7-〈7〉
次の瞬間、アミナが掴まえられ、ぶら下がった。
「んもぉ!イライジャッ!やめてよね!!」
昼寝から目覚めたイライジャだ。
「危ねぇとこだな、キット?アミナにはあんまり深入りすんなよ?もうわかったろ、真っ黒なお子様なんだぜ。さぁて。来いよ。バスケも疲れたし、おやつにでもしようぜ。」
キットは涙しなかった。泣いていたら生命の危機だ。すぐにアーリマンの背中に隠れた。
アミナの殺意は本物だった。
イライジャが茶化した。
「へぇ。お前、怖いのか?やっぱりお前、アミナが本気だってわかってたな?」
キットは俯いた。
「……ぼくも、そうだったから。パパを殺すとき。」
イライジャはニヤついた。
「で?何故反撃しねぇ。お前のほうが年上だぜ?アミナを殺すくらい出来んだろ?」
アミナが怒った。
「イライジャ!」
キットは、答えた。
「……マーズマンが、言ってた。人間の善も悪も、守るのが正道だって。僕は、悪を抱えてる。だからわかる。アミナは、同じ被害者達を見たから、死んだ方が優しいと、思ったんだ。それは、怖いし過ちだけど……元は、優しさからでしょ?だから、僕が反撃する理由には、ならない。」
「ふーん。お前、オーエンのことがよくわかるみてぇだな?善も悪もいる。ガキながらに、真理に近づいたな?」
「うん。マーズマンの言いたいことは、きっと、戦いじゃないんだ……対話だと思う。善でもあり悪でもあるから、分かり合えること。」
イライジャは楽しげにキットの額をつついた。
「元からか?それとも、悪の解放が、お前の第六感を解放したのかな?アミナが殺さなくって良かった!こんなに面白いおもちゃは、まだまだ使い道があるもんな?」
キットは固まった。
「……えッ?」
イライジャは歩いて、キットから距離を取った。
「アーリマン?」
「能力を試しとこうぜ、キット?アミナ!」
アミナがイライジャの命令に、眉をしわくちゃにした。
「あたちに殺れってこと?」
「そゆこと。手ェ抜くなよ?」
アミナの目が赤く輝いた。
「止めたり命令したり、訳わかんないわっ!!」
アミナの疫病に対し、キットの腕からウサギのぬいぐるみが飛び出し、バリアを張った。
「えっ?」
キットは、その懐かしい友の名を呼んだ。
「ジャスティン!!」
バリアを張っているウサギのぬいぐるみ、ジャスティンは振り向いた。
「待たせたな!よぉ、兄弟!!」
オッサンみたいに、渋い声だ。
「喋った……!」
度肝を抜かれるアミナ。
「ジャスティン、気をつけて!悪い子じゃない!アミナを殺さないように、やっつけて!!」
「あの子の殺意は、優しさだもんな?俺に任せときな!」
ジャスティンはバリアを張ったまま、アミナに急接近し、飛びかかり、一時的に硬くした手刀でアミナのうなじを一撃。
アミナは気を失って倒れた。
「うわっはっはっはっは!!」
いきなり笑い出したイライジャに、キットとジャスティンは警戒態勢を取る。
「イカレ野郎め。」
「アーリマン……どうして?」
「アミナを倒した!面白ぇーッ!!そのウサギ、お前の力で生きてんのか?OK、合格点だね!真理に辿り着いたお前に、サービスしてやるよ。」
イライジャは影の国のゲートを開いた。
「あんだ?この胡散臭いゲート!近寄んなよキット!攫われるぜ!」
「うん。とても、真っ暗な世界が見える。怖い……」
イライジャは今度は悲しげに、告げた。
「この中には、オーエンの愛する人がいる。かわいそうにな、あいつ。すれ違ったまま、彼女は天敵に回ってしまった。黒騎士ドナ=ジョー・オリンズとして。俺は悪の神だ。見てわかるだろうが、倫理観が狂った俺には、二人を救えねぇ。」
ジャスティンがボヤいた。
「アンタ、情緒不安定過ぎない?」
キットは理解した。
マーズマンに抱えられて逃げている時、襲いかかって来た人。
黒騎士、ドナ=ジョー。
「キット!騙されんな、罠だ!!」
「マーズマンを助ける、チャンスをくれるってこと?僕が、黒騎士と……対話すればいい?」
イライジャは素に戻った。
「まぁ、勇気があるんなら、入れよ。影の国の内部なら、俺は安全を保証するぜ。俺もオーエンの奴は助けてぇんだ。ま、ドナ=ジョーはどっちでもいいけど?まぁ、ドナ=ジョーが死ぬとオーエンは病むから、どっちも助かればいい……はずなんだよな?」
キットはアーリマンの内面を探ったが、一面の闇しか見えない。
目を凝らすと、顔の見えない乳母と、小さなアーリマンが、子供部屋で紙工作していて。
何千個目かの、紙の星を、糸で天井にぶら下げた。
お父さんを追悼しながら、紙を折るが、お父さんは天に行き、こんな闇の中にはいないのだ。
「……悲しいだけだ。嘘はついてない。ジャスティン、力を貸してくれる?」
「ウッソ。こんな闇深野郎を信じんの?」
キットはたくさんの苦しみ、たくさんの不安から、勇気で振り切った。
「僕はマーズマンに助けられた。今度は僕が、マーズマンを助けにいく!」
ジャスティンはその歩みを見て、キットに寄り添った。
「踏み出したな、キット?後戻りは出来ねぇぜ。俺が守るけどな!」
「行こう!ジャスティン!!」
キットとジャスティンは、影の国のゲートにダイブした。
高層ビルの最上階。
特別な記念日のカップルや、富民層、若きセレブ、政治家。
客層はだいたいそんな感じだ。
最上級レストラン。
大人っぽいピンクのカクテルドレスにドレスアップしたバステトを、オーエンがエスコートして入店した。
予約席に着くと、出された皿の上に白い巻きシウマイが。
シウマイ?小籠包?
