6-〈15〉
オーエン達のパトロールで、暗示にかかった数名が、誤射で街灯を割っていた。
夜から朝焼け迄の悪神群の暗示勢力が活発化する時間帯を過ぎると、オーエン達は、仮眠の為に自宅へ帰る。
一方で、街灯の割れた地区の、とある家庭。
家族住まい用の広いアパートは、その階は全て彼らの住まいで、おもちゃの充実した子供部屋から、子供が朝焼けと共に起き出して、親の寝室に行き、母親を起こす。父親はリモートワーク中で、寝室にはいなかった。
「もう朝なの?わたしの可愛い坊や」
子供はヒステリックに怒鳴り出す。
「お腹空いてんだよッ!!早く僕の朝ごはんを作れッ!!僕はオリヴァーんちに早く行って遊びたいんだよッ!!!」
子供は母親を急かしながら、朝からものすごい量のお菓子と朝ごはんを食べた。
仕事部屋では、PCでリモートワークをする父親がいる。重要職員であり、徹夜明けだ。
「貴方?早く坊やをオリヴァー君ちに送ってあげてよ。いつまで仕事してるわけ?家庭が最優先でしょ、家庭が!」
母親が遅いと不満を言いながら呼びに来た。
父親は、振り向いて、うっすらと答えた。
「メドウ。僕は徹夜明けだし、運転は危ない。君の車でヘンリーを送って、オリヴァー君の家へ、先に行っててくれ。」
メドウはブチ切れた。
「冗談じゃないわッ!!わたし一人にだけ負担をかける気!?貴方の子供なのよッ!!分担すべきだわッ!!!デイヴィッド、貴方は仕事ばっかりして、何が父親よッ!!?」
デイヴィッドは涙を流した。
このヒステリー女を愛し、守る為に、背負ってきた。働いてきた。
「君を愛してる。でも、君は生涯僕を理解はしてくれないだろう。」
デイヴィッドはメドウの首を絞める。
「……ッ!!………!!」
メドウの足は宙にぶら下がり、やがて、メドウは抵抗していた腕が力無く下がって、涎を垂らしながら白目を剥いた。
「さよなら。僕の大事な人。」
メドウの絞殺後、子供のヘンリーがズカズカとデイヴィッドの仕事部屋に乗り込んで来た。
ヘンリーはメドウが死んでいても、全く関心を持たず、デイヴィッドに命令した。
「僕を待たせるなッ!!早く、僕をオリヴァーんちに連れて行けッ!!!」
友達の家に早く送れとごねるヘンリーに、デイヴィッドは深いため息をついた。
疲労感がすごかった。
「ヘンリー……パパ仕事なんだよ。ジュースを飲んで待っててくれる?」
ヘンリーは舌打ちし、受け取ったジュースを開けて、中身を全部、デイヴィッドの顔にぶちまけた。
「僕はオリヴァーと、早く遊びたいんだよッ!!」
この子にとって自身は至上、神に等しい。
メドウが死んでいても、この子からしたら、たかが下僕の命など、興味の無いこと。
父親デイヴィッドもそうだ。下僕。
ヘンリーにとって人間は、オリヴァーだけだ。
デイヴィッドは机の引き出しから銃を取り、ヘンリーにヘッドショットした。
ヘンリーは怒った顔のまま床に倒れ、即死。
死後硬直していった。
「ふぅ……父親業だって、怠ったつもりはないのにさぁ……ヘンリー、お前、ずっとずっと、パパとしか遊ばないって言ってた癖に。ヒステリックでワガママなヘンリー。お前が悪いよ。パパを、悩ませるから。」
デイヴィッドは自分の頭をかいた。
「なんで、今日はこんなに解放的なんだ?あぁ……皆が死んだから、もう、働かなくて、良いんだな……。」
銃声で悟空と玄奘が駆けつける。
デイヴィッドは不法侵入者を見ても動じず、コーヒーを飲んで座っていた。
「いらっしゃい。なにか飲む?清々しい気分だ、サービスするよ。」
悟空が死体を眺めて舌打ちする。
「遅かったか……」
そして、悟空はデイヴィッドを指さした。
「玄奘!こいつは戻せんのか?悪を解放されてる。」
玄奘は冷静に答えた。
「いえ。子殺しまで行くと、例え善を解放しても戻れない。」
「……ちっ!」
「せめて。彼の苦しみが、釈迦如来の元、成仏するように……」
玄奘は即座に銃を構え、唱えて発砲した。
