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God Buddy  作者: 燎 空綺羅
第六話 黎明の騎士
39/70

6-〈9〉

 お留守番のドナ=ジョーは、アシャの部屋の本棚にあった、歴史の本を開いていた。

 全部ドイツ語で、読めない。

 学校で習う副言語を、ドナ=ジョーはフランス語にしてしまったのを後悔した。

「ドイツ語を選んでたら、読めたのに。」

 ドナ=ジョーは深いため息をついた。

 アシャとの会話をぼんやりと、思い出す。

 荘園の話だ。

「変ね。わたし……イスラーム世界すら、習う前に、死んだわ。荘園が出てくる中世ヨーロッパまでは、習って無いはずなのに。なんで、アシャの話がわかって、あんな反応したのかしら……?」

 考えても、わからない。

 ドナ=ジョーは前髪をかきあげ、気づいた。

「あっ」

 誰かが、ドナ=ジョーの毎日愛用している、小さい花の髪留めを、棺に入れてくれた。

 それは、幼い頃、セオドアがお小遣いから買ってくれた、ドナ=ジョーの唯一のアクセサリーだ。

 その髪留めを、前髪から外してシャワーを浴びて、洗面所に忘れてきてしまった。

 ドナ=ジョーは本人が自覚があるように、非常に忘れっぽく、授業だって夜にはわからなくなってしまう。

 ドナ=ジョーは失くさないうちにと、洗面所に髪留めを取りに行った。

 なんとなく、一人の水場は怖くて、電気をつけてしまった。

 髪留めは、洗面台に置いてある。

「良かった」

 ドナ=ジョーは鏡を見ながら、髪留めを前髪につけた。

「電気つけちゃうなんて。わたしったらお風呂から何か出てくるとでも?ジャパニーズホラーの見すぎ。アシャの電気代を無駄に使ってしまったわ。」

 鏡の中のドナ=ジョーが肩を竦めた。

「なら、明かりを消してもいいのよ、ドナ。わたしが消してあげる。暗い方が、わたしはやりやすいわ。」

 ドナ=ジョーはハッと息を飲み、鏡の中の自分を見て、両手で口を覆った。

 洗面所の電気が消えた。リビングからの明かりで、鏡に見えるのは、バレエ、ブラックスワンの衣装を纏った、自分。

 違う。

 アジ・ダハーカだ。

 怖かった。

 逃げ出したい。

 でも、ドナ=ジョーはアシャに約束した。

 戦わなければ。

 アジ・ダハーカを、表に出さない為に、戦わなければならない。

「ようやく、二人になれたわね、ドナ……。」

「……わたしは今までの泣き虫じゃないわ。貴方を抑えてみせる、アジ・ダハーカ。」

 アジ・ダハーカは蠱惑的に微笑んだ。

「決意ね。素敵だわドナ……貴方は様々な一面を持って、成長していく。アシャのおかげね?貴方はアシャの親切に恩返しをしたい。だから、わたくしから少し、知恵を貸したわ……彼の育った場所くらいは、理解しないといけないものね……。」

 ドナ=ジョーはあの時のことを把握した。

「荘園のこと、貴方だったのね。どうして、そんなサポートをしたの。貴方、わたしの家族を殺した癖に。」

「わからないふりをしているの、ドナ……わたくしは、貴方の味方よ。」

 アジ・ダハーカは姿を変え、ドナ=ジョーのままになった。

 酷く顔をしかめたドナ=ジョーだ。彼女は積年の恨みを訴えた。

「大嫌い!イヴリンもカミラも最低よ……妹達なんて、生まれて来なければ良かったのに!なんでわたしがバレエの夢もプライドも捨てて、あのワガママ双子の世話をしなきゃならないの?美人でチヤホヤされて、姉のわたしが比較されて!オリンズ一家のプリンセスなんて要らないわ。わたしの人生返してよ!あんな妹達、死んじゃえばいいのに!!」

 ドナ=ジョーは息を飲む。

 妬み。妹達への、コンプレックスそのものだ。

「違う……わたし」

 否定出来なかった。

 妹達を、愛してるフリに慣れてはいたが。

 内面では、ドナ=ジョーは、この二人のプリンセスの圧政に苦しむ奴隷だったからだ。

 皮肉、嫌味の毎日。

 美しい妹達と比較され、醜さを蔑まれる、自分。

 姉だから耐える。

 姉だから、妹達を愛し、世話していく。

「違うの?ねぇ、違わないわ、ドナ=ジョー。わたしは妹達が大嫌いよ。」

「でも!だからって殺すまでは……しないわ……」

 鏡の中のドナ=ジョーは肩を竦めた。

「殺したじゃない。一番先に狙ったわ。わたしを解放した悪神群は、人間の悪に寄り添うだけ。悪の解放はね、人間の自由の尊重なのよ。アジ・ダハーカは人間を愛してる。特に、不憫で恨みがましい、わたしを、愛しているわ。」

