2-〈2〉
翌日、スクールバスが行ってしまった頃合だ。
「愛している……愛しているんだ、イライジャ……」
「ジュリー作最後の晩餐。君たちが食べるのが正解。」
小さなイライジャは振り向いた。
乳母と二人だけの子供部屋だ。
ずっとずっと、紙工作の星を作りながら。
「オペラハウス?なに、それ。」
「オペラハウスは、スターだけが壇上に立つ晴れ舞台よ。」
「スター?」
「そこでは、万人が愛してくれる。貴方だって、そこに立てば、きっとお父様が愛してくれるわ。」
イライジャは冷めた眼差しで紙工作に戻った。
「おれに、パパはいない。」
エルダーさんの言葉がフラッシュバックした。
「愛している……愛しているんだ、イライジャ……」
「はあっ!!」
悪夢にうなされたイライジャは、目覚めた。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
殺された親父。
最期に託された、父の愛。
オーエンのおじさんだって、そうなんだ。
オーエンの大事な人を、手にかけた、自分。
生きる?
自己正当化するのか?
自分は、人殺しだ。
悪神だ。
どうすればいい。
「クソ………」
イライジャはシーツに丸まった。
執事アルブレヒトは、電気もついてないイライジャの部屋のドアを開け、コーヒーと軽食を載せたワゴンを運んできて、容赦なくカーテンを開けた。
窓からは日光が差し込み、イライジャはベッドに丸まって抵抗した。
「飯はいらない!」
アルブレヒトは主の寝間着を整えて起こした。
「お言葉ながら。自殺は出来ませんよ、イライジャ様。」
「俺は親父じゃない。煉獄なんか怖くないぞ。」
「そちらの宗教論ではございません。ゾロアスターの二神は決着がつくまで不死なので、仏教徒もひっくり返るような無駄な断食を、そろそろお辞めになられては、如何ですかな。」
「…………」
アルブレヒトはスコーンにスモークサーモンとクリームチーズのディップを塗った。
「こちらを。何より、眠り病を解決するミカエル様の訪問すら応じないのは如何なものかと。」
「居ないと言え。」
「言えません。主が気概を無くし、父君が亡くなられたばかりです。居間にてお待たせしております。お身支度を。」
イライジャは仕方なく、ヨレヨレの紫Tシャツに、ヨレヨレの色が薄れたジーンズ姿になる。
鏡で自分のボサボサの天然パーマを見た。
「学校を休んだのに」
「魔術師ミカエル様との会談は必ず役に立ちます。さぁ、イライジャ様。」
居間に来ると、席に着くより早くベルフェゴールが追ってきた。
「ちょっとベルフェゴール!落ち着きが無いわよ。」
「私は彼の傍が心地いい。さぁ、お膝に失礼しよう。」
イライジャは席に座り、ベルフェゴールを膝に座らせてやった。
「人間よりかは気楽だ。悪魔なんなら気まぐれに死ぬ心配が無いからな。」
「私は霊的存在だ、器の犬が死のうが、また犬に宿るまで。」
ミカエルが席を立つ。
「イライジャ。この二週間の断食は楽しかったかしら。あたしも何回追い返されたことやら。」
「ぁーん。なんの用だカルト女?」
ミカエルは紙袋を差し出す。
「眠り病の特効薬の処方。それから私用。アフリカ辺境の現地の神父からの退治依頼だわ。村八分にされたアンリ・マユ達の救出と、村人全員の退治よ。アンタ、無関係じゃないし。手伝ってよ。」
イライジャ、メインディッシュが次々出され、食べながら、片眉を釣り上げた。
「ムカつく村人だが、アフリカのどこだよ。何日かかる?ガイドは?」
ミカエル、当たり前のように告げた。
「何なら柱の影からでも海外旅行できるわよ。イライジャ、貴方悪神には悪神の能力があんのよ。影の世界は貴方の領域ってこと。まぁ、あたしも初めてだけどさぁ。」
イライジャは眉を寄せた。
「影の中を移動?俺が?」
アルブレヒトはイライジャに戦闘アーマーを着せ、数日間の保存食のバックパックを背負わせた。
「どうぞ、ご無事のお帰りを。」
ミカエルは影の中に待機。
「準備いい〜?初回はあたしがナビゲートするから、置いてくんじゃないわよ。」
「……行くぜ!」
イライジャ、柱の影にダイブするが、痛い思いをした。
「oh......アウチ」
「あら、違ったかしら。」
「ミカエル!お前、いい加減な」
ズブズブ、沼に沈む感覚だ。
影の中に、溺れてしまう。
「やめろ!……はあっはぁっ」
「向こうを掴んだ。急いでイライジャ、まだ無事な子がいる!」
影の沼に、沈み込む。
息が出来ない。
違う。
苦しいのは最初だけだ。
元々、息をしていたのは、名残なんだ。
その世界は影だけが生きている。
人類、動物、建築物。
飛行機、自動車ーーー。
(助けて)
イライジャが聞き取れた、か細い祈りは、英語だったからかもしれない。
見える。
あそこで、呼んでいる。
イライジャは影の沼から出ると、アフリカの村とも言い難い集落に落ち、着地した。
ミカエルも見事な着地だ。
ベルフェゴールは木に引っかかって、落ちてこない。
「忌々しい木め」
イライジャがベルフェゴールを回収していくと、ミカエルは魔法陣を書いた手帳のペンタグラムを見て、進んだ。
「あの封鎖された家よ。アンリ・マユは八人。村人達は七人……早く」
イライジャは駆けつけた。
ドアを蹴破った。
ゴミ屋敷の中で、性的に犯されている子供や、殺されかけ鞭打たれる子供。