「南無阿弥陀仏」
デイヴィッドはヘッドショットされ、倒れ込み、即死した。
アシャがアパートの部屋に帰宅すると、ドナ=ジョーは発音を試して喋りながら、ドイツ語の英語教材本を読み、逆に英語の部分でドイツ語を学び、ノートに対訳を書いていた。
ドナ=ジョーは自分で思っている程、頭が悪くは無かった。
本当に、家庭の負担で、勉強出来る時間が無かっただけだ。
集中力を削ぎたくは無いが、アシャにとってザシャである自分の母国語を学んでくれているのが嬉しくて、アシャは試しにドイツ語で話しかけてみる。
「グーテン モルゲン?ドナ=ジョー。」
「エーベンゾー。おかえり、アシャ。わたし、持ち堪えたわ。二人のおかげね……」
アシャは褒めた。
「勉強は偉いが、夜更かしのし過ぎだぞ。俺の母国語の勉強は、嬉しくはあるけど。持ち堪えたってことは、悪の衝動があって、耐えたのかい?アジ・ダハーカの支配か?」
ドナ=ジョーは首を振った。
「ううん。わたし自身が、悪の衝動があって……アジ・ダハーカは、わたしみたいな悪人を愛してて、悪神群に取り込むとわたしが苦しむから……決定的な過ちを犯さないように、気分転換に付き合ってくれた。ドイツ語を教わってるのよ。」
アシャは驚いて、間を置いて、尋ねた。
「アジ・ダハーカは、君の味方についたのか?」
「うん。あ。いや、全然悪の側なんだけど……彼女は、善も悪もある、人間への愛があるみたいで……悪魔が人間を愛するのは、悪性があるからなんだって。だから、わたしのバッドエンドは望まないみたい。」
「最初は君を殺したのに」
「アシャ、わたしにもよくわからないの。でも、彼女は、アシャが帰ってきたらきっとわたしは持ち直すからって、助けてくれたのは本当だわ。」
アシャはドナ=ジョーが騙されたんじゃないかと警戒し、頼んだ。
「アジ・ダハーカに会って確認したい。なれるかい?」
ドナ=ジョーは頷いた。
「わたしは代わり方わからないんだけど、きっと出てきてはくれる。」
ドナ=ジョーから表情が代わり、淑やかに、大人の顔つきになる。
アシャは剣を構えて厳しく警戒した。
「あら……わたくしをお呼びになったのは、貴方なのに……随分な対応ね、親愛なるアシャ……けれど、貴方らしいわ……ドナを助けたいのね?」
アジ・ダハーカに対し、アシャは冷や汗が背筋を流れる。
凄まじい悪性。僅かに神気すら感じられる。
ただの悪神群では無い、悪神の血筋がある。
あたかも、善神から神の力、聖なる火を託された、自分と同じだ。
「俺のセンサーでは完全にお前は悪だ。今更になって何故手のひらを返した?ドナ=ジョーを騙して利用したいのか?」
「騙す意味がないわ。悪神様は、アフラ=マズダとは戦いはしないのですもの。地獄の到来は、確かに、わたくし達悪神群の生まれた存在意義だけれど。わたくしだって意味が無いなら、わざわざ愛する悪性の持ち主を殺したりはしないわ……。」
「ドナ=ジョーを……愛する……?」
アシャが困惑していると、アジ・ダハーカは丁寧に教えた。
「悪神群は、悪に惹かれるものよ。わたくし達悪にも、憧れや愛は存在するわ。アンリ・マユ様の立派な神気に憧れるジャヒーや、強敵に敬意を払うアエーシュマ。思想が潔白過ぎて囚われてしまったドゥルジや、悪性を楽しんで依代に味方したタローマティ。わたくしは、タローマティに近いかしら……人類は悪を孕む。神々は戒める。だいたいの宗教はそうだわ。だから、わたくしは悪を抱く人を愛しているし、自由にしてあげたいのよ。でも、悪の解放がきっかけで破滅させたい訳では無い。そうね……全ての悪には、ハッピーエンドが望ましいわ。」
アシャは剣を構えたまま、復唱した。
「人類は……悪の、同胞だと……?」
アジ・ダハーカは手を広げた。