 ドナ=ジョーは、自身を疑い、両手を眺めた。

「人間の自由の、尊重……?アジ・ダハーカではなく、わたしの悪が、家族を殺した……?でも、わたしは……お母さんは好きだった。好きだったはずだわ。」

 鏡の中のドナ=ジョーは腕を組んで頷いた。

「わたしの愛憎劇ね。妹達に苦労するお母さん。父さんは学問と結婚して、家庭を振り返らない。お母さんを支えるのは、わたししかいないじゃない。わたしだって学校の課題があるのに、お母さんを支えないと家庭崩壊しちゃうし。毎日泣いてばかりの、わたしの大事なお母さん。わたしがお手伝いする時や、わたしが励ますと、お母さんは優しく笑ってくれたわ。わたしとお母さんには、絆がある。でも……わたし、お母さんのせいでどんどん勉強が遅れていく。オーエンに近づきたかった。賢くなりたかったのに!愛するお母さん。そして、わたしの重荷の、憎い、憎いお母さんだわ。自由を得る為の犠牲なのよ。それに、最期はお母さん、わたしに殺されることを選んだ。わたしはお母さんを、わたしのいない苦しみから解放してあげたわ。」

 ドナ=ジョーは涙を流した。

 独白だった。

 思っていても、言っちゃいけない、独白。

「わたしは……優しいお母さんが、好きだったわ……確かに、勉強どころじゃ無かったけど……それを、わたしは……重荷だなんて……酷いわ。わたしって最低よ。」

「でもわたし、義理堅い子よ。貧乏学者のお父さんには、憧れてたけど、いずれお母さんを苦しめた仕返しをする気だったでしょ?わたしはお父さんに憧れ、そして冷徹なお父さんを反面教師として、賢くても優しいオーエンに、恋をしたわ。」

 ドナ=ジョーはもう、否定しなかった。

「わたしは……お父さんの賢さに憧れ、そして、家庭を顧みないお父さんを、恨んだわ……。お母さんを泣かせてきた分、いつか、わたしがお母さんのやられたことを、やり返してやるって。」

 鏡の中のドナ=ジョーは、励ましてきた。

「ね?わたしは自由になれたのよ。アジ・ダハーカはわたしの悪を解放しただけ。わたしは貴方。悲しまないで、わたし。後は、セオドアだけだわ。お兄ちゃんはわたしを守ってくれた。家族の中で唯一、見返りなく愛してくれたわ。でも、働いても働いても、貧しいうちにお金を入れてくれなかった。それどころか新しい借金をもたらしたわ。セオドアが愛車にお金をつぎ込んで、わたしの世界の悪循環は変わらなかった。殺し損ねたわ、狙っていかなきゃ。」

 ドナ=ジョーは否定した。

「そんなの、わたしの逆恨みだわ!!セオドアが自分のお金を自分の為に使うのは自由よ。わたしだって働けたら、バレエを習いたいもの。借金は確かに酷かったけど……」

 鏡の中のドナ=ジョーは、卑屈に笑った。

「借金取りの電話対応だって、全部わたしの役目なのよ?ギャング紛いの人に脅されたわ。セオドアはわたしが困ってるのわかってる癖に、集会に逃げたじゃない。」

 ドナ=ジョーは気づいてしまった。

 自分は兄を愛しながら、兄を憎んでいるのだ。

 昔の、ドナ=ジョーを守ってくれたセオドアは、今はいない。

 走り屋になって、狡い大人になったセオドアしか、いないのだ。

「そうだわ。わたし……憎いんだわ。愛して、憎んで……人間て、なんて複雑なのかしら。違う……わたしが特別真っ黒なんだ。だから、アジ・ダハーカは、わたしを選んだんだわ……。」

 鏡の中のドナ=ジョーは、アジ・ダハーカと入れ替わった。

「誤解が、解けたみたいね……そうよ、ドナ。わたくしは悪神群であり悪神様の実子。人間の悪徳を(いと)しむわ。貴方は特に、愛する価値がある人間よ、ドナ……わたくしは貴方の味方をするわ。それがわたくしの悪。アシャのように言えば……貴方を愛することが、わたくしの正道。」

 ドナ=ジョーは、座り込んだ。

「わたしは……わたしが思うほど、綺麗な人間じゃ、無かった……。」

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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