6-〈22〉
オーエンは、学校では無いが、空港で久しぶりにキング達に顔を見せた。
「……やぁ。」
まだ、無理をして笑っているのが、キング達にはわかる。
「ようやく顔を出したか……。」
遠慮がちなキング、心配げなハリソンに代わり、コリンが明るいフリをして場を和ませた。
「テイラー、ちゃんと勉強してるかー?ハリソンに越されちまうぞー?」
オーエンは遠い目をした。
「まぁね。勉強はしてるよ。今日は、大事な日だからさ……テオドールさんに、アシャの下半身を引き渡す役目があるから。ドイツの人だから、僕が通訳すべきかなって。」
「……そうだな。」
オーエン達の待っていた飛行機が上陸した。
ザシャ=アシャの父、テオドールが降りて来た。
「テオドールさんですか?」
「あぁ、俺だ。英語は出来るが、ドイツ語混じりでな。助太刀を頼むぜ。アンタがザシャとアシャの、善神様か?」
「……僕には、そんな資格、ないです。」
「……アシャとザシャの生前の話を聞かせてくれ。道道にな。」
オーエン達はタクシーで霊安所に向かい、そこでたくさんの遺体の入ったケースが冷凍の棚になっているところから、所員がアシャのケースを引き出して、黒い袋のジッパーを開いた。
「息子さんかどうか、確認してください。」
ザシャ=アシャの下半身を見て、テオドールは悲しげに、膝とふくらはぎの痣で確認した。
「息子で間違いはねぇ。死んだ妻が、ザシャを生む前、他所の火事を見てな。膝とふくらはぎに跡がある。」
テオドールは遺体を引き取り、火葬を選んだ。
火葬所での待ち時間に、オーエンが告げた。
「息子さんは……僕の過ちで死にました。それなのに、肉体と魂を燃やして……僕に力を遺して行った。彼の死は、僕の中では、依然として解決してはいません。」
テオドールは、オーエンの未熟さを容易く見て取った。
だが、深く息子を理解した。
「アンタは、命の重たさを学ぶ機会になったんだ。それで、いいんだよ。命を割り切る野郎などは、善の神だとは思えん。死とは、解決はしねぇまま、歩んでかなけりゃならねぇ問題だ。それにしても馬鹿息子め、魂まで燃やしちまって。祈りも届かなけりゃ、死んだって二度と会えやしねえ。だが……お前は、お前の信じた正義に、散ったんだな。ザシャとアシャよ。お前達は、俺の自慢の息子だよ。」
オーエン達は、テオドールの希望で、ザシャ=アシャの遺灰を缶に詰め、空港の前でテオドールを見送った。
「ここまでで充分だ。あばよ、善の神様よ。」
「アシャを……せめて脚だけでも、故郷で弔ってください。」
「あぁ。任せな。アンタは、この死を背負え。背負ったまま、前に進め。しっかり休んで、考えてから、な。」
オーエン達と別れると、テオドールはしっかり空港内を歩いて行く。
仕事上、都会は慣れていた。
テオドールは、缶に向かって話しかけた。
「都会を知っちまったお前には、退屈だろうがな。脚だけでも、俺が荘園に連れ帰るぞ。」
テオドールが飛行機に入り、シートに座ると、隣に娘さんが座って、ドイツ語で話しかけてきた。
「偉大なアシャのお父さん。お願いがあります。わたしに鎧を作って欲しいの。」
テオドールは察した。息子が度々手紙に書いていた娘さんだと。
「娘さん、アンタ……ドナ=ジョーか。」
ドナ=ジョーは決意の眼差しに、炎が揺らめくかの輝きがあった。
テオドールには、彼女が息子の手紙よりも、遥かに成長し、戦える覚悟を抱いているのが、眼差しから伝わった。
「随分、強くなったらしいな。息子の手紙よりも、だ。」
「はい。わたしは、もっと強くなる。わたしは正義の味方じゃないけど、必ずアシャの仇を打ってみせるわ。例え、誰もがそれを望まないとしても。それが、わたしの正道に必要な道だから。お願い、アシャの偉大なお父さん。わたしに力を貸して欲しい。」
テオドールは深く考え、決断は早かった。決定打は、ドナ=ジョーの首に下がる聖騎士の指輪だ。ザシャとアシャが最優先に選んだのは、この子の道行きの幸せなのだと、即座に理解した。テオドールは、ため息ながらに頷いた。
「アシャとザシャは、アンタの道に救いを望むんだろうがな……それで納得できるんなら、人間は神なんぞ頼らん。俺は、アンタが憎しみを乗り越え、天国に還ることを願うが……人間には、その過程が必要だ。アンタにとっての復讐や、アシャとザシャへの弔いが、そいつなんだろうさ。」
「テオドールさん」
テオドールは腕を組み、頼もしくも、ニヤッと笑った。
「任せな。強靭で真っ黒な鎧を打ってやる。アンタが天に還るまでの過程、俺はアシャに代わり、アンタの悲しみを理解し、アンタの味方になってやるからよ。」
ドナ=ジョーは頭を下げ、告げた。
