7-〈4〉
オーエン、キット、ヤザンさんは、八時半には家を出て、マイヤーズ邸へ向かった。
執事のアルブレヒトさんが出迎えた。
「ようこそお越しくださいました、オーエン様。そしてお子様、エジプト・メイソン・リーの方。お入りください。」
キットはお屋敷を博物館のように見ている。
「マーズマン、あの彫刻、なに?」
「えーと。古代ローマの始祖、ロムルスが、兄弟で、動物のミルクを飲んでいる彫刻だよ。レプリカかな?」
イライジャとアミナがパジャマのまま階段を降りてきた。
「よ。オーエン。またえらく朝早いな?」
「パン食べてたけど、イライジャがオーエン優先だってゆうのよ。あら。その子だれかちら?」
キットが人見知りしてオーエンの背に隠れた。
「イライジャ、君に頼み事だ。アミナちゃんもね。僕の、弟のような子を、守って欲しくて。僕んちは皆留守だからさ。君のとこは一番安全地帯のはずだよ。この子に関しては……ぶっちゃけ、僕の味方からも守ってほしい。」
「ん。いいよ?安全面は、なんなら影の国からだって、見ててやるよ。でも、俺は子守りってわかんねぇから、遊ぶのはいいけど完璧じゃねぇぜ?責任はアミナやアルブレヒトに任せる。」
「かしこまりました。」
「あたち、アミナ。お友達になりましょ。」
「ありがとうイライジャ……!」
オーエンは屈んで、キットに言い聞かせた。
「キット。自己紹介をしっかりね?あの人はマーズマンの友達の、アーリマン。僕らは善と悪のバディで、アーリマンはめちゃめちゃ強いんだ。いざと言う時、ここは我が家よりも安全だからね?」
キットは頷き、イライジャやアルブレヒトさんやアミナに向かって、抱きかかえたぬいぐるみごと、頭を下げた。
「僕、キット。アーリマン、執事のひと、アミナ、よろしく。」
「よく出来たね。イライジャ、僕、今日の用事が終わり次第、キットを迎えに来るから。相手が相手だから、夜までかかるかもしれないし……」
イライジャはニヤニヤしながら請け負った。
「任せろって。要は、食って遊んでしてりゃいいんだろ?来いよキット。」
「ありがとう、イライジャ!キット!仲良くね!」
キットは健気に手を振った。
「行ってらっしゃい、マーズマン。」
だいたい、九時頃だろうか。
マイヤーズ邸を出て、オーエンはボヤいた。
「早すぎたかな……もっと、イライジャに説明が必要だと思ってたんだけど。」
ヤザンさんも頷いた。
「わたしもそう思いました。ですが、マーズマンの友達のアーリマンと聞くなり、キット君は安心した様子でしたね。」
「うん。でも、時間が余っちゃったかな。」
ヤザンさんは時計を確認した。
オーエンは気づいた。
ヤザンさんの手の甲には、タトゥーがある。
目の形のタトゥーだ。
「ヤザンさん、そのタトゥーは?オシリスの目、かな?」
「あ、あぁ。はい。これはエジプトの植物性のタトゥーで、そのうち消えるもの。我々はエジプト・メイソン・リー、太陽神ラーと生きる者。ラーの身元で死後も生きる、潔白な魂たらんとします。オシリスの目は、わたしにとって死を恐れない覚悟ということです。」
「オシリスは、死者の国の神か……ヤザンさんのトレードマークだね。」
「まぁ……はい。時間ですが、余ったようなら、花をお選びになると、よろしいかと。過度な薔薇や百合は、神が舞い上がり過ぎてしまうので、お控え下さった方がよろしいですが、元々神同士の同盟話です。花を持参するのは、礼儀にも叶うかと思われますよ。」
オーエンは頷いた。
「なら、時間はちょうどいいかも。ありがとうヤザンさん。花屋さん……この辺りは小さい花屋さんしかないから、繁華街に行こうか。」
繁華街まで歩いて行き、オーエンとヤザンさんは大きな花屋さんに入った。
「神様は好きな花の品種って、あるんですか?」
「品種には特別こだわらないと思われますよ。鬼灯のように、花とは認識出来ないもの以外は大丈夫です。」
「国際的な花の違いも?」
「ええ。むしろ、喜ばれます。」
エジプト神。
アフリカ。
暑い国。
暖かいからハイビスカス、は、なんだか安易だ。
暖かいからこそ、別の地域の花が好まれるかもしれないし。
「……好きな色ってある?」
「神は、真剣な時はブラックしか着ませんが……好まれている様子の色は、ピンクです。」
