7-〈5〉
バステトは歩きながらタピオカドリンクを飲み終わり、目をつけていたらしき、メンズのブランド店に走って行った。
「来い、アフラ=マズダよ!あの服は良いぞ!!」
オーエンがついて行くが、とても自分が入れる感じでは無い。
シックで……オシャレだ。こんなのは、モデルさんしか着れないだろう。
「僕はいいよ、こういうの……バステトちゃんの服を見に行こう?」
「黙って従うが良い。さぁ、来い!」
バステトに引きづられて、半ば強制的にオーエンは入店。
「いらっしゃいませ。」
「店員よ。あの紫のリボンタイシャツに、あそこの黒レザーのベスト、袴のようなヒラヒラのついた黒いパンツを頼む!サイズはこやつに合わせよ!!ベルトは、ううむ、これが良い!!」
バステトに首根っこを掴まれ、オーエンは差し出された。
「ふぇぇぇ……」
店員、オーエンを見てビビっと来たのか、ガッツポーズ。
「お目が高い!!我がブランドなら彼をモデルのように美しくコーデ出来ます!いいえ、そもそも、元が良いですからね……髪もセットしましょう!!」
あれよあれよという間に、オーエンはモデルのイケメンばりに変身した。
髪はオールバックに整えられ、片耳にロングイヤリングをしている。
鏡を見て一番驚いているのはオーエンだ。
「だ、誰……!?」
バステトはお支払いを済ませ、満足げだ。
「言ったであろう?そなたは原石、磨けば光る!!ふ……妾の目に狂いは無しよ!!!」
店員さんが仲間を引き連れて来た。
「お客様、一枚写真を撮ってよろしいですか?その着こなしとお客様の映えは、当ブランドのサイトの着こなし例に載せたいので。」
「え?は、はい。」
オーエンはモデルのように一枚、撮影。
「ありがとうございましたー!」
店を出て歩き出すと、道行く人が皆オーエンを振り返り見る。
「なんだか、見られてない?」
「ふ。見られておるぞ。」
「……かっこよくなれたのはいいけど、これは恥ずかしいよ……。」
「クフフ。皆が皆、妾の彼氏に夢中だ!良い!大変気分が良いぞ!!」
バステトはレディースの可愛い服のお店に駆け込んだ。
「ゆくぞ、アフラ=マズダよ!此度こそは、妾の番である!!」
オーエンはついて行くが、バステトはもはやお洋服に夢中だ。
「これと!これもよいな!!これも!!」
一体、何着買うのやら。
だけど、バステトの選ぶものはどれもセンスが良いのは、オーエンだってわかる。
大人っぽい席に着ていく、ミントグリーンの細身のロングドレスだとか。
私服はおそらく、とても愛らしい、襟やパフスリーブの……。
オーエンも見てみた。
なんだか、彼女が好きそうなのが、目立たない場所にあるではないか。
ピンクで、白いリボンタイには、リボンで作られた黒い薔薇。ひざ丈のワンピースは、中にパニエが入っており、スカートの裾の黒いフリルがフリフリだ。
「バステトちゃん?これ、どうかな?」
バステトは大歓喜し、急接近してきた。
「なんと健気なヤツめ、選んでくれておったのかー!!妾の為にこれを?嬉しいぞアフラ=マズダ!!妾は今日はこれを着るとしよう!!」
店員さんがコーデをおすすめした。
「こちらのスカートはだいぶ膨らみますので、下にドロワーズは如何でしょう?」
「うむ!アフラ=マズダが選んでくれおったのが、黒とピンクが基調なのよな。黒のドロワーズとする!」
「合わせて、レースタイツかニーハイソックスは如何ですか?」
「ううむ。難しいが、エレガントなデザインを露出で損なう訳にもいくまいよ。合わせるものは、黒いレースタイツとする。靴はピンクを!このドレスに近いピンクが良いぞ!!」
「お待ちを。確か、この商品に合わせた靴があったはず。在庫確認して来ます。アリー!お客様をお着替えさせて差し上げて!」
「はい。試着室へご案内致します。」
オーエンはセンスが無い方だが、割と人が好むものは、わかるのかもしれない。
やがて、在庫を取りに行った店員さんが、靴の箱を持って来て、中身をオーエンに見せた。
「このシリーズは去年の新作の復刻ですのよ。」
