6-〈16〉
テーブルに、ドナ=ジョーが映る角度でミラーを置いて。
朝ごはんは、ドナ=ジョーのマヨネーズ料理でもとっておきの、サラダ野菜を使ったマヨネーズ和えのロブスターロールだ。
あまりの美味しさに、アシャがデカい声を出す。
「美味いッ!!」
グラスや窓ガラスが、デカい声で振動した。
アシャは夢中でもう一口。
「美味いッ!!!」
ドナ=ジョーが腹を抱えて笑った。
「フッハッハッハッハ」
鏡からアジ・ダハーカが羨ましげに見ている。
「ドナ?わたくしも、いただいて、いいのかしら?」
「ハッハッハ、どうぞどうぞ」
アジ・ダハーカの為に、ドナ=ジョーもロブスターロールを食べた。
「!今までのポテトサラダやタマゴサラダの比じゃないわよ?これがロブスター……美味しいわ、どこの料理?貴方、こんなに優れたレシピを隠し持っていたのね?」
「美味いッッッ!!!」
ついにアシャのデカい声でグラスに亀裂が走った。
「アッハッハッハッハッ」
「ドナ!」
「そうよアジ・ダハーカ、ふふ、これはわたしのとっておきなの。元はカナダの料理なんだけど、美味しくてアメリカにも広まったの。でも、わたしがこれを作るのは、喜ばせたい人にだけ。セオドアがわたしを庇ってくれた時に、夕飯より集会に行きたい兄のお弁当にしたり。近所の幼なじみがサプライズでケーキを焼いてくれたら、お返しに作って渡したり、ね。」
アジ・ダハーカは聞いて、妖艶にではなく、母のような笑顔を見せた。
「好意の表れが、貴方のロブスターロールなのね……招待をありがとう、嬉しいわ。」
「アシャが許可してくれたから、アシャに」
「美味ーーーいッッ!!!!」
「アシャはそれどころじゃないや。ハッハッハッハッハッハ」
ご近所さんのおじさんは、アシャのアパートの部屋からの騒音で、振り向いた。
またしても、テレビの音は聞こえない。
「またか、あの兄さん、しょうがねぇ奴だな。パリオリンピックが全然聞こえねえや。」
おじさんは立ち上がり、苦情を言う為、家を出てアシャのアパートに向かい、近づいて行く。
すると、窓から幸せそうな団欒の声が聞こえてきた。
夢中で食べているアシャ。
笑っているドナ=ジョー。
団欒だ。
おじさんの家には無いもの。
幸せが、そこにはあるのだ。
おじさんは、我慢して引き返した。
「いいやな……。美味いんなら。幸せなんなら。そいつを邪魔してまで、パリオリンピックを観なくても、いいやな。」
自己満足だが、おじさんは人の幸せを優先したのだ。
おじさんの帰り道に、おじさんの影から現れたパリカーは、おじさんの背後からおじさんに入り込んだ。
「……?なんだ?」
おじさんは目まぐるしく記憶がフラッシュバックした。
おじさんは、学生時代を今も悔いている。
勉強をまるでしないまま、中退した事を。
その為、学歴を必要としない、ハードな肉体労働しか、雇っては貰えずに。
妻は、おじさんの仕事の責任に理解が無く、夜遅く帰るおじさんには、夕飯を用意しない。
おじさんは、仕方なくハンバーガー屋通い。
だけど、娘だけは違う。優しい娘は、おじさんの働きが自分達を養う為だという意味をわかっていて、周りのお父さんと違って過酷な仕事のおじさんを労わってくれる。娘は、夜遅くに起きると、健気にも、おじさんに会いに顔を見せてくれた。
「パパ。誕生日にベッドにぬいぐるみを置いてくれたのは、パパね。ありがとう。大事にしてる。」
それだけで。
おじさんは、幸せだった。
娘さえわかっていてくれるならば、おじさんはいくらでも働いて、自分をいくらでも酷使出来る。娘の為ならば、学費や生活費を稼げた。
ある日、会社の健康診断で、糖尿病と内臓疾患が見つかった。
原因は、ハンバーガー。
おじさんは、治療の為に、働けなくなった。
それでも、病気を内緒にして、病院の後に日雇いの工事作業員の仕事をしていた。
しかし、収入は激減。
妻は離婚届を突きつけた。
おじさんの病気を理由に、娘の親権まで奪われてしまった。
おじさんは、裁判の後、妻に連れられ、家から出ていく娘を、車を、走って追いかけた。
「やめろ!!娘だけは、奪わないでくれ!!!」
娘は、泣きながら父親を呼んだ。