オーエンがそれを口に入れると、バステトが笑う。
「はっはっはっはっ」
「!?これ、シウマイ……??」
なんか、異物だ。シウマイなんかじゃない。
「タオルぞ?手を拭け、という意図だな。」
オーエンは恥ずかしそうに口からタオルを出した。
「こういうの、慣れてなくて」
「良い。愛いのは許す。」
ウェイターが新しいタオルと、ノンアルコールカクテルを運んで来た。
「アルコール……?あぁ、バステトちゃんは、本当は大人だから?」
「ノンアルコールぞ?妾は酒に弱くてな。神話でもあるが、暴れる妾を止めるには酒だ。眠り出すからな。」
確かに、バステトが眠りだしたら、話どころではなくなる。
「美味いな。ただのカシスでは無い、フルーティーだ。」
オーエンが手を拭きながら、尋ねた。
「それで。太陽神ラーとの、同盟は?」
「うむ。コースが終わるまでに話も終わらせようぞ。妾とのデートは合格だ。ラーには妾からアフラ=マズダは正しい古代神と伝えた、ラーは同盟に乗ったぞ。ラーはインパクトがある故、この場には来れぬが、明日の朝の夢にでも現れて、本人から挨拶するであろうな。」
「良かった……!ありがとう、バステトちゃん。……それと、」
「善の解放、だな?」
「……あぁ。今まで殺された人達を、助けるには?」
バステトは静かに告げた。
「正確に言えば、玄奘のやり方では救えぬ。あやつとて、悩んではおるし、詰んでおるのだ。殺してはアフラ=マズダの意に反しようし、善の解放などはもっとしてはならぬぞ。善とは、凶悪だ。妾とて善の殺戮兵器ぞ。善を解放しては、自殺か他殺を増加させるに過ぎんのだ。人間は不完全で、己の尺度の善しか成せぬ故、な。」
オーエンは塞ぎ込む。
これ以上、犠牲者を出したくは無い。
「助けられないのか……?どうしたら……!!」
バステトは告げた。
「アフラ=マズダよ。そなた次第だ。一つだけ、妾からそなたに伝授したぞ。一日だけでも、煩わしい現実を忘れるデートは、楽しかろう?後に思い出の端くれとなり、そなたを支えよう。それが、希望だ。悪性に立ち向かえる力は、希望のみぞ。逆境から抜け出す希望を。現状を打開する希望を、人間らに植え付けよ。」
「……希望?……どうやって?」
バステトは微笑んだ。たおやかで、まさに女神のように。
「ありのままのそなたでよい。既に、その力は持っておろう?マーズマンが市民を助ける。ただ、そう宣言するが良い。」
逆境を打開する、希望。
キットが言った。
ギリギリまで、マーズマンを待っていたではないか。
皆が被害者だ。彼らの手を汚す前に、彼らを守るには、悪の抑圧が。
希望が、必要なんだ。
オーエンはバラバラだったパズルが、完成したように理解した。
今まで通り。
マーズマンらしく、真っ向から呼びかけるんだ。
逆境の人達に、届くように。
「ありがとう、バステトちゃん……目の前に転がっていた答えに、ようやく気づけたよ。」
「フン。妾に礼がしたくば、少しは妾を愛でろよ、アフラ=マズダ?殺す殺さないのルールに縛られたな、そなたは義理堅過ぎるのだ。」
オーエンは苦笑した。
「じゃあ、猫の時にね。たくさん遊んであげるよ。」
バステトが拗ねた。
「このいけずめ!」
ウェイターが皿を運んで来た。
「前菜の、寒天とフルーツの蜜かけと安倍川餅です。」
オーエンは目を白黒させた。
「ん……前菜に、モチ?」
バステトは大歓喜だ。
「妾の第二の憧れ!この店こそは最上級の餅BARよ!!きな粉の餅は妾の大好物ぞ!気分が上がる〜!!」
本当にコロコロと表情の変わる神様だ。
確かに。
この一日の、楽しい思い出や、面白いことの積み重ねは。
オーエンを支える、希望となってゆくのだろう。
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