6-〈19〉
アシャの聖なる火柱が上がり、オーエンの聖なる火の加勢もあり、オーエン達は優勢と言って良いだろう。
だが、確実に疲弊していた。
ジャヒーの方は余裕がある。影の国のゲートから地獄の猛獣を幾らでも出してくるが、本人はろくに動いてすらいないのだ。
ミカエルは魔力探知に専念していた。
エジプト・メイソン・リーも、ハリソンとコリンも、ローレンスパッパも、ヴィンテージ・ドミニオンズも。
皆が疲弊している。
まだまだタフなのはキングぐらいだ。
それでも、暗示軍団は幾らでも追加されて、補充されている。
ミカエルが特に気になったのは、アエーシュマが参加していない事実だ。
ミカエルは既に赤珊瑚を四隅に敷き、皮に書いた逆三角の魔法陣を敷いて、守護結界を張っていた。
「オーエン!アシャ!下がって話を聞いて!一時しのぎの結界魔術は出来てるから!」
「ミカエル?」
オーエンとアシャは後退し、ミカエルの元に集った。
「どうにも、おかしいわ……悪神群の中でも、意見が二分されているってことはさ。この戦い自体が、時間稼ぎかもしれないわよ。」
「……どういうこと?」
ミカエルは一点一点を話した。
「まず、戦いに敬意を払うアエーシュマが、乗り気じゃない。ジャヒー側は、無限に増援が出てくる。こっちは疲弊してくだけ。つまり、陽動かもしれないでしょ。本命は別に進めているとしたら?」
「なんだって……!?」
聞いていたのか、ジャヒーが笑い出した。
「アッハッハッハッハッ!お利口さんね、お嬢ちゃん?でも、今更気づいたところで、抜け出せやしないわよ。アンタ達は実際にこの現場だけで手一杯。何が出来るっての?」
ジャヒーが床に鞭を打つと、地獄の猛獣達は一時しのぎの結界魔術を破壊して、襲いかかった。
「ミカエル!下がって!!」
伸びてきた棒が、地獄の猛獣達を足払いした。
「させねぇーよ!!」
空から飛んで来たのは、善神群ウォフ・マナフが依代とした、孫悟空だ。
空を飛ぶ金斗雲には玄奘も乗っている。
金斗雲から飛び降りた悟空は、如意棒を使った棒術で、地獄の猛獣を片っ端からなぎ倒す。
「なに!?こいつ、おかしいわ!」
ジャヒーが怯んだ。
「よぉ!オーエン!!久しぶりの合流だな!!俺ァつえーぞ!!善神群最強のアシャ・ワヒシュタを食い止めたぐれーにはな!!」
「悟空!!」
「ウォフ・マナフか!!」
アシャは心強くなり、自身も負けずに、地獄の猛獣に剣を振るった。
戦っていたエジプト・メイソン・リーやハリソン達も、悟空の大声を聞きつけた。
「なんだ?あの柄の悪そうな、マッスルゴリラみたいな奴。」
コリンに対しカリオストロが告げた。
「ゴリラみたいな奴ではありませんよ。服を着ていますが、生態的には、人間に似た猿です。ですが類人猿でも無い。血肉を持った、妖精……ですかね?」
ジャヒーもまた、見抜いた。
「なに?アンタ……ゴリラだわ。なんでエテ公の肉体に、善神群が?」
悟空はかっこつけ所に気づいて、決めポーズを取った。
「ウォフ・マナフ宿りし斉天大聖、孫悟空、見参ッ!!!」
ハリソンが歓声を上げた。
