7-〈10〉
オーエンとバステトは、パリカー達の流れる先に気づいた。
「そんな……!?」
悪魔達は明らかに、エジプト・メイソン・リーのロッジに集中していた。
「今まで、こんな狙い方は……彼らは錬金術師とはいえ、一般人なのに!」
「おのれ……おのれぇッ!!妾の民に手を出すか!!その愚行、生かしては帰さぬぞッ!!!」
バステトはスフィンクスから跳び、獣のようにパリカー達を一網打尽に鉤爪で切り裂いた。
返り血に塗れながら、切り進んで行く。
圧倒的だ。
恐るべき戦闘能力は、まさにラーから殺戮を使命として生まれた女神である。
しかし。
「エジプト・メイソン・リーのロッジが……バステトちゃん!僕も行く!!彼らは、大事な仲間だ!!」
オーエンの情けに、バステトは一喝した。
「愚か者!!妾には妾の責務が、そなたにはそなたの責務があろうよ!!そなたはその勤めを果たせ、アフラ=マズダ!!希望を、植え付けるのだろう!?」
オーエンは内心せめぎ合ったが、より多くの人命の為に、少ない方の犠牲を無視せねばならなかった。
こんなの、正道じゃない。
偽善だ。
「クソッ……皆の命は、比べ物にしてはならないのに……僕はなんて奴だ!!」
バステトは悪魔を切り裂きながら、優しき未熟者に現実を諭した。
「救いたくば、比べねばならぬ!たとえ偽善の汚名をかぶろうとも!少ない方の犠牲者達に、その胸をえぐられようとも!より多き命を選ぶはペル・アアとて学ぶこと!幸い、妾の民らはまだ応戦中だ!行け、アフラ=マズダよ!そなたが救いたい人らを守れ、悪の解放を食い止めよ!!」
オーエンは強がりなバステトに、くっと目をつぶり、罪悪感を背負いながらも、走った。
「ごめん、バステトちゃん!」
オーエンは繁華街方面に向かい、走った。
ビルの斜面を走り、跳びながら、まだまだ群がるパリカー達に、聖なる火柱を巡らせた。
「悪の解放は、させないッ!!」
そこに、残った二人。
奮戦していたキングとアエーシュマだ。
「よぉ、テイラー。迷いは、晴れたのか?」
オーエンは頷いた。
「うん……!!」
一方、焦げかけたアエーシュマが怒鳴った。
「なんという危なっかしい善神だね、君はッ!!悪神群のこのわたしがバリツを繰り出す場に聖なる火柱とは、実にいただけないッ!!」
「え、と。悪神群の、アエーシュマ……さん?」
キングがにっと笑う。
「共闘中だが、気にすんじゃあねぇ。この人は迂闊な回避ミスで、死ぬようなたまじゃあねぇからよ。」
「その信頼は有難いのだがね!わたしとて不意打ちの聖なる火は死ぬぞ、キング君よッ!!」
オーエンは謝罪。
「気をつけます!それから、改めて……僕らに、力を貸してください!」
アエーシュマもキングも、気づいた。
「……少しの成長があったようだ。良いだろうッ!!何らかの女神と話していたな、希望を植え付ける、とやら!女神がエジプト・メイソン・リーの守護へ、君は希望を植え付ける使命へ!先に言っておくが、カリオストロ氏が不在の為、暗示係がいない!警察やマスコミが来ているが、救助するとして、カメラを利用しない手は無いだろうッ!!」
警察、マスコミ。じきに軍隊も動くということだ。
「避難してもらう為にも、行こう!!」
エジプト・メイソン・リーのロッジでは、メンバーが集合したところをパリカー達が襲撃していた。
「アシャラ・ムバシャラの御名において、ダイヤと結界の等価交換を行う!」
エジプト・メイソン・リーとて、カリオストロから学んだ錬金術がある。
ダイヤを失う代わりに、一時的な結界を張る、等価交換の術だ。
パリカー達が黒騎士に振り向き、黒騎士は答えた。
「問題は無い。ダイヤなど無限に保とうはずが無し。」
