7-〈2〉
「死ぬかと思った……」
オーエンはなんとか帰宅し、玄関でキットを降ろしてあげた。
「マーズマン、ここはどこ?」
「僕の家だ。ラジー!話があるんだ、ラジー!」
ラジーとミカエルは、出てくるなり、事態を察知した。
「ありゃー。」
「オーエンのことだから、いつか連れてきちゃうとは、思ってたんだよねー。君、何歳?服の下の怪我、手当てしたいんだけど、男の人は怖いかい?」
キットは俯いて、真っ青になる。ラジーには返事が出来ない。
ミカエルが屈んだ。
「あたしは?怖い?」
キットは、そもそも酷い母親しか女の人を知らない。
ハラハラと、泣き出してしまう。
「ありゃー……」
オーエンがキットの体験を考え、指示した。
「マーズマンが手当てするからね。ラジーは医療箱貸して。ミカエルは治療魔術だけお願い。近づかないであげて。」
更衣室で、キットを脱がせると、酷いものだった。キットは、服の下の切り傷や火傷が膿んで汁を出し、痛むのに、イマジナリーフレンドのぬいぐるみを抱えていた。接触したら余計痛くなるのに、ぬいぐるみは余程心の支えだったんだろう。
「ガーゼや除菌で治るレベルじゃなくないかな……」
ミカエルがラジーに借りたウサギの被り物をして、キットに近づいた。
「ちょーっと、治療しちゃうからねー。怖かったら、あたしのウサギの耳握ってて。すぐ終わるからねー。」
オーエンは、ついウサギ頭のミカエルを見て吹き出した。
「笑うんじゃないわよ。この子の為でしょうが。」
「ごめん。」
「アスキオン・カタスキオン・リクス・テトラクス・ダムナメネウス・アイシオン……ダムナメネウスに癒しを願う……」
キットは、ずっとミカエルの被り物のウサギの耳を握って怖がっていたが、やがて気づいた。
「いたくない……。」
「うさぎさんは、魔法使いなのよ。治療したからねー。」
ラジーが更衣室をノックした。
「オーエン、受け取ってぇ」
「うん。キット、バスルームに隠れてて。ドア開けるからね。」
ミカエルはキットを連れてバスルームへ。
ラジーはドア越しに、子供服をオーエンに渡した。
「僕とジュリー、なるべく断捨離してたんだけどね。遊園地に行った日のオーエンの服とか、まだまだあんだよねぇ。でも取っといてよかった、あの子の服血で汚れてるから、これ、着せてあげて。」
「えぇ〜恥ずかしいから捨ててよ、ラジー……」
「僕らには思い出の品なの。」
「親バカだよ〜……」
オーエンは恥ずかしいながらも、ドアをしめてキットを呼んだ。
「着替えるよ、キット。マーズマンのお古で悪いけど……」
オーエンの方を向いたキットを見て、ミカエルが慌ててキットを止めた。
「ダメ!貴方、こーいう被害にあってた訳ね。治療と洗浄するよ!おしり洗わないと、病気になっちゃうからね!」
オーエンはキットが耐えるために、治療と洗浄中はずっと手を繋いでいた。
因みに犠牲にしたオーエンの腕は、もうくっついている。
キットはおしりを綺麗に洗ってから、治療を受け終わり、オーエンの幼少期の服を着た。
「一応近々健康診断行くわよ?ウサギさんじゃなくてマーズマンとでも、いいからさ。」
「……うん」
「ご飯だよー!みんな、おいでー!」
ラジーの呼び声で、皆で食卓についた。
「たはー。魔力使ってお腹ぺこぺこよー。」
ミカエルは被り物をはずし、オーエンがボヤいた。
「ウサギ頭もかわいいのに。」
「うっさい。被ってたら、食べらんないでしょーが。」
キットは食卓のご馳走や、エプロンをしたラジーを、観察していた。
「このひと、マーズマンを育てた男の人?ご飯を作ったの?」
「そうだよ、キット。優しい人だよ。」
「マーズマンを、愛してくれるひと……」
ラジーは子供の好きそうなマカロニサラダを皿に分けて、キットの前に置いた。
「僕にはみぃんなが家族。今日から君も、僕んちの子だよ。」
ラジーは片手のパペットで声を切り替えた。
「ぼく、ブタさん!僕も美味しいよ!たはっ!キミ、お名前なんていうのー?」
キットはパペットに答えた。
「ぼく、キットだ。」
「キット、マカロニサラダおいしいよー!」
キットはスプーンでマカロニサラダを漁った。すると、もう喋らなくなった。
夢中でマカロニサラダを食べている。
オーエンが、デリカシーに気をつけながら、説明した。
「キットの家は、お父さんがキットに入れ込んで……お母さんのヤキモチで、キットは毎日出来合いのフライドチキンしか、食べてなかったんだ。」
「なら、しばらくチキンは封印しよっか。」
「オムレツも食べなさい!ミートボール取ろうか?」
キットは、食事の後は、オーエンとシャワーを浴びて、パジャマに着替え、オーエンのベッドに入った。
幸い、オーエンのベッドはダブルベッドだ。何故なら、頻繁にオーエンがベッドから落ちるからである。
「僕はデスクライトで勉強してから、仮眠するね。キット、眠れるかな?」
