6-〈20〉
アシャの前には、ジャヒーが念の為に配備した女悪魔、パリカー達が大勢でアシャを阻み、各自の能力でアシャ一人を攻撃して行く。
何百の敵であろうとも。
どんなに血飛沫が上がろうとも。
アシャは怯まず、斬りかかって行く。
「うおおおおぉぉぉお!!!」
アシャは使命感と、悲しみに、気がはやった。
ドナ=ジョーを匿い、人間に寄り添う正義を学んだ日々が、脳裏に甦る。
その、悲しい人間であるドナ=ジョーに、兄のセオドアが決着をつけるべく、立ち向かい。
ドナ=ジョーだって抵抗するだろう。彼女はオーエンに会いたい一心で、生き残りたいだろう。
「そこを、どけ!!パリカー達よ!!!」
アシャは次々と何百ものパリカー達を斬り捨て、火柱を上げ、徐々に自分の傷が深くなっても、突き進むことを辞めない。
炎がアシャを焼き、突風がアシャを斬り裂いても。
父テオドールの鎧が、アシャを致命傷から守ってくれる。
父の剣が、アシャの手で正義を成し遂げる。
約束には、最後まで責任が伴う。
父は教えてくれた。
人を守って背負うという誓いは、途中で破棄出来る程、生易しい責任では無い。
命は重く、軽々と拾う事はならない。
拾うのは、最後まで責任を持てる数のみ。
一人を助けられない奴が、どうして大勢を助けるなどと言えようか。
ドナ=ジョーを助ける。
いまは、それだけが正道。
他を振り向く余裕は無いし、アシャにはそれ以上は背負えないのかもしれない。
だが、構ってられるものか。
走れ!!
斬れ!!
頼む!!
間に合ってくれ!!
ドナ=ジョーはもう既に、何度身体が弾け飛んだかしれない。
セオドアの覚悟は、それだけ本気でドナ=ジョーを殺しにかかったし、ドナ=ジョーの覚悟もまた、ここで殺される訳にはいかなかった。
ロケットランチャーももうじき弾が尽きる。
ドナ=ジョーもまた、再生能力の限界値を超えていた。
三頭竜を駆使し、弓に矢をつがえるドナ=ジョーに、セオドアがリロードしながら告げた。
「次が俺とお前の最後だ。ドナ。どっちが勝っても俺達はお別れ。別れの挨拶、いいや。お互い、遺言を済ませようぜ。」
ドナ=ジョーは矢を引く腕が、完全にはくっついてはいなく、チュチュを引き裂いて腕にキツく縛りつけ、矢を引く腕を固定した。
「いいわ。セオドアから。」
セオドアもまた、体力の限界でロケットランチャーの照準がブレながら、ターゲットを合わせ直す。
「悪い兄貴ですまなかったな。お前を守り続けてりゃあよかったんだ。クソの親父に同情をこい求めるお袋、クソの末双子が死んだことは、どうだっていい。唯一マトモだったお前が、手を汚しちまった。そうなるまで、お前が死ぬまで、家族から逃げた俺が悪かったんだ。俺が先にあいつらを殺すべきだった。ドナ。俺が死んだら、嘘をつけ。知らないフリをして、オーエンに守ってもらえ。兄貴からの最期の命令だ、守れよ?」
ドナ=ジョーは涙が溢れた。
変わらない兄。愛するセオドア。
泣きながらも、矢の照準を合わせる。
「わたしからも、お願い。わたしがセオドアに勝てなくて、ここで死んだら……アシャには、優しい嘘をついてほしい。わたしは天に還ったって……。そして、オーエンには……思いつかない。生きたいよ、セオドア!オーエンに、会いたいよ!!」
ドナ=ジョーのぐしゃぐしゃの泣き顔を見て、セオドアは、それでもいい、と思った。
セオドアがリロードしたのは、空の弾倉だ。
「なら、俺を越えていきな、ドナよ。」
「セオドア……勝ってみせる!わたしは生きて、貴方を乗り越えるッ!!」
そこに、アシャが駆けつけた。
「やめろ!!やめるんだドナ=ジョー!!」
ドナ=ジョーは躊躇った。
「アシャ?」