「パパーーッ!!!」
車に追いつけるはずも無く。
おじさんには、もう何も無い。
三人暮らしの広いアパート代は、払えず、引っ越したし。
日雇いで稼いだ金は、もう、競馬に使ったりしか、使い道が無い。
金の意義は無いのだから。
病気は治療が続いて、完治すると。
再びハンバーガー屋通いを始めたが、昔のように美味しくは無かった。
活力の素だった、娘はもういない。
「幸せだと?飯が美味いだと?許せなくなってきた……なんて腹立たしい奴らだ。」
おじさんは自宅の壁に飾っていた斧を手に取った。
「あの兄さんは鎧を着て剣を持って外に出る。あいつには勝てない。なら、兄さんが出かけた後に、娘さんを殺そう。俺に辛い気持ちさせやがって……あいつらの幸せ、ぶっ壊してやる。」
オーエン達が登校した頃だ。
オーエンがロッカーにバックパックを入れ、一時間目の教科書やノートを出している時。
急に緊急避難シグナルが鳴り響き、生徒達が動じて騒ぎ出す。
「なんなの!?」
「これって、また街に悪魔が……!?」
職員室から急いで駆けつけた先生達が、生徒達を先導した。
「落ち着いて!」
「今から、近くの教会へ避難する!軍隊もじきに教会の護衛に来る!整列して、着いてきなさい!!」
生徒達は、慌てて先生の元に整列して集まった。
遅れてきたハリソンが、キング、コリン、オーエンに報告した。
「やべぇぞ!!あの色っぽいムチムチ女悪魔のジャヒーが来てて、暗示軍団も暴れてる!もう繁華街が落とされた!!カマンガー兄貴とミカエルちゃんが応戦中だ、俺らも行こうぜキング!!」
「!!」
カリオストロが飛び出した。
「わたくしはお先に!先生方、生徒達を頼みましたよ!!」
「バールサモ先生!!やはり行かれるのか!」
先生達や生徒達はバールサモ先生が悪魔と戦っているのは知っており、声援を送った。
「頑張って、バールサモ先生!!」
「悪魔をやっつけて!!」
「生徒諸君のご期待に添えて見せましょう!では!」
キングとオーエンは目配せし、頷いた。
「行こう!」
「待ちなさい、テイラー!」
歴史のハワード先生がオーエンを止めた。
「何故街に行く?皆と一緒に教会に避難しなさい。君一人で何になるというのだね?」
ハワード先生には、誠意を持って答えるべきだ。
オーエンは、凛々しい顔つきで振り向いた。
「僕が行かなければ、事態は収まらないからです。先生は逃げて。この街は、僕らが守る!」
ハワード先生は、その決意を秘めた眼差しに、歴戦の言葉に、勘づいた。
「テイラー……君は、まさか」
先生はオーエンがマーズマンであることを理解し、オーエンはハワード先生を安心させる為に頷いて肯定した。
「……私が君たちの全責任を負うものとする。私の不注意で君たちははぐれた。行きなさい、テイラー、ジョーンズ。そして、必ず生きて、私の授業に戻ってきなさい。」
オーエンは深く頭を下げた。
「ありがとう、先生……!行きます!!」
キングを筆頭に、オーエン達は走り出した。
「行くぞ!ダイヤモンド・クルセイダース、出陣だ!!」
エジプト・メイソン・リーから電話で知らされたアシャもまた、鎧を着込んで背中に帯剣し、ドナ=ジョーに告げた。
「緊急事態だから俺は行くが……いいかい?危険な時だ。徹夜明けだが、眠らずに。誰が来てもドアは開けずに。自衛に徹するんだ。」
ドナ=ジョーは頷いたが、まだ危険な実感は湧かないのか、恐れてはいない。
「わたしは大丈夫よ。きちんと約束を守るわ。アジ・ダハーカもついてる。それより、アシャ……アシャは、最強格かもしれないけど、優しいから心配だわ。何か嫌な感じがする。絶対に無茶しないで、終わったら元気な顔を見せてほしいの。」
アシャは優しく微笑んだ。
「必ず戻るよ。君を守る使命もあるんだ、俺はまだ死ぬ訳にはいかない。ドナ=ジョーこそ、いざと言う時はアジ・ダハーカに交代して。必ず生きて待っててくれ。」
「うん!!了解よ!気をつけてね、アシャ!」
アシャは頷き、飛び出した。
「アシャ・ワヒシュタ、出陣するッ!!」
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