ピンク……。
ある程度うろついて、オーエンは意を決して店員さんへ。
「そこの、ピンクのラナンキュラスを添えて、ピンクのダリアとピンクのガーベラを主役に、花束をいただけますか?」
「カスミ草も追加しますと、いっそう主役が引き立ちますが。」
「カスミ草もお願いします。」
店員さんが手際良く生花の茎を切っていき、綺麗なピンクのペーパーで巻いて、ピンクのリボンで縛ってくれた。
オーエンはお支払いし、ヤザンさんが慌てて代金以上のお金をオーエンに握らせた。
「我々の神のことです。アフラ=マズダ様はまだハイスクール学生で、花束は高すぎます。我々に出させてください!」
「親切に、ありがとう。でも、お釣りは返します。こんなにかかってないし……」
エジプト・メイソン・リーのロッジへ。
表向きの薬局を素通りし、路地裏の石畳のタイルをヤザンさんが順番に踏むと、隠しドアが開いた。
各自の研究室のドアが並ぶ廊下を進む。
奥の間ではカンカンに怒った女性の声がする。
「神よ、どうかこちらを。」
「ダサい!ダサい!!ダサーい!!!」
「裸でアフラ=マズダ様には、拝謁できませんよ!」
「くどいわッ!!この妾をダサい身なりにさせるつもりか!?万死に値するぞ、愚民め!!!」
「ちょっちょ!殺さないでください!!そうだ、アフラ=マズダ様とお好ましい衣服を買うチャンスですよ!!デートに付き物、ショッピング!!!」
「……ほぅ?命拾いしたな。二度目は無いぞ?」
「はっ!」
オーエンは花束を抱えたまま、隠し布の向こうを察した。
神は、女の人だったんだ。
バステトは……考えたら、女神だ。
しかも、ヤザンさんの言ってた、我儘ってこういうこと?
布が開くと、メンズのパーカーとジーンズを着た、黒髪の美しい、褐色肌の女の子が現れた。
アフリカ系?
いや。アフリカ神だから、純アフリカ人だ。
キツめの美人という感じで、部下達に命じた。
「黄金をこれへ!」
エジプト・メイソン・リーの人達は、金塊の山を捧げた。
「はいっ!こちらはカリオストロが精製致しました!!」
「ふむ。軍資金にはなろう。妾の鞄に詰めておけ。……あっ!?」
神様は途端に気づいた。
オーエンと目が合ったのだ。
急に可愛こぶりっ子する神様、急接近。
「なんと、アフラ=マズダではないか〜♡来ておったのかぁ♡五分も早く来るとは……妾、高ぶってしまうぞ?」
オーエンはびっくりした。
神様に可愛こぶりっ子されたことは無いし、普通の女の子だってオーエンのような勉強オタクに可愛こぶりっ子なんかしない。
「ええ……と?わらわ、ちゃん?初めましてじゃないよね……改めて、これを、君に。」
オーエンが花束を渡すと、神様は大歓喜。
「おお!可愛いぞ!!ピンクの花々ではないか!!この花も、この添え花も、どれも美しい!ヤザン!妾の髪にこれを一輪、さすがよい!!」
「かしこまりました。」
ヤザンさんが神様の耳元辺りに、ピンクのダリアをさした。
神様は手鏡でチェックしてから、オーエンに振り向いた。
「どうだ?アフラ=マズダよ。妾は愛いか?」
こんなに喜ばれるとは思わなくて、オーエンも少し嬉しくなる。
「とても似合ってるよ。わらわちゃん……でも、きっと君は、わらわちゃんじゃないよね。神様のお名前は?」
神様はにっこりし、名乗った。
「心して聴くが良い。妾はバステトである!ラーの目から生まれた報復の女神だ。まぁ、セクメトから生まれた同一存在のようなものだがな。ブバスティスにかつての神殿を持つぞ。あぁ、今では……テル・バスタとか、呼ばれておるのか。妾としては、呼び方はわらわちゃんでも構わぬぞ。知らぬ仲で無し。花々は大事に使わせてもらうぞ。半分は持って行って、半分は今宵の入浴で浴槽に浮かべよう。妾も良い香りとなろうよ。」
「クレオパトラみたいだね、お風呂の入り方が。花粉症には気をつけてね。えーと、バステト……」
バステトがしょんぼりし、オーエンは改めて呼び直した。
「バステト、ちゃん?その、神の同盟を果たしに来たんだけれど……そのブバスティスや、古代エジプトの話も、とても興味深いというか……。」
バステトはちっちっち、と指を振った。
「急くなよアフラ=マズダ?まずは妾をエスコートせい!妾はラーの代理人だが、同盟の条件こそは、この妾とのデートであるッ!!」