キットはウサギのぬいぐるみを抱えて、いきなり涙を流した。
「……大丈夫?」
「僕だって、わかってた。マーズマンが助けられない問題だってことくらい。でも、いま、僕は、マーズマンの家の子なんだ……。今まで、死ななくて、良かった。」
「……キット。君は、悪神群に悪を解放された。でも、きっと悪を解放されなくたって、君は戦わなきゃ、あそこからは助からなかったと思う。僕は、ある人に大事なことを教わったんだ。人間に寄り添う正道。君には、確かに善意も悪意もあって、その悪意は強いのかもしれない。けれど、それは君が被害者だからだ。僕は君を切り捨てない。善意と悪意を、両方守るよ。」
キットは、不思議そうに尋ねた。
「マーズマンは、正義の味方なのに。なんで人殺しの僕を助けたの?なんで?僕が、パパへのいやなきもちを、消せないから……人間を守るには、悪意も、守らなくちゃいけないってこと?」
オーエンは微笑んだ。
「それが人間なんだよ、キット。キットの中のいやなきもちを、断罪できる人なんていない。裁くのが例えイエス様であっても、僕は君を守るんだ。辛い時に支え合うことは、人間の正道だよ。」
キットは、目を擦りながら、言った。
「マーズマンの守る範囲って、とても、とてもひろいんだね。人間を丸ごと……そんなの……思わなかった…………」
キットは眠った。
オーエンは、久しぶりに力が漲るようだ。
仲間に反抗したけれど。
一人、助けられた。
さぁ!勉強もかなり押している!
「ヨーロッパ史は得意ジャンル……ほとんど子供の頃に暗記してるけど。逆に知り過ぎて、テストで混同しそうだ。書き込み過ぎ禁止、ハワード先生が認めても、ズルは駄目だ。」
テストの範囲だけは、特定しなくては。
エジプト・メイソン・リーのロッジでは、集会室に、メンバー全員と、カリオストロが頭をひれ伏している。
彼等は、正式な場でしかされない儀式的なやりとりを要いた。
「アレッサンドロ・ディ・カリオストロは唱えた。フリーメイソンの起源はエジプトであると。」
「カリオストロはエジプトで、墓守のみぞ知る道から土の下の王墓に入り、入信式を賜った。」
「かくしてフランスはリヨンに初のロッジは建てられた。我らとて知らぬ真相は、神とカリオストロのみぞ知る。」
「掲げよ、聖なるアンク、神の前にただ頭を垂れよ。」
「ここに、神は遣わされた。ラーの目よ。我らの願いを聴き入れたまえ。創世のラーへと、これらの言葉を届けたまえ。」
それは、一番地位の高い椅子に寝ている、猫に対してであった。
にゃあ、と猫が頭だけ起こした。
「ラーの目よ!悪神群は禁忌を犯し、全力で人間の悪を解放して回っております!もはや、朝も夜も関係無く敵は動き、我等も、アフラ=マズダ様も、日中すら休めません!太陽神ラーの遣わされた、貴方様であれば!日中の規制と、悪の解放への対策の知恵をお持ちのはずです!!」
猫はつーん、と、おすまし顔だ。
カリオストロがボヤいた。
「アフラ=マズダ様も心中ズタボロでしょうねぇ。彼は優しい方です。人一倍傷ついてますよ。人間を救えず、殺すしかない現状ですからねぇ。どなたか、アフラ=マズダ様を善の解放の目覚めに導ける、神が降臨なさったら、よろしいかと思われますが?」
猫はびっくり。耳を立てた。
オーエンが無関係な人間の命でヘラると思っていなかったのか。
猫は、ニャーゴ!!と合図した。
すると、猫の左右の団扇の人達が、白い大布を広げ、猫を隠す。
猫のシルエットは、人間に変貌した。
左右の布の人達は、全裸だった彼女に布を巻き付け、神聖なるお身体をお守りした。
美しい褐色肌の、キツめの美人だ。
「ふむ。アフラ=マズダの為なら、よもや仕方あるまい?妾がここに降臨してくれようぞッ!!不出来な民らに出来ぬとなれば、神が降りるしかあるまいて。妾からラーに伝達す、日中は任せよ。ただし、明日の朝十時、アフラ=マズダを呼んでまいれッ!!」
「え……しかし。アフラ=マズダ様は、学校は?」
カリオストロが告げた。
「ハイスクールは悪魔事件で長々と自宅学習処置でしたので、久しぶりに登校日ですね。勉学では無く楽しいレク、生徒を励ますバスケットボール大会です。昼の三時には終わりますけど。まぁそれでも、近々冬休み前のテストがありますがね。」
「神に学校など関係無かろう?妾が優先であるぅ!!」
ふてくされる神に、エジプト・メイソン・リーは冷や汗だ。
「朝イチで、聞いては参ります!ですが、アフラ=マズダ様が学校をお選びになっても、ご機嫌を損ないませんよう!アフラ=マズダ様の夢は、学者ですから!」
「むぅ、パッとせぬ夢よな……妾が変えてやらねばいかぬ。待っておれよアフラ=マズダ!ミズーリ州一のイケメン神に、妾が磨いてやろう!!ふはははは、ハーッハッハッハ!!!」
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