ドレスと同じ、先が丸いピンクの、ヒール3cmくらいのハイヒールで、足首に留め具と、足の甲に白いリボンと、リボンの真ん中にリボンで作られた黒い薔薇が。靴自体はてかったりはせず、ワンピースと同じベロア素材だ。
「すごいや……。」
「きっと喜ばれますわ。こちらは歩きやすい低いヒールで、彼氏さんとのデートにも困りません。」
店員が靴を持って行くと、やがてバステトはドレスアップして出て来た。
自信家のバステトなりに、好きな色が似合うかどうかは別問題らしく、なんだかギクシャクと、緊張している。
「な……なかなかのプレッシャーよな……服は愛いが……妾に似合っては、おるのか……?妾はあくまで強そうな美人であって……好きな色を着てみたところで、愛いかどうかは……わからぬものよ……」
不安げなバステトは、まさに百面相というか。
意外な表情もするのだ、と、オーエンは微笑んだ。
「そうかな?バステトちゃんは、可愛いと思うけど。確かに強そうな美人だけど、表情がコロコロしてて、元気な感じだよ。」
バステトは顔を明るくした。
「まことか!??」
「うーん。我が道を行く!て感じだけど、憎めない可愛さがあると思う。ピンクだって、似合うよ。」
バステトは足掻いた。
「くぁ〜ッ!!おのれおのれェ!!この、天然タラシめ〜ッ!!!」
店員さんは微笑ましく見てる。
「良い彼氏さんをお持ちで。美形の方なのにこんなに素直な方は稀。お客様もまた、自信をお持ちください。似合わない色など存在しない、ぐらいには!」
「うむ!妾はどんどん愛いくなってみせようぞ!!良き店員にも恵まれたしな!さぁ、次は髪だな……会計を頼む!」
お会計をすると、次から次へ、ドレスや靴の箱が山積みだ。
「バステトちゃん……荷物は僕が持つけど、この量だよ?お買い物は、続行可能なのかい?」
オーエンが積み重なった箱を抱えながら、バステトが案内した。
「案ずるな!この貸し出しロッカー複数に詰めておけばよい!後から部下に回収させてくれようぞ!」
バステトは無計画では無いようだ。
「どうやら君は、猫の時に、街を知り尽くしてるみたいだ。」
「人間ではMr.ダイヤモンドの縄張りらしいがな。猫では妾の縄張りよ。さぁ、髪を仕上げたいが……」
今度は美容室だ。
バステトはこの時の為に、オーエンにもらった花束の花を半分リュックにさしていたのだ。
髪を編んでもらい、花をさす。最初につけていたダリアも、短めに切ってもらい、耳元にさしなおしてもらった。
仕上がると、バステトはオーエンの前で一回転して見せた。
「どうだ?アフラ=マズダよ。花は最高の髪飾りであろう?」
オーエンは苦笑しながら、拍手した。
ここまで、バステトの一途な思いは伝わってくる。健気で可愛いところもある。
だが、オーエンには答えてあげることは、許されない。
愛する人、今度こそ守らなければならない人。ドナ=ジョーがいる。
でも、自分はミカエルにも気持ちがあって。
確かにバステトは可愛いけれど、ここでバステトにいい顔をするのは、彼女を傷つける末路しか見えなかった。
「どうした?浮かない顔をしているな、アフラ=マズダよ?」
「……僕は、愛する人を、ドナ=ジョーを背負っている。だから、君がどんなに好いてくれていても、僕には……迂闊に君を傷つけたくはないから……」
バステトは告げた。
「よせ。」
「だけど」
「今は。今だけは、妾のことだけを考えていても良かろう?デートのマナーぞ、アフラ=マズダよ。この妾とて、神であり定められた配偶者がある身。自由な恋は、このような時だけぞ。」
確か。
ラーから生まれたバステトは、配偶者もラーだ。
定められたから、こそ。
「……そうだね。」
バステトはにっと笑った。
「解ればよい。そろそろ昼時であろう?妾には、ずっと行きたい店があったのよな。アフラ=マズダよ。妾にランチをおごれ。それで今のはチャラにしてやろう。」
「……えっ?」
バステトが天高く指を掲げた。
「妾の憧れのランチ!それは、アメリカの国民食、ハンバーガーであるッ!!!」
ハンバーガー?