オーエンは瞬きした。
何が彼女をそんなに食いつかせるのか、ただただわからないのだ。
「……デート?……僕みたいな地味な奴と?それ、面白いかい?」
バステトはすかさず可愛い角度になった。
「軍資金は妾が持つから心配いらぬぞ。別にエスコートに失敗しても、妾のナワバリは妾が最も熟知しておる。案ずることはない、アフラ=マズダよ。そなたは宝玉の原石のようなものだ。妾が存分に磨いてやろう。その分、古代エジプトの話はしてやるぞ。どうだ?」
オーエンは考えて、頼み込む。
「……充分譲ってもらっているのに、悪いんだけれど、更にお願いがある。僕はとても未熟な神だ。出来たら、善の解放も教えてもらえたら。」
「よい。導きはしてやろう。ただし、妾はラーの声を聞くのみよ。妾自身は悪特攻の攻撃タイプ故な。」
オーエンは尋ねた。
「ラー神は何処に?」
「ラーは太陽の登る場所ならば、どこでも。安心せい、今はラーの加護で悪魔共は外には出られぬ。日中に被害者は出るまいよ。さぁ、ゆくぞアフラ=マズダよ!まずは妾のダサい服装を着替えねばならぬ!愛い服の店へ、エスコートせよ!!」
オーエンは貴金属買取専門店の前で待っていた。
やがて、バステトはリュックから溢れんばかりの現金と、カードを持って出て来た。
「ふふーん。待たせたか?アフラ=マズダ。」
「バステトちゃん!?現金は、危ないよ!」
「これ以上はカードに入らぬと言われてな……もっと閉めた方が良いか?ともあれ、軍資金はこれでこと足りるぞ!今ではカードに大枚が収められる、便利な世の中になったものよな。」
「狙われるから、リュックは危ないって……強盗だっているんだ。せめて、僕が持つよ。」
バステトはご機嫌だ。
「ほぅ?よいぞ♡荷物運びを手伝うのは実に紳士的だな?さぁ、次は愛い服の店へ、案内せい!!」
オーエンは悩んだ。
いつも自分が行くような、ディスカウントストアという訳にはいかない。
繁華街ならば。
立ち並ぶブティックがあるはずだ。
「なら、繁華街を目指そうか?」
「うむ!妾の手を引け、許す!!」
二人で歩いていると、バステトがスンスンと匂いを嗅ぎつけた。
「甘いものがあるな……」
オーエンは気づいた。
タピオカドリンクの屋台がある。
「タピオカドリンクだ。買ってくかい?」
「どういうものだ?」
「ええと。モチモチとしたボール状のタピオカがいくらか入っていて、甘い飲み物と一緒にストローで飲むんだよ。」
「モチ!?妾は餅に目がない、そのタピオカとやらも旨かろう!!バリエはどうだ?」
「えっと、ココナッツミルクタピオカ、パンナミルクティータピオカ、パンナココアチョコレートタピオカ……」
「パンナか!イタリアのホイップだな?妾はパンナココアチョコレートタピオカにするぞ!!!」
店主さんがバステトに尋ねた。
「うちの屋台は初めてかい?元気で美人なお嬢さん。トッピングはカラフルチョコレート?アーモンドチップ?美味しく飲みながら、もっと君に相応しい可愛い服でも買ってもらいなよ。そこの、彼氏さんにさ。」
バステト、ご満悦である。
「うむ!愛い服を買いに行く途中だ!気のいい店主よ、悪くない!妾はトッピングはアーモンドチップとしようか!なぁ、彼氏よ?そなたは何がよい?」
オーエンは苦笑いで告げた。
「僕はスタンダードに。ココナッツミルクタピオカにパンナかな。」
「まいどー!」
バステトはストローを吸って、大はしゃぎだ。
「甘い!美味い!あまーい!!モチモチだっ!!!」
オーエンも甘党だが、バステトの感動っぷりを微笑ましく見ていた。
「バステトちゃんは、甘いものデビューかな?ずっと猫だったから、こういうのを知らなかったの?」
「うむ。実はタピオカは初めてでな。妾とてエジプト・メイソン・リーの為に世界を廻る身だ。少しの甘味ならば。甘い餅や、ホイップは経験があるが……妾の役割は人間達の監視である。普段は猫である方が都合が良いのだ。しかし、これがタピオカか……餅の仲間のような……不思議とエネルギーも湧いてくるぞ?これを飲めば年老いたラーも或いは、若返りくらいはするやも、というくらいにはな。」
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