「斉天大聖かよーッ!!西遊記じゃねーか!!かっけぇーッ!!!」
金斗雲に乗っていた玄奘が、背後から悟空の背中を容赦なく拳銃で撃った。
「いてっ!!」
痛いで済む程、悟空は屈強な肉体だ。
「おやめなさい、駄ゴリラ。現状は、それどころではありませんよ。」
「おいっ!!玄奘!!無闇に発砲すんじゃねーよ!!」
オーエンが二人に久しぶりに再会して表情を明るくした。
「玄奘さん!二人とも、来てくれたんですか!」
悟空が振り向いた。
「こんなとこで戦ってる場合じゃねーぜ。この女、部下を使って悪を解放して回ってやがる。悪を解放された連中は、暗示にかけられるよりタチが悪い。俺と玄奘はそっちを回ってんだ!」
アシャが息を飲んだ。
「待て、ウォフ・マナフよ!悪を解放された人間が、他にもいるのか!?」
悟空は新たに沸いた地獄の猛獣を叩きのめしながら、言った。
「こちとら、馬鹿なもんでな!俺にゃわかんねーがよ!大体が悪を解放されたら、家庭内殺人に至るんだぜ!身近な人間が犠牲になって、周りからはわからねぇ!ニュースでも見な!家庭内殺人多発、模倣犯かって騒いでんぜ!暗示軍団は陽動で、悪の解放が本命だろ!暗示と違ってありゃあ、人間の意思で殺害してんだからな!!」
「人間の意思で、殺害……?」
不安にかられたオーエンが、尋ねた。
「玄奘さん。悪の解放は、善の解放で戻せる?皆、助けられるんですよね?」
玄奘はオーエンを思い、優しい彼には残酷だが、事実を教える為に、首を振った。
「オーエン・テイラー。彼らは、全てが助けられる範疇では、ありませんよ。助かる例はごく一部。例え善を解放しても、罪は消せません。そして、被害が子供にまで到ると、もう善など効きはしない。不遇な環境にいた者程、規則の無い悪の自由に晒されたら、狂気に到るのです。自らの意思で殺人を犯す者らは、被害が拡大する前に、我々が生を殺め、御仏の元に送り出すことでしか、止めることも報いることも出来ません。わたしもまた、お釈迦様の伝道者でありながら、救う為に人を殺めています。そして、アシャ・ワヒシュタよ。貴方の匿っている少女もまた、同じ運命なのですよ。」
アシャは内心でグツグツと怒りが煮えたぎる。
この男は、聖者でありながら、不遇にあった人間の心に寄り添う事無く。
ただ、正義を語って、殺したというのか。
アシャは玄奘に剣をかざし、否定して叫んだ。
「違う!!彼女には良心も後悔も、残されている!!あなた方の行いは、人間に寄り添う正義では無い!貴方はどんな聖者か知らないが、善を優先し過ぎて残忍になってはいないか?正義だけでは、善も悪も孕む人間は守れない!!」
オーエンには、アシャの言葉は届かなかった。
ドナ=ジョーの意思での殺人への、ショックが大き過ぎた。
「ドナ=ジョー自身が……家族を、殺した?」
セオドアさんから、聞いてはいた。
ドナ=ジョーは不遇の環境にいて。
悪の解放は、助からないのか?
愛する人。
1番、助けたい人。
だけど、オーエンが、自身の愛を犠牲にしなければ。
市民の命に関わるだろう。
街のみんなを、守る為に。
自らの愛を、殺す……?