「貴方もまた、ただの善神群ではないわ。対等と見なし、人間と融合したからこそ、罪人への情け深さがある。アシャ、貴方の中にも悪はあるの……だから、正義だけでは人間を救えないことを理解している。貴方はドナを支えてくれたわ。わたくしは貴方をも愛している。疑うならば、その聖なる火でわたくしを殺めなさい。けれど、わたくしが死ねばドナは闇に堕ちるでしょう。アシャ、貴方も死ぬ訳にはいかないわ。わたくしや貴方が、ドナの願いに導くまで……オーエンの元に彼女を返すまでは。」
アシャは目を閉じ、全神経を集中させた。
悪だが、偽りは無い。
アシャもまた、偽り無く返した。
「アジ・ダハーカよ。あえて言おう。ドナ=ジョーのハッピーエンドは、天国の到来が前提になる。それが成されたら、ドナ=ジョーと共にあるお前は死ぬだろう。それを承知の上で、彼女を助ける道を選んでは、いるのか?」
アジ・ダハーカの答えは、アシャの予想を遥かに超えた考えだった。
「天国が到来したとして、依代を持つわたくしは死にはしないし、そもそも、ドナは天に帰る資格を持たないわ。クシャスラの送り出した天の使者は、その手を血で穢したのよ。わたくしはアンリ・マユ様の実子、地獄の王太子であり……いまは、王女かしら。だけど、ドナが幸せになる道がある。歴史を辿って真似すればいいわ。わたくしという王女を宿したドナが、オーエンに嫁ぐということは、地獄からの同盟の申し出、天国と地獄の和平条約にもなるのよ。わたくし達の悪の世界、罪人の花嫁。オーエンの愛がこれを受け止める器であるならば、地獄と天国は争いはしない。……アシャ。貴方とわたくしも、共存できるはずよ。」
「ドナ=ジョーは……人を殺してる。天には還れない……そんなドナ=ジョーの愛を叶えながらも……天国と地獄の和平条約でもある、と。それは……確かに、悪神アンリ・マユは、今はアフラ=マズダ様の親友で、天国も地獄も降臨する未来が訪れるのかもしれない。お前が宿るドナ=ジョーがアフラ=マズダ様に嫁ぐということは、地獄からの平和の使者で……お前は、共存派ということか?」
アジ・ダハーカが微笑した。
「えぇ、そうよアシャ。このルートなら、皆が幸せになれるわ。わたくしは善神群は嫌だけれど、地獄の為ならば、馴染んでみせる。それにアシャ、ドナの理解者である貴方は違う。貴方は愛せる人だわ。善神群との同盟は、愛するドナを守れるし、彼女のハッピーエンドを迎えられる。わたくしの目指すルートはこれよ。」
アシャはじっと睨み、やがて、睨むのを辞めて、剣を収めた。
「俺には権限は無いが……その考えに賛同しよう。ドナ=ジョーの秘めたる悪性は、強い理性で縛ってきた、彼女の我慢と環境の重荷による。それをただ断罪しては、正道では無い。俺も今まで通り、ドナ=ジョーを支えながら、彼女がアフラ=マズダ様との愛を叶えるまで、傍で守ろう。」
「ありがとう!!」
ドナ=ジョーが飛びついてきた。
アメリカ人ならではのハグだ。
アシャはびっくりして否定。
「NO!ドナ=ジョー!ステイ!!俺はハグに慣れてない、ハグ禁止だ!!」
「嬉しかったのよ。アシャもアジ・ダハーカもついててくれる。理解者に支えられて、罪深いわたしでも、幸せになれる道を選んでくれたことが。わたし、幸せ者だわ。」
アシャは苦笑しながら、ドナ=ジョーの頭を撫でた。
「アジ・ダハーカが君の悪性に惹かれたならば、俺は君の良心を守る者だ。だが、正義だけでは人は守れない。断罪だけが救済では無いのだと、俺も君から学ばされたよ。」
ドナ=ジョーは喜んで、提案した。
「ありがとうアシャ!あのね、テーブルに置けるミラーはある?今朝は三人で朝ごはんにしない?」
アシャは頷いた。
「いいね。それが君を癒せるなら、アジ・ダハーカも招待しようか。ミラーならあるよ。俺は全然使わないが、父さんが都会なら絶対必要だと、持たせたヤツが。ええと……たしかこの辺に……あったぞ。」
「ふふふ。朝ごはんへの二人の反応が楽しみね。」
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