〈4〉
イライジャは、オーエンの自宅に来ていた。
ジュリーおじさんがゴミを出しに来て、イライジャに気づいた。
「イライジャ、言うなよゴミ出しのこと。明日は遅くなる、今出さないとうちはゴミ屋敷だ。」
「言わないよ。そんなつまらないこと。」
ジュリーおじさんは、イライジャが不機嫌な事に気づいた。
「なんかあったか。入れよイライジャ。オニオンスープ……じゃないな。コーヒー飲むか?」
イライジャは椅子に座り、出されたコーヒーに口をつけた。
「オーエンが嫌なことしたのか?滅多に無いが、偶にあるんだよな。俺から言っとこうか?」
「いいや。いいんだ。よくわかった。」
「なにが?」
「アンタは、オーエンの理解者だよ。」
ジュリーおじさんは不思議そうにイライジャを覗き込んだ。
イライジャは、銃を撃った。
ジュリーおじさんは胸を撃たれ、椅子から倒れ落ちた。
「オーエンの一番大事なものは、あんただ。オーエンはこれで俺と戦うね。」
オーエンは出来たての特殊素材のタイツを、服の下に来て、今日は早々に帰った。
ジュリーおじさんとラジーに、説明する約束だし。
玄関が開いていて、救急車が自宅の前に集まって来た。
嫌な予感がしたオーエンは、自宅に駆け込む。
ラジーが泣いていた。ラジーの膝には、まだ若いジュリーおじさんが倒れている。
床にはおびただしい程の血溜まりが出来ていた。
「……!!ジュリーおじさん!!ジュリーおじさん!!!」
ジュリーおじさんは胸を血で滲ませ、もう長くない。
「誰が……!?犯人を許さない!!殺してやる!!」
ラジーが言った。
「玄関で、イライジャとすれ違った……あいつ、銃を……捨ててった……。」
「イライジャ…………?そんな」
ジュリーおじさんが、意識を僅かに取り戻した。
「……オーエン……説明、まで、持たなかったな……」
「ジュリーおじさん!まだ間に合う、救急車へ」
「エルダーさんが……電話で……悪神と善神……なんだろ……でも、運命なんか、変えられる。オーエン……優しさを、失うな……愛だ。お前は特別な子だ。俺やラジーから、愛を注がれてきた……イライジャは、敵じゃ、ないだろ。あいつを、取り戻すんだ。友情を信じろ……でも、不公平だよなぁ。俺だって、まだ、傍に…………」
ジュリーおじさんは、ボヤいた。
「オーエン、俺の分まで……愛を……」
ジュリーおじさんの腕は、力無く床に落ちた。
それきり、ジュリーおじさんは動かなくなった。
深い、眠りについたように。
オーエンは叫んだ。
「おぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!!」
イライジャが彼を殺した。激しい怒りはおさまらない。
だけれど、この人は言い残したのだ。
友情を。
愛を、信じろと。
自分ではない、天の父よ。
愛に生きたこの人を、どうか、安らかに眠らせてくださいーーー。
コロンビア中のビルのモニターにニュースが写った。
「容疑者は、マイヤーズ財閥の一人息子、イライジャ・マイヤーズ。ハイスクール学生です。」
「財閥の社長エルダー・マイヤーズ氏は、財閥の新建設ビル屋上で記者会見に応じます。」
新建設ビル。
エルダーさんは、亡くなったジュリーおじさんに対し、神父を伴って祈った。
イライジャは屈託なく笑った。
「何に祈った、親父?明日の我が身か?」
「大馬鹿者が!!」
エルダーさんが意を決して屋上に出ると、記者達が一挙一動を待っていた。
「皆さん。お待たせ致しました。質問を、受け付けます。」
「息子さんを何故警察に引き渡さないのですか?」
「マイヤーズ財閥の今後を考えたら、息子さんを庇い切れるものではありませんよね?」
「殺人ですよ?」
エルダーさんは深く祈祷した。
「息子から被害を受けた、ジュリアス・ビスコンティーノさんは、わたしにも男やもめの保護者同士、信頼の置ける方でした。お悔やみ申し上げます。」
「悔やんでも、死んだら生き返りはしません。」
「あぁ。わたしは、神に深い信仰がありながら……息子を愛しています。あの子が人を殺し、世界が敵に回っても……息子を、愛している。」
ビルのニュースを見ていたラジーは、暗い眼差しで画面のエルダーさんを見た。
ジュリーを失って、息子を裁く所か、愛してるだと。
許せなかった。