ヴィンテージ・ドミニオンズの車も続々とやってきて、車を降りたセオドアの仲間たちが、セオドアをぶん殴った。
「馬鹿!!何が決着なの!妹殺しだか、自殺だかだなんて、聞いてない!!」
セオドアは血反吐を吐き捨てて怒鳴った。
「邪魔すんじゃねぇ。俺達兄妹の問題だ。」
車から降りたダイヤモンド・クルセイダースは、ドナ=ジョーを見て戸惑った。
泣きながら、戦っている。
だが、ふらついていても決して怯まない。
以前のか弱いドナ=ジョーには、考えられなかったことだ。
真面目で、引っ込み思案で。
ダイヤモンド・クルセイダースは、理解した。ドナ=ジョーは悪の解放を既に乗り越え、成長し、理性を持って戦ったのだと。
「ドナ=ジョー……!」
キングは支えてやりたかったが、自分が行っては、ドナ=ジョーが警戒するだろう。
アシャがドナ=ジョーからセオドアを庇って立ち塞がる。
「落ち着くんだ。ドナ=ジョー。助けに来たぞ。もう、殺し合わなくても、いいんだよ。」
ドナ=ジョーは、セオドアを怖がって、三頭竜の弓矢を構えたまま、泣いている。
「アシャ……!そこをどいて。わたし、セオドアに勝たなきゃ、殺される。」
アシャは、優しく告げた。
「大丈夫だ。君はもう、乗り越えているよ。君の兄からは、もう、危険シグナルが探知されていない。あれは空砲だ。構えなくて、いいんだよ。」
ドナ=ジョーは、真っ暗闇だった雲間から、日が差して来たかのように、みるみるうちに敵意を無くした。
「セオドア……?」
しかし、まだドナ=ジョーが弓矢を構えている時だ。
建物の屋根から跳躍して来たオーエンが、走りざまアシャの背中の剣を引き抜いて、ドナ=ジョーに振りかぶる。
街を、守らなければ。
この想いを、犠牲にしても。
「ドナ=ジョーの最後の家族は、殺させはしない……!!僕が君と、決着をつけるッ!!!」
ドナ=ジョーは目を見張る。
「オーエン!!?」
オーエンは剣を振りきる。
「うぉぉぉぉぉッ!!!」
アシャが飛び出した。
「いけないッ!!!」
オーエンには、それがスローモーションのように見えた。
アシャが飛び出した。
それは、わかっているのに。
渾身の斬撃は、もう止められはしなくて。
オーエンの剣がアシャを襲った。
アシャは斬り裂かれ、胴体と下半身が切断された。
胴体が落ちて、下半身が飛んで行く。
胴体と下半身の継ぎ目だった部位から、直腸が飛び出す。
アシャが石畳に落下すると、直腸と血が石畳に弧を描いた。
オーエンは息を飲み込み、呆然として、アシャの剣をガラリと石畳に落とした。
セオドアも、走り屋達も、キング達、ダイヤモンド・クルセイダースも。
場が凍りついた。
動いているのは、ドナ=ジョーだけだ。
ドナ=ジョーはアシャの胴体を抱き上げた。
「アシャ!!嘘でしょ!!アシャァッ!!!」
オーエンは後ずさる。
自身の罪を否定するかのように、無意識に首を振る。
ドナ=ジョーは、そんなオーエンを見て、涙ながらに叫んだ。
「どうしてアシャを斬ったのよ!!?オーエン、わたしは命を投げても、貴方を守ったのに!!愛しているのにッ!!!貴方は、仇で返したわ!!この、裏切り者ッ!!人殺しッ!!!」
オーエンは後ずさりながら、否定出来ずに、真っ青になった。
早とちりだったのだ。
ドナ=ジョーにはまだ善性がある。アシャの犠牲に泣きながら、嘆きを叫んでいる。
ドナ=ジョーはアシャの剣を拾い上げ、アシャの胴体を担いで、歩き出した。
「死なせないわ……わたしが助ける!帰ろう、アシャ。生きて、偉大なお父さんに、顔を見せるのよ……ね?」
「……ドナ=ジョー……」
ドナ=ジョーの歩みは決して速くは無かったが、凍りついた面々は、誰1人として動けなかった。
「頑張って。治ったら、またロブスターロールを食べるのよ。わたしが、助けるからね。」