排便も排尿も、誰も片付けはしない。
周りを見て、言葉を失う子供ーーー。その子がイライジャを見て涙を滲ませ、かすんだ声を絞った。
「ヘルプ ミー」
あぁ。俺に届いたあの声は、この娘だ。
アフリカの村人は伝わらない言語で責めてくる。ナタを振りかざす者が迫る。
ミカエルがその男の眉間に銃弾を撃ちこんだ。
「イライジャ!子供以外みんな始末するわよ。」
一瞬だった。
斬り捨て、薙ぎ払い。
イライジャの準備運動にすらならない。
だが、ただ1人、無事だった子を除いて、生きる気概のある子供はいなかった。
イライジャは子供に屈んで目線を合わせようとしたが、犯されると思ったのか、子供たちは無抵抗のまま目が死んだ。
「……死にたい奴だらけか。食い物は?食ってないんだろう!」
数人が反応した。
みんなガリガリに痩せている。
イライジャは保存食パックを砕いて配った。
だが、子供たちはいつまでも口に入れたままだ。
「何してる?食え。」
「あのね。古い子は……歯が……取られてしまうの」
イライジャが口の中を見ると、歯がむしり取られていた。
村人の一物を齧られぬよう、はぐきしか残っていない。性処理だけの為に、命を軽視したのだ。
「ファック!!悪だから迫害していい免罪符だと?」
カリオストロの知らせた悪夢が、ここにはある。
死ぬだけの運命の子供たち。
泣きながら、口の中の保存食を舐めるだけ。
「点滴がある施設でしか……もう、生きられないのか?」
ミカエルは教会まで身を隠しながら進み、途中出会った村人に銃口を突きつけた。
「わたしはキリスト教徒だ。アンリ・マユ迫害を抹殺すべく、神父様と共に君に依頼した、アブデルカデルだ。君は若いな。ミカエル・サンダースか?」
ミカエルは銃口を下げた。
「そうよ。アブデルカデルさん?敵だらけだわ。教会の中で話したい。」
「子供たちは?」
「助手がついてる。けど、生きてけるのかはわからないわ。養護院が必要。」
「神父様に要請しよう。村を廃棄し、私たちもまともな土地にうつろうとしていたんだ。」
教会内部に入ると、自分たちばかりが救われようとドアを叩く村人を厳重に封鎖し、シスター達が残る食料を数えていた。
「神父様。ミカエル・サンダースが子供たちを保護しました。養護院が必要だと。」
「ミカエルさん。職業柄、本来ならば天敵ですが……ご助力に感謝を。神の見放した地で、村人達はもはや悪魔です。アブデルカデルさん。子供たちを移動しましょう。ワゴンに何人乗れる?」
一同、駐車場に向けて走り出した。
「教会一同、子供たち、わたしくらい。いえ、わたしは残ろう、子供が一人乗れない」
ミカエルが言った。
「子供一人はあたしが避難させる。被害に遭ってない、英語が喋れる子がいたわ。社会復帰出来るはずよ。この村の周りを結界で囲ってくる。ここは……掃き溜め以下ね。焼いた方がいい。」
ミカエルが村周りに黒すぐりを撒いていると、二人の村人が近づいてきた。
「何をしている!邪教徒め!!」
「神父様が呼んだ魔術師じゃないか?」
ミカエルが銃口を向けると、裏拳で銃を飛ばされてしまった。
「くぅッ!」
ミカエルは頬を張り手され、両手を後ろ手に抑えこまれた。
すかさず屈んで相手の脛を蹴り倒し、手が自由になると、その際もう一人が首に巻いていた布を縛り付けて体重をかける。ミカエルはブーツに仕込んだナイフで首布の男の首を貫き、脛の男が起き上がる前に銃を拾って頭を二回撃った。
滲む血の匂い。
息が乱れる。
「やな作業。ちゃっちゃと済ませなきゃ、また寄ってくるわね。」
イライジャが子供たちを背負ってワゴンまで移動していた。
「力持ちなことで。緊急事態なので頼もしい。」
イライジャは死んだ目の子達を見て、決して無責任ではいられなかった。アンリ・マユの伝承が被害者を生む。
「誰が一人残る。みんな子供だ。」
「……あたち。学校に行ったことがあって英語がはなせる。あたち、無事だわ。被害にあってない。むごいことを、見たけど……周りのみんなよりは、逆境に耐えられるはず。」
「アミナ。なら、このお兄さんのそばにいなさい。」
「うん。」
イライジャ、小さな子を見て屈んだ。
「アミナって言うのか。生きられるか?地獄からの脱出だ。」
「あたち……怖いことされる前に死にたいって思った。でも、助けてって祈ったわ。逃げられるなら生きたい。……生きたいよ。」
「お前のヘルプが聞こえて、お前達を見つけられた。」
「あたちを……助けに来てくれた。あなた、村人を殺した。本当の悪人なの?」
「どうかな」
「助ける為に殺したのは、必要悪よ。本当に誰も傷つかない世界は、ないわ。得意不得意だけでも人間には優劣があるの。あたちが生きて、村人が死んだなら、あたちはその分貴方に恩を返してく」
「達観してるな……」
「死って、人を達観させるのかもね。」
ミカエルが合図を鳴らした。
「神父様、アブデルカデルさん!ワゴン出して!!ここでお別れよ!依頼料は口座にね!イライジャ、村から出て!影から帰るわよ!!」
ワゴンが走り出した。
教会の前から村人が、ワラワラと溢れてくる。
ミカエルがバイクでイライジャとベルフェゴールとアミナを回収、なんとか振り切って村を出た。
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