める心が残っていた。
バステトを哭かせてしまったけれど。
「……ありがとう、キット。イライジャにもお礼をしなきゃ。ドナ=ジョーには善悪の区別がまだ存在していて、自らを……あの虐殺を、彼女自身が許してはいない。研究室で殺人があったのに、彼らの道具や機材には一切の破損が無かった……キット、君が知らせてくれた彼女の本心は、僕にとって救いだった。」
キットは遠慮がちにオーエンを抑えた。
「ぼくはマーズマンに助けられた側だから、そんなのいいんだけど。アーリマンにお礼言えばいいよ。アーリマンがいなかったら、ぼくドナ=ジョーのこと、よくわかってなかったんだ。」
オーエンは涙を拭いながら、告げた。
「あぁ、それも勿論するけど。イライジャは、影の国全域が見えてるからね、キットにサンキューって伝えてって言っていたよ。」
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