ドナ=ジョーはなるべくの近道を通って、遠いアシャのアパートに帰ってきた。
「ほら、アシャ。ついたわ。治療しましょうね。きっと治してあげるから。ね?」
アジ・ダハーカが悲しげに、ドナ=ジョーを見ていた。
(ドナ……アシャは、もう……)
「やめて。治るわ。じゃなきゃこんなの、許さない……!!力を貸して、傷を塞ぐわ。」
アジ・ダハーカの力でいくら治癒しても。
アシャはもう、直腸が切断されている。
アシャは、息も絶え絶えに、告げた。
「ドナ=ジョー……彼を、憎まないでくれ……」
「アシャ!!無理よ、アシャが死んだら許さない!!生きて、アシャ……お願いよ……!!」
ドナ=ジョーは涙をこぼし、腕で拭った。
「わたしが泣いちゃ、ダメだ。アシャが一番苦しい時に。笑わなくちゃ……」
アシャの死の間際に、ドナ=ジョーは笑顔であろうとした。
アシャは、ドナ=ジョーの顔を、撫でた。手のひらの跡に、血が張りついていく。
「泣いても、いいんだよ。父さんが言っていた。女の子は、泣いて泣いて、強くなるんだ。ドナ=ジョー……俺がいないこの先は、君が自身と戦うんだ。これを、君に託す。」
アシャが首からネックレスを外し、ドナの首にかけた。ネックレスチェーンには、指輪がぶら下がっている。アシャが正道であり続ける為の、父からのお守り。聖騎士の指輪だ。
「わたしはアシャが死ぬきっかけだわ。これを受け取る資格なんか、わたしには無い。」
「なればこそなのだ、ドナ=ジョー……これは、聖騎士の指輪だ。君の己との戦いに、きっと力を貸してくれるだろう。この指輪には、聖なる火が内包されているから、悪魔には触れない。君の……いつかの君の、己への勝利の為に……これを君に託す。」
ドナ=ジョーは泣きながら首を振った。
「アシャ!わたし……嫌よ!まるで、形見みたいじゃない、こんなの!!」
「逃げろ……ドナ=ジョー。君は、生き延びるんだ。」
「わたし」
離れようとしないドナ=ジョーに、アシャは、告げた。
「ドナ=ジョー……これは、俺からの最期の頼み事だ。生きて、逃げなさい。」
ドナ=ジョーは、その意思を汲んで、立ち上がった。
「……わかった。生きる。生きて、わたしが戦う。わたしの手で、アシャの仇を打ってみせる……!自分自身との戦いのことは、その後よ。今は、わたし自身が、真の悪神群なのだから。」
ドナ=ジョーは歩いて行き、影の国のゲートの中へと消えて行った。
アシャは、彼女を見送り、囁いた。
「これで、いい。これで、心置きなく、俺は死ねる。さようなら、俺の唯一背負ってきたひと。さらば、俺の、正道よ……!」
アシャは、自身の肉体を焼き始める。
余りにも激しい、烈火の炎は、アシャの血肉と魂を燃やす。善神に授かった聖なる火を、彼に返上する為に。
「アフラ=マズダ様!貴方様に授かった聖なる火と、この魂を、お返し致し申し上げる!!」
アシャの正義の魂を燃やし、その肉体を燃やす。
どれ程の激痛であろうか。
それでも、アシャは正道を叫ぶのだ。
「善神様に栄光あれ!そして、ドナ=ジョーに貴方様の慈悲があらんことを!!俺の全ての力を、アフラ=マズダ様、貴方様に委ねます!!どうか、貴方が……正道の神たらんことを……!!!うぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」
あぁ。
大好きな、イルゼよ。
俺は、正義の人に、なれたかな……?
アシャは、燃えて、消えていった。
自身の全ての力を、魂さえも、聖なる火に変えて、炎のエネルギーだけを残して。
彼の存在は、消滅したのだ。
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