エジプト・メイソン・リーは、この隙に話し合った。
「全体結界を張る!」
「わたしを等価に使ってください!!」
「すまない……!アルトタスの神秘において!我が同胞の命を等価交換に、我らを守る結界を構築する!!」
等価交換になったメンバーは破裂し、血飛沫が飛散した。
彼の命から生まれた全体結界はエジプト・メイソン・リーのメンバーの大勢を包み、強固な守りとなって働いた。
パリカー達が突風や電撃を放っても、結界は壊れない。
「何だ、これは……!」
「黒騎士様!」
「外側は強固。ならば、内側はどうだ?ドゥルズーヤー!結界内部の気温を高温化せよ!!」
「仰せのままに!」
エジプト・メイソン・リーは結界内部のいきなりの暑さに躊躇い、危険な高温化から逃げるべく結界から出ようとしたが、いくら叩いても壁から出られない。
「落ち着け!結界を壊すには、命の等価が、い、る」
「あ、あ、……あ」
結界の中で、ついに彼等は溶け出した。
脳が溶け、為す術なく肉体が液状になり、蒸発して行く。
人間の蒸発した悪臭が蔓延した。
それを見た、結界外のメンバーは、わっと走り出した。
「結界はダメだ!退避!!」
「ロッジから脱出せよ!!」
黒騎士は悪魔達に告げた。
「追え。一人も生かさなくて良い。」
バステトは応戦中のエジプト・メイソン・リーのロッジにたどり着き、パリカー達を切り裂きながら、悪神群の司令官を見つけた。
黒騎士である。
「皆殺しだ!!エジプト神の信奉者達こそがラーのエネルギーの源ならば、根絶やしにしてしまうがいいッ!!」
強者達による弱者の、虐殺に他ならなかった。
バステトは強過ぎる善から生まれた殺戮の神。
毛並みを逆立たせ、憤怒の形相で黒騎士に切りかかった。
「許さぬッ!!ラーの生みし人の子らを殺め、妾の領域に手を出したなッ!!?」
黒騎士は剣でバステトの激しい斬撃を弾きながら、眉を顰めた。
弾ききれなかったバステトの鉤爪は、黒騎士の鎧の継ぎ目を、鎖帷子ごと肉を割いており、黒騎士は距離を取って、剣を構えたまま、片腕の治癒をした。
「なんだ?貴様は……強過ぎる!神か?エジプト神は、二神いたのか!だが!!」
黒騎士の両手から三頭竜たる蛇が現れ、小手となり、黒騎士のパワーが倍増した。
「ならば貴様をも、始末するまでッ!!!」
黒騎士の剣戟にパワーで押されたバステトは、復讐の念でまたパワーアップし、ロッジ中を飛び交った。
「飛ばされたついでだ!!皆殺しとは、妾の台詞ぞ!!誰も生かしては帰さぬッ!!!」
ロッジの中のパリカー達は首を切られて倒れ、消滅していく。
黒騎士は怯みつつ、親衛隊を呼び出した。
「この女、マトモに相手をしては我等の戦力源が潰える……!ドゥルズーヤー!クナンサティー!ムーシュ!この女神、わたしとお前達で仕留める!!」
「御意に!!」
黒き軍服を着たドゥルズーヤー、クナンサティー、ムーシュは、黒騎士に敬礼し、バステトを囲んだ。
「バステト様……見事……!ですが、この場は援軍が絶えませぬ!今は、お逃げください!」
「ヤザンか!!」
足を失いながらも、生き延びていたヤザンさんに、バステトは駆け寄るため、邪魔なムーシュを切り裂いた。
しかし、ムーシュに力を分けたドゥルズーヤーとクナンサティーが、ムーシュの傷口を再生した。
「悪の投票を、お忘れかしら?」
バステトは舌打ちして睨む。
「チッ!ええい!ヤザン!しっかりせよ!!死ぬことは、この妾が許さぬぞッ!!」
ヤザンさんは、それでも自らよりバステトを優先した。
「いいえ!たとえ、ミズーリ州に信奉者が潰えても!バステト様が生きておられますならば、世界の信奉者を守れます!!おはやりめさるな、ラーの目よ!貴方様だけは、生きられよ!!」