ラジーはナイフを購入してビルに入って行った。
ジュリーと出会ったのは、親友のマクソンがジュリーの姉エレクトラと付き合い出してから。
バンドマンで、ギタリストで、やんちゃなジュリーからは、今のような落ち着きはまるで無くて。
きっと当時のジュリーだって思うまい。三人家族になって働いて家事して育児して。
でも、きっとオーエンが自立するまでの、期間限定の夢のような家庭だ。
幸せがあって、喜びがあって。
ビルの屋上についたラジーは、ナイフを片手にエルダーさんに近づいて行った。
「きゃああああ!!」
記者たちが逃げ出し、エルダーさんは覚悟したかのようにラジーを見ている。
イライジャが軽量アーマーで飛び出した。
「親父!!」
オーエンが飛び出した。服を脱ぎ、特殊素材タイツになる。
「イライジャ!!君の相手はこの僕だ!!」
イライジャは、カリオストロの未来視による憎しみに取り憑かれ、オーエンに飛びかかった。
「オーエン!!この裏切り者!!」
二人は激しい取っ組み合いになる。
「はぁ、はぁ!イライジャ、君相手じゃ、正直、時間稼ぎすらしんどいが……ラジー!やめてくれラジー!!」
ラジーは憎しみに憑かれ、歩みを止めない。
オーエンは泣きながら叫んだ。
「僕らだけはジュリーおじさんの味方だろ、ラジー!!復讐じゃない!!取るべきは、愛なんだって、言われたじゃないかッ!!僕らは、運命を変えるんだろ、ラジー!!」
ジュリーの面影が過ぎる。
優しくて、愛に溢れた彼は。
こんなことは望まない。叱られてしまうだろう。
ラジーは涙を一筋流し、ナイフを落とした。
イライジャの鋭い刃が、オーエンを抉った。
「余所見してる場合かぁッ!!」
ミカエルが駆けつけた時には、もうオーエンとイライジャの一大決戦になっていた。
「不味い!介入された!!ベルフェゴール、ビル周りに結界!落下死防止よ!サタン!敵は?」
光の半導体たる、天使サタンは、辺りを飛び交い、情報を受信すると、告げた。
「ひゅう。天使を手品道具に使われてるな。来るぞ。」
空中から糸が引けた。
それは、光の半導体、情報共有思念体たる天使を繋いだ手品。
いきなり現れ、ラジーの傍らから、ナイフを拾った男は、真っ直ぐ歩いてゆき、エルダーさんの胸を一突きに貫いた。
「あぁ……」
エルダーさんは崩れる。
イライジャが悲鳴を上げた。
「nooooooo...!!!」
カリオストロは血の着いたナイフを抜くと、大笑いした。
「恐悦至極!!イライジャさん、騙すつもりは、アリアリでしたァ!わたくし生来からの詐欺師でしてっ!!!如何でしたか?カリオストロ監修のこの舞台、喝采のひとつもいただけますとッ!!!」
イライジャが怒鳴って飛びかかった。
「カリオストローッ!!!」
ミカエルが告げた。
「粗方こういうことかしら。イライジャは、エルダーさんが殺される未来を見せられて、オーエンとの決着を望んだんだわ。錬金術師アレッサンドロ・ディ・カリオストロ。善神の過激派。雑魚の癖に事態を引っ掻き回す天才ね。」
「……許せない。あいつにとっては、ジュリーおじさんも劇の中だ!」
オーエンは、イライジャを追ってカリオストロとの戦いに入るが、何度もビルの側面を駆けて跳び、肝心な一撃でカリオストロは消えてしまうのだ。
そして、どこからか、強烈な爆発を浴びせられ、オーエンとイライジャは咳き込みながら倒れ込む。
「種がある、はずだ」
空中から引く糸で、浮遊しては、出たり消えたりする。
「光の反物質、情報共有思念体を繋ぎ止める糸。アレを使って大勢の天使を駆使する。世紀の発明だけど、糸ってだけだわ。サタン。仲間を解放してやれば?」
「僕ひとりじゃ一体一体が関の山だ。ミカエル。ベルフェゴールの炎で、糸を焼くんだ。」
「手間はかかるけど、いいわ。オーエン、イライジャ!援護して!!」
オーエンはミカエルの傍らに戻るが、イライジャは闇雲にカリオストロを襲撃する。
(イライジャ。カリオストロの手品、疲れたんじゃない?あいつの仕掛けを焼くわ。一撃当てさせてあげると約束する。手伝って。)
イライジャは念話でミカエル側に戻ってきた。
「いい?あたしはホムンクルスとはいえ人間。敵は浮遊してて、こっちはビル屋上だから足場は限られてる。信じて跳ぶわ。必ず回収してよね!」