「ありがとう……わたしは戦う。アジ・ダハーカじゃない。わたし自身が悪神群として、愛するオーエンを、殺すわ。」
オーエンは朝、ラジーと共にキッチンから、ミカエルが起きてくるのを迎えた。
「ふわァァァ。ねみ。」
「おはよう、ミカエル。」
「今日はお仕事はあるのかい?」
ミカエルは寝ぼけ眼で告げた。
「あー……昼間だけで済みそうな依頼があったから、イライジャのとこ行って、影の国から海外で仕事してくるわー。」
オーエンがお手製のキノコのオムレツや、カルボナーラパスタをテーブルに出していく。
ミカエルが目を輝かせた。
「うわ!なにこのご馳走!?なんで?いきなりあたしの好物ばっか出てくるシステムになったわけ?」
ラジーが笑った。
「まぁ、オーエンが学びたいのは、ミシェの好きなたまごの料理だしねー。」
オーエンはツナのサラダを持ち出した。
「僕の好きなツナもだけどね。」
ミカエルはがっついた。
「うんま!!え?ラジーに習うとこんな一気に上手くなんの!?うまっ!!」
オーエンは穏やかに微笑みながら、ミカエルを見ていた。
朝ごはんが終わると、ラジーもミカエルもお仕事へ。
オーエンは自室のベッドで、歴史のハワード先生からの手紙を開いた。
もう、繰り返し読んできた。
この手紙は、オーエンにとってはとても大切なものだ。
親愛なる生徒、そして市民達を背負う者、オーエン・テイラーへ。
君が何の過ちを犯して苦しむのか、わたしは知らない。
決定的な過ちで、やり直しが効かないことなのかもしれない。
だが、決して忘れてはいけない。
君が守ってきた命の数だけ、君の味方がいるのだという事を。
街はほとんどが君を信じ、君を支えるのだという事を。
たくさんの命を背負う君から、こぼれてしまった人達や、君の中に消せない重みがあるのだとしても。
君が選んだ道行きは、厳しく、悲しみを抱えながらも、前へと歩まねばならないのではないのか。
君の悲しみを心配に思うが、君は傷ついて正しい。
過ちに怯まない人間は、市民だって愛しはしないだろう。
どれだけ、心の整理に時間がかかっても、いいのだ。
教師の発言としては、これは失態だが……。
わたしは少なくとも、君の味方だと、伝えたい。
君が皆を背負うならば、わたしだけは君を背負うだろう。
例え君が深い罪を犯して、自ら洞穴に落ちて行こうとも。
わたし達は、君にロープを垂らし、君を引き上げるだろう。
君が助けた命とは、それだけ多く存在し、恩人である君を助けようと、わたし達を突き動かすのだ。
学校で待っている。
君が、悲しみを抱えながら、少しでも、前に進む覚悟が出来たならば。
その時に、会おう。
歴史教師バーソロミュー・ハワードより
親愛をこめて
オーエンは、読み終わってから、大切そうに封筒に手紙を戻し、枕元に置いた。
大切な手紙だ。
内容は、テオドールさんの言葉にも重なった。
先生は、正しい。
不登校は、もう一ヶ月近くになる。
だけど、ハワード先生の手紙が、ずっとオーエンを支えてくれた。
ミカエルやラジーに、顔を出せるようになったし、料理を習うことも出来た。
罪は、消せやしないし、アシャを殺した事実から、目を背けるのは、違うだろう。
アシャの死を抱えながら歩むのだ。
まだ、立ち止まる訳にはいかない。
アシャから継いだ真の正道に、自らを変えなくてはならない。
イライジャも、この試練を乗り越えただろう。
僕にはまだ、守らなくちゃならない人達がいる。
過ちを背負いながら、学びながら、歩まねばならない。
守る為に。
たくさんの市民達や、ミカエルやラジー。
キングやコリンやハリソン。
それに、過ちから殺しかけてしまった、ドナ=ジョー。
アシャが守った彼女を、今度こそ、僕は守らなくちゃならない。
明日は、学校に行こう。
そして、前に進むんだ。
オーエンは真昼から、眠りに入る。
寝不足で、夜は悪夢で眠れていなかった。
しかし、夢の中では、また悪夢で。
ドナ=ジョーがオーエンと戦っていた。アシャの剣を振るい、断罪を叫びながら、ドナ=ジョーはオーエンを追い詰める。
魘される。毎日の悪夢だ。
オーエンは抵抗して、その軽はずみな一撃が、ドナ=ジョーを血塗れにしてしまうのだ。
オーエンは自身の力に恐怖し、立ちすくむ。
ドナ=ジョーが、苦しげに叫ぶ。
「この、裏切り者ッ!!!人殺しッ!!!」
オーエンは汗だくになって痙攣し、目を覚ました。
起き上がり、自身の手を確認する。
血はついていない。
だが、この手は確かにアシャを殺したのだ。
オーエンは、自問自答のように、ドナ=ジョーへと語りかけた。
「ドナ=ジョー。僕は、君の……敵……?」
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