黒騎士が黙ってはいなかった。
その黒く重たい具足で、ヤザンの頭部を踏み潰した。
ぐちゃぐちゃになった脳が、血に混じって床を流れてくる。
「世界の信奉者……そういうことか……ならば影の国よりパリカー達を送り込むまで。だが、バステト女神。貴様にはますますここで死んで貰うしか無くなった……親衛隊!これよりわたしに続けェッ!!!」
黒騎士達の連撃にも怯まず、バステトは哭きながら、ヤザンの死を、嘆きを、力に変えた。
「うぅがああああああああぁぁぁッ!!!」
殺戮兵器として生まれた彼女の、本能か。
ドゥルズーヤー、クナンサティー、ムーシュ、黒騎士に、余りの速さでほぼ同時攻撃を繰り出した。
「なに?」
これでは、自己回復に専念しているうちに、殺されてしまう。
「グガアアアアアッ!!!」
考えている余地など無く、やはりバステトの連撃が黒騎士達を襲った。
「距離を取れ!!」
深手の黒騎士と親衛隊は、バステトから距離を置く。
しかし、治療に専念する暇など、無い。
一分の隙なく追ってくる。
「グルルルル……」
話も通じそうに無い。
殺戮の女神はついに暴走状態に陥ったのだ。
黒騎士は親衛隊に叫んだ。
「接近戦失敗!わたしは距離を取り、弓矢を使う!親衛隊、バステトを外に誘導せよ!!」
「ど、どうやって……!?この女、もはや理性のタガが外れておりますが!」
黒騎士はヤザンの遺体を蹴り飛ばす。
「信奉者の遺体でおびき寄せよ!!」
それを、許すバステトでは無かった。
「グガァアアアアアアアッ!!!」
「えっ?」
黒騎士は、自分の視点が反転した事に、僅かに戸惑った。
「黒騎士様ァァァッ!!!」
バステトの斬撃が、黒騎士を横に一閃し、黒騎士は上半身だけが落下したのだ。
「わたしの……鎧……までも……?」
もはや、今のバステトに鎧など、溶けかけたバターと変わりない。
黒騎士は咄嗟に判断し、指示を下す。
「バステトの獲物はわたしだ!わたしの身体を拾って外へ!!わたしを使って誘導せよ!!何としても矢で始末する!!」
「ですが!!」
「ここまでの脅威、ここで殺さねば、後々我らにつきまとうぞ!!」
「……はいっ!!」
ドゥルズーヤーとムーシュは黒騎士の身体を抱えて距離を取り、追ってくるバステトに対し、クナンサティーは黒騎士を守る為に、限界以上の力で応戦した。
「ガァァァアアアアアッ!!!」
「うわああああああああああああッ!!!」
バステトの斬撃に手足はもげたが、クナンサティー本人すら凍る程の凍気に、バステトの血肉が凍ったか、一時的に身動きを封じた。
「充分だ!退避せよクナンサティー!!」
クナンサティーは落下しながら影の国へ。
距離を取った黒騎士は、三頭竜の渾身の一矢を放った。
「落ちよ!!」
その時。
バステトは、剣を投げた。
ただ、投げただけで。
すざましい速度の神気を纏う剣が、三頭竜の矢を爆破させた。
黒騎士は青い顔で、苦々しくバステトを睨んだ。
「化け物め……!」
パリカー達が伝達に来た。
「任務遂行致しました!……あぁ!!黒騎士様が……ッ!?」
ドゥルズーヤーとムーシュが涙ながらに訴えた。
「信奉者は全滅です、撤退致しましょう、黒騎士様ッ!!!」
「お願いしますから!!もう、黒騎士様が、もたない……ッ!!!」
黒騎士は薄れゆく意識の中で、時間稼ぎだけは成功したと理解した。
「全軍撤退……オペラハウスに、テオドールさんを、呼べ。わたしは……以後、眠る、だろう……」
黒騎士が意識を失うと、ドゥルズーヤーとムーシュとパリカーは、黒騎士を命に変えても守るべく、影の国に降りていった。
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