6-〈12〉
アシャは怖々と街を歩いた。
街の人は、遠くの人はアシャを女の子だと思ってるし、近くを通った人は、オネェかーと、特別注目せず歩いている。
この国は多様性の国だ。
しかしアシャのいたドイツや荘園の概念が、アシャを脅かすのだ。
アシャは壁に張りついて人目の無いルートを移動し、ついに目的地が見えた。
(アールマティ。応答してくれ。こちらアシャ・ワヒシュタだ。)
(どうしました、アシャ?)
(ドナ=ジョーのスキャンを頼む。下着のスリーサイズを特にだ。)
アールマティは一瞬硬直した。
彼女は潔癖だし、下ネタは大嫌いだ。
(……貴方は、ドナ=ジョーと何が?オーエンの愛する人と、大気圏突破なさったと?そんな、アーサー王伝説のランスロットのような浮ついた騎士なのですか?失望します、アシャよ……。)
(違う!断じて違うぞッ!!ええと!ドナ=ジョーの下着に、ケチャップが!!!だから新しい下着を買いに行く!!)
アシャの言い訳をもさらに深読みするアールマティだ。
(生理ですか。ならば、ナプキンも買ってあげるのですよ?それにしても、メンズの貴方がランジェリー店に入ったら、女性客が嫌がりませんか?)
(対策済だ。女装した。オネェのフリをして下着を買う。)
(あぁ、アシャよ……。無茶をしますね……。わかりました。そこまでの覚悟なら、ドナ=ジョーのボディをスキャンしましょう。)
ランジェリー店のドアを開けたアシャは、下着が飾られて並んでいることに驚いた。
メンズの下着なんかは、棚にたたまれているから、計算外だ。
目のやり場が無い。サングラスでも用意すれば良かった。
アシャの躊躇いの様子で、店員が近寄ってきた。
「お客様、お探しのサイズは?手術前ですか?」
「え?」
「手術前の方でも着用出来るサイズがございますよ。それに専用のショーツ。股間を無かったように見せます。」
アシャが躊躇いがちに、告げた。
「あの。普通の女性向けで。バスト75、アンダーバスト65、ヒップ80の下着を探しています。」
店員が怯んだ。
「入るんですか?アンダーバストがきついのでは?」
アシャは、何とかして誤魔化さなくてはと、必死になった。
「あ、アタシッ!!キツいのが好きなのッ!!」
「そうなんですね……変わった、いえ。まぁ、人それぞれですしね」
アシャは自分の中の奈落の闇へと転落して行った。
「こちら、スレンダーサイズで、バスト75、アンダーバスト65、ヒップ75〜80のセットアップです。ヒップは……大きくしたいんですか?」
アシャはヤケクソで言った。
「近々シリコン注入するから、80でいいのよッ!!」
「なるほど。お色やデザインのお好みは?」
アシャはドナ=ジョーを思い出し、イメージカラーを考えた。
「白と、ピンクと、この薄い水色なんかもいいわね。」
「ペールブルーですね。三点とも購入しますか?」
考えたら、下着は毎日変えるのが清潔だ。自分はなんて鈍感なんだろう。
「三つとも、買うわ。なんなら、あと二個追加しようかしら。このミントグリーンと、この……ライラック色も、買うわ。」
アシャはランジェリー店を出て、紙袋を抱えて一息ついた。
「任務完了だ……アパートで着替えてから、ご飯の買い出しに行こう……。」
オーエンは早く学校が終わると、キングと一緒にマイヤーズ邸に行った。
「で?なんで俺は付き添いな上、この変質者タイツ姿にならなきゃいけねぇんだ?」
キングは白いマントを前で結び、白い全身タイツで、胸には銀のダイヤモンドのマークがあり、下半身はオーエンのデザインへ対するキング側の規制によるビキニパンツを履いていて、足には銀のブーツを履いた姿だ。
「だってイライジャにお披露目しなくっちゃ。すごくかっこいいよキング。一番ヒーロー感があるよ。」
「一番レトロなヒーローだろうが、そりゃあよ。最悪だぜ。」
迎えに来たアルブレヒトさんは、キングの姿に怯みもしない。
「ようこそいらっしゃいました、オーエン様、ワイアット様。主はワイアット様に大変な苦労をかけた、と、心配気味でおられました。」
「あいつが?」
「はい。ただいま主はお召しかえ中でございます。しばしこちらの部屋でお待ちください。」
アルブレヒトさんの案内で、メイドさんの並ぶだだっ広い客室に通された。
「ありがとうアルブレヒトさん。」
オーエンは慣れたものだが、キングは恐縮した。
中でもアフリカ系のメイドのダナイ・クレモンズさんはオーエンの仲良しで、率先してお茶菓子のスコーンやケーキを運んで来て、紅茶を淹れてくれた。
「ようこそ、オーエン様。カモミールのハーブティーがお好きでしたね、どうぞ。こちらのご友人の方は、紅茶のお好みはございますか?」
「ありがとうダナイさん。キング、紅茶は?」
キングは紅茶なんて人生で一度も飲んだことが無いし、ダナイさんのキビキビした動きの美しさに、一瞬硬直して、食べようとしていたスコーンを手から落とした。
「あぁ。いきなり話しかけて驚かせてしまい、申し訳ありませんでした。その落ちたスコーンは処理しましょう。わたしはハウスメイドのダナイと申します。オーエン様がわたしに慣れて下さっており、メイドの中でも主のご友人のおもてなしを役割としております。」
キングは、慌てて手で制した。
「ダナイさんよ、アンタのせいじゃねぇ。です。俺はワイアット・ジョーンズだ、です。あだ名のキングでもどっちでも構わねぇ、です。」