ヴィンテージ・ドミニオンズが叫んだ。
「セオドアが、妹を助けに行ったわ!!兄貴の役目を果たすって!!セオドアはわかっていて、決着をつけに行ったんだわ!!」
「セオドアさんが!?」
アシャが走り抜けた。
真っ先に、ドナ=ジョーとセオドアを助けるべく、跳躍していく。
このままでは、誤解からドナ=ジョーが断罪されてしまう。
守らなくては。
真の正道は、常に人間に寄り添わなくてはならない。
善でも悪でもある、人なればこそ。
真の正義を示さねばならない。
オーエンが後を追おうとしたが、ジャヒーの従える地獄の猛獣に阻まれた。
「キリが無い。セオドアさんが危ないのに……!!」
一方、キング達もアシャの後は追えなかった。
「チッ!幾らぶっ倒しても、次々に暗示にかかりやがる……!!」
その時、キングの影からシルクハットが生えて来た。
「だから、わたしは忠告したと言うのに!」
「!……アエーシュマさんか?悪ぃが話してる暇はねぇぞ!」
アエーシュマはキングの影から飛び出し、一回転して着地した。
「馬鹿な作戦に乗せられたものだ!しかし!この場面はいただけないッ!!キング君を倒すのはこのわたしであり、卑怯な時間稼ぎをわたしは良しとはしていないからだ!!さぁ、仲間達を連れて、ドナ=ジョー君の元に行きなさい、キング君!暗示軍団もジャヒーの猛獣も、わたし一人で充分ッ!!わたしのバリツは一騎当千なのだッ!!」
アエーシュマのバリツに加え、アエーシュマは自慢のオペラで、暗示軍団の暗示を次々と解除していく。
ジャヒーが怒鳴った。
「何やってんのよ、アエーシュマ!!不可侵条約を違反する気!?」
「アエーシュマさんよ……!わかった、行くぜ!アンタになら、任せられっからよ!」
キングはエジプト・メイソン・リーやダイヤモンド・クルセイダースに声を張り上げた。
「アシャを追うぜ!行くぞ、てめぇら!!」
「おうッ!!」
オーエンはミカエルに言った。
「僕らも行こう!」
「先行って!あたしはバイク乗ってく!」
オーエン達が立ち去ると、怒り心頭のジャヒーはアエーシュマに怒鳴った。
「アエーシュマ。アンタ、自分が何をしたかわかってる訳!?この裏切り者ッ!!」
ジャヒーの繰り出す地獄の猛獣を、アエーシュマは軽くいなして、投げ飛ばす。
「ジャヒーよ!アジ・ダハーカにすら礼節もあれば愛もあるッ!!それが、君という女は何かねッ!?悪には悪の作法がある!悪を抱く人間を愛するどころか、君は殺し回るだけの、アジ・ダハーカよりも陳腐な模倣犯ではないか!!」
「なんですって!?あたしはアジ・ダハーカを手本にして、悩める奴らを解放してやったのよ!!」
「ならば何故ドナ=ジョー君をパリカーに狙わせた。君の愚行が無ければ、地獄と天国の共存は不可能では無かったというのにッ!ジャヒーよ、今の君は、悪神群の面汚しだ。醜い、実に汚らわしい!!」
「アンタに、何がわかるのよ!!あたしはアフラ=マズダに顔を焼かれているのよ!!共存ですって?冗談じゃないわ!!どんな手を使ってでも、アフラ=マズダを殺してやるッ!!!」
ジャヒーの地獄の猛獣達は、アエーシュマがバリツで次々倒してゆく。
アエーシュマVSジャヒーの戦いもまた、開始されたのだ。
ダイヤモンド・クルセイダースが走っていると、キングやコリン、ハリソンの元に、ヴィンテージ・ドミニオンズが走って来て、助手席のドアを開けた。
「仲間たち全員は運べないけど、あなた達一人ずつなら運べるわ。乗って!あなた達、ドナの友達なんでしょ?」
「……あぁ!ありがてぇ!乗らせてもらうぜ。」
キング、コリン、ハリソンは各自の愛車の助手席に乗り込んだ。
走り屋の愛車はファミリー向けではないから、シートは二つだけだ。
「善神群は悪のスキャンとか出来るらしいけど、わたし達はセオドアのGPSを追うわよ。」
オーエンは走り込み、妙に敵の邪魔が来ない、とは、感じた。
悪魔の残骸のような灰がのぼっていた。
「先に行った、アシャが倒したのか……?」
正直、足取りは重い。
行きたくない。
だけど。
オーエンが行かなければ、誰が市民を守れる?
愛する人か、大勢の命か。
天秤にかけるまでもなく、承知している。
だが、苦悩はオーエンを蝕んだ。
「ドナ……!!」
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