ミカエル、走り出した。ベルフェゴールが先行する。
「おや、怖い怖い。偉大なる魔女の王には、わたくしでは敵いませんよ。」
カリオストロ、自分より強い魔術師から退散しようと、空中から糸を引く。
ミカエルが跳躍した。
「糸よ、ベルフェゴール!!」
「天の慈悲なき地獄の黒炎!!」
「!!」
ベルフェゴールのブレスに糸を焼き払われ、カリオストロはもう片手の糸を引くが、ベルフェゴールがその腕を噛みちぎって持ち去った。
ミカエルは跳躍から落ちていく。
オーエンとイライジャがミカエルを抱え、ビルの側面を走って跳びながら、屋上に戻った。
カリオストロは片腕を失い、まだ笑っていた。
「何かウケることある?アンタ、絶対絶命ですけどね。」
「我が手の中で踊るさま、実に愉快でした。イライジャ・マイヤーズ。実に!実に晴れやかな見世物でした!フランスのグランギニョルでもこうは行きますまい!!」
「イライジャ!」
「合わせていくぞ!!」
オーエンとイライジャの合わせ技に、カリオストロは血を吹いて、焼かれてしまった糸から、無事な1本を手繰り寄せる。
そして、バラバラと爆薬を撒いた。
「死んでしまいます!!死んでは目論見も何も無い、それではご機嫌麗しゅう、さらばです!!」
「爆薬が」
「逃がすな!!父の……仇だ……!!」
カリオストロの糸が、切れた。
「え」
ただのナイフ。
いや、エルダーさんの血のついた、ナイフだった。
展望台にしがみついたラジーが、ナイフでカリオストロの糸を切ったのだ。
「ラジー!!」
「オーエン、イライジャ!エルダーさんと、ジュリーの分もだ!!」
爆発の中、逆らいながら、戦う。
落下してくるカリオストロに、イライジャが斬撃を。オーエンが反対方向から殴り飛ばし、カリオストロはビルの外側に落下。
血塗れで、物言わぬ死体になって着地した。
頭を抱えてうずくまっていた記者達が、立ち竦むオーエンとイライジャを見つめた。
「彼らは……何なの……?」
イライジャは父エルダーを抱き起こし、エルダーは息子を見つめた。
「悪い……父だった。妻が、お前を生んで死んで……お前を、憎んだよ。」
「親父」
「でも、愛している。愛しているんだ……イライジャ…………」
エルダーさんは、片手がずるりと落ち、やがて何も言わなくなった。
泣くイライジャに、オーエンが頑なに立ち尽くす。ラジーが、オーエンを小突いた。
「ジュリーとの約束違反か?」
「……酷い敵だった。戻らない。大事な人は、誰も。」
オーエンはイライジャを支えながら泣いた。
イライジャを連れて、オーエンとラジーは自宅に帰った。家族を失ったイライジャを、1人で帰す訳にも行かなかった。
冷凍していた作り置きを温めた。
「親父が死んでるのに、飯はうまいんだな。」
ラジーが答えた。
「それが生きるってこと。これは、ジュリー作、最後の晩餐。君たちが食べるのが正解。」
オーエンもだが、イライジャは涙が溢れた。厳しい顔のまま、頬張った。自分が殺した人の、手料理を。
オーエンは、寝る前に、イライジャと屋根の上に登った。
「俺は人殺しだ。泊まる訳にはいかない。実家に身を隠すよ。」
「でも、ミカエルが街中に暗示をかけたって。パトカーはこないよ。」
イライジャは、オーエンを振り向き、言った。
「そういう問題じゃない。親父の葬式……執事のアルブレヒトに伝える。代役を頼むよ、オーエン。」
「うん……」
「俺は、人殺しだが、二度とまともな人間は殺したくない。だから。クソ外道が、また街を襲ったら……呼んでくれ。」
「うん。……僕の誕生日会だって、ただ暇な時だって、呼ぶよ。イライジャ。」
「……あぁ。俺とお前。ふたりでひとつか。例え悪神でも、悪を殺せるはずだ。」
「学校、来れなかった日は、ノートをプリントして届ける。……イライジャ。復讐に染まるなよ。その道は君を苛む。」
「オーエン。お前には俺はなれない。お前は確かに神なんだろう。俺は影だ。……もう行くぜ。」
イライジャは屋根の上を跳躍して、去った。
悲しい。
夜がこんなに辛いものだと、オーエンは生まれて初めて思い知った。
帰らない。
愛する人達は帰らなくても。
明日を告げる朝焼けは、巡ってきてしまうものだから。
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