そんなに安い国民食でいいのか。
オーエンはふいに察した。
「もしかして、バステトちゃんは渡米してからずっと、アメリカのハンバーガーを食べた事が無い?」
「猫だったのでな。しかし、エジプトから此処へ来るという計画の頃から、夢見ていたぞ。世界で一番ハンバーガーが大きく、肉厚で、ピクルス乗せ放題だと聞いた。アメリカにいるならば、妾も食べたいではないか!!」
オーエンは、神であるバステトの庶民的な夢に、なんだか微笑ましくなってしまって、笑いながら告げた。
「ふふ。おごるし、なんなら僕のお小遣いでもおかわり出来るよ。」
バステトはオーエンに連れられて、念願のハンバーガー屋へ。
「何になさいますか?」
「僕はハンバーガー。バステトちゃんは?」
バステトはいきなりクールに応答。
「チーズ・バーガー」
何かのモノマネで、店員が伝わったのか、クスクスと笑った。
「いきなり発音良く?」
「アイアンマンだ。一度言ってみたかったのだ。」
二人は出来たてのハンバーガーをのせた皿を持ち、パンを開いてピクルスを山盛り乗せて、空いている席に着いた。
「エジプトにも、ギザにフライドチキン店はあるよね?えーと、スフィンクスとピラミッドがある、ギザ。ナポレオンが、あのスフィンクスを破損させたって?」
「ギザのフライドチキン店もバーガーは豊富だが、アメリカのハンバーガーとは全然違うぞ。それから、スフィンクスというと……ギザだから、ホル・エム・アケトか?というか、ナポレオンは学識ある男で、アレクサンドロスに憧れ、自らもまた、エジプトを愛しておったぞ。ホル・エム・アケトの破損はあやつのせいでは無い、ただの噂よ。」
オーエンは脳内で、ホル・エム・アケト=大スフィンクス、と繋がった。
バステトとオーエンで共通の認識は、ギザの有名スフィンクスだけだが。
バステトはチーズバーガーにかぶりつく。
「うまーい!!!肉汁が溢れピクルスの酸味が味を引き締める!そしてチーズと専用のケチャップがたまらぬな!!」
オーエンもつられてハンバーガーをかじった。
「モグモグ。ちなみにバステトちゃん、ホル・エム・アケトはなんて意味?たぶん、大スフィンクスのことだよね?」
「あむあむ。うむ!大スフィンクスとも呼ばれるな。ホル・エム・アケトは古代エジプト語で、地平線のホルスだ。オシリスの子、ペル・アアのホルス神よ。」
「ホルス神て意味なんだ!ペル・アアは……ファラオ?」
「うむ、ペル・アアは、ファラオと呼ばれる王達だ。まぁ、ホル・エム・アケトなどデカすぎよう。騎乗出来るとしたら、ラムセスのせがれくらいよ。」
「え?騎乗!?大スフィンクスが動くの!?ラムセスのせがれって、あのラムセス2世のことかい!?」
バステトは瞬きし、ハンバーガーをモグモグ食べながら、答えた。
「あむあむ……こんなに喜ばれるとは。本当に何も知らぬ、まっさらな状態だな、アフラ=マズダよ。生まれ変わったのだから無理も無いか……昼飯をしながら、ある程度の知識は教えてやろう。神々の違いや、英雄の魂のことを。はぐはぐ。」
「よろしく頼むよ!」
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