「まぁ。キング様も素敵なあだ名ですが、わたしはワイアット様がとてもお似合いかと。貴方様はハル・ベリーのよう、美しい肌ですね。やはり、アフリカ系のハーフですか?」
「お袋がアフリカ系だ。です。ちなみに、紅茶は飲んだことがねぇから、お任せします。」
ダナイさんはワゴンの中の紅茶をまさぐりながら答えた。
「承りました、お任せください。甘い味とスッキリした味は、どちらがお好みですか?」
「筋肉作りで砂糖を控えてる。だが、甘いもんも好きです。」
「なら、フランス産のフレーバーティーの、苺ティーにしましょう。お砂糖が無くても、柔らかな味で甘みがありますよ。」
ダナイさんが淹れてくれた苺ティーを、キングは熱いまま、飲み干した。
「美味かったよ。ありがとうよ、ダナイさん。」
オーエンとダナイさんは、キングの飲み干しっぷりに、微笑ましく笑い、ダナイさんは頭を下げた。
「光栄ですワイアット様。どうか、ごゆっくりおくつろぎなさいますよう。」
ダナイさんが離れると、キングはオーエンに尋ねた。
「おい……このハウスメイド達、全部イライジャの召使いなのか?」
「うん。イライジャの父親のエルダーさんが、余程の事態が無い限り、イライジャの子孫までメイドさんにお世話されながら、遊んで暮らせるって言っていたよ。ただ、エルダーさんはすごく真面目でさ、財は人を腐敗させるからって考えて、イライジャには厳しく教育してたんだけどね。」
キングが意外そうに片眉を吊り上げた。
「あのイライジャの父親が真面目で厳しく?イライジャの奴には無効化されてねぇか?」
「まぁ、エルダーさんの生前は、イライジャは朝五時起きのフルコースの食育に、毎日のお説教があって、イライジャなりに悩んではいたよ。」
「……死んだんだったな。それ以来不登校だ。チッ、余計な口聞いちまったぜ。」
イライジャがひょっこり現れた。
お気に入り過ぎてヘビロテしてるヨレヨレの紫のTシャツに、これまた愛用してるヨレヨレのジーンズ姿だ。
「よ。どうした、ホワイトでスーパーなマン?変質者かよ。お前からのお情けはいらねーがな、俺はお前の逆境に情けをかけるぜ。だってそれ、オーエンのしわざだろ?」
キングは怒ったり頷いたり、激しく反応した。
「イライジャ、てめぇ!!この野郎、わざわざ恥かかせやがって!!そうだ、文句ならテイラーに言いやがれ!!そもそも、この無茶振りなデザインをしたのは、こいつだからな!!」
オーエンはセンスを否定されて、不思議そうに瞬きした。
「何故だい?かっこいいだろう?キングは聖ワイアットだ。聖人だから白マントに白タイツ。スーパーなマンはかっこいいよ。」
キングが深いため息をついた。
「あのな、テイラーよ。ダセェし、著作権問題もあんだろうが。」
イライジャが合図した。
「話の前に研究室に来いよ。オーエンの開発した特殊素材の余りがあるぜ。哀れみで何とかしてやるからよ。」
「哀れみ……つくづく余計な発言しやがるぜ、こいつはよ。」
オーエンとキングはイライジャについて歩いた。
「耐火性も対ビーム性も高い特殊な素材だよ。ゴム要素が少ないから、雷撃には弱いけどさ。」
研究室でイライジャが用意していた物は、余り素材で作ったマントと腰のレザー装備だ。
中世ヨーロッパ式で、首から肩のレザーガードに、片方の肩だけに垂れるマント、フード付きだ。腰から下半身のレザー装備は、恥ずかしい部分をかっこよくカバーする、中世デザイン。
とてもオシャレである。
「影の国から見てたが、今のままじゃキングにパトカーがわんさかと寄ってきちまうかんな。情けでデザインしといたぜ、まぁ、作ったのは研究チームな。キングは嫌いだけどよ、こいつはオーエンのやらかしだしな。」
「イライジャ!お前……!」
キングは中世ヨーロッパ式マントや腰の装備を装着して鏡を見て、安堵した。
「お似合いですよ、ワイアット!今までが嘘のようです!」
「ありがとうよ、天使様。」
デザインセンスが良く、一気にかっこよくなれた。
「イライジャ、お前は天才か?デザイナーになれるんじゃねぇのか?俺もてめぇは嫌いだが、今ばかりは恩にきるぜ。」
オーエンはしみじみと褒めた。
「キングが歴史的な聖人みたいだ!イライジャはすごいや。僕の穴埋めをありがとう。やっぱり僕ら、凸凹コンビだね。」
イライジャは足を組みながら話した。
「まぁな!で?俺に話か?天国の到来だかなんだかを早めるから、避難場所の用意をしとけって話?」
オーエンは真剣に話した。
「頼むよ、イライジャ。ドナ=ジョーを助ける為だ。ドナ=ジョーが助かっても、君が溶けて死んじゃったら、それは本末転倒だからさ。隠れ家に逃げててよ。」
イライジャは楽しげに笑った。
「くっくっく。天国到来ね。一応避難場所は作っとくか。それにしても、面白ぇ女!」
「え?イライジャ、やめなよ。ドナ=ジョーの不幸を笑うのは、僕怒るよ?」
イライジャは笑いながら、時計を指さした。
「だって面白ぇもん。で、オーエン、時間だぜ?四時までに着替えて、聖ジョージ教会墓地だろ?」
オーエンは慌てて立ち上がった。
「ありがとうイライジャ!僕、行かなきゃ!」
キングが立ち上がった。
「俺は一旦帰宅するぜ。更衣室を貸してくれねぇか?ヒーローコスプレを親に見られたか、ねぇんでな。」
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