6-〈6〉
オーエンが帰宅すると、ラジーがエプロンにつけたお手拭きタオルで手を拭きながら、出迎えた。
「ただいまー。」
「おかえりオーエン。いま、君をお客さんが待ってるのよ。僕はオーブンでおもてなしアップルパイが焼けるの待ち、お客さんにはミシェが対応中、早く行ってあげてぇ。」
オーエンは眉をひそめながら、リビングに入った。少なくともラジーの知らない人だ。
美しいブロンドの髪、銀の全身鎧。背中に帯剣している。
もう、そんな後ろ姿は、一人しか知らない。
「アシャ・ワヒシュタ?」
アシャはオーエンに気づいて、慌てて膝まづき、剣を胸に捧げた。
「アシャったら!」
ミカエルが呆れる程、古めかしい騎士道だ。
「アフラ=マズダ様!イライジャ・マイヤーズに剣を振るった無礼、そして貴方様のお考えを早とちりした非礼を、心よりお詫び申し上げます!!」
オーエンは誠意が目一杯伝わってきて、手をブンブン振った。
「いいよ、アシャ・ワヒシュタはあの時点では正しかったんだし。僕が倒れて、玄奘さんが諭すまでは、僕は憎しみを超えることが、出来なかった。事情だって、話してなかったからさ。」
アシャは膝まづいたまま、告げた。
「いえ。ミカエル殿に再確認しましたが、俺は粗方知っていて、知った上でやらかしました。俺は、善神群では最強と謳われる天使、正義と断罪、そして貴方様より聖なる火の権能を賜わりしアシャ・ワヒシュタです。故、善と悪を探知出来ます。貴方様と悪神が親友であることや、貴方様の愛する人の死を、俺は探知しておりました。それが善神様と悪神の決着に繋がると読み間違え、俺は自分の正義に則り、イライジャ・マイヤーズに斬りかかったのです。貴方様の意に反した過ちです。」
オーエンは、アシャの正義感が強過ぎたが故の判断だと、気づいた。こんなに誠実な正義の人を、誰が責められようか。少なくとも、オーエンには、それは自分じゃあない、とわかる。アシャを叱るなんて、一切の罪が無いイエス様みたいな人くらいだろう。オーエンには、善も悪もある。アシャ程真っ白な善人では無い。
「あー……でもさ。僕がオーエン・テイラーじゃなくて、アフラ=マズダで、イライジャがイライジャじゃなくて、アンリ・マユだったら、その判断は正しいよ。本当は、ゾロアスター教では、アフラ=マズダとアンリ・マユは決着をつけなきゃならない訳だし。僕とイライジャが、運命に逆らってるだけなんだしさ……。君の誤解は、善神群の君の立場からしたら、仕方ないよ……。それに、イライジャを助けた時、君はイライジャの回復の為の寿司を目一杯運んできてくれた。今だって、こんなに精一杯謝罪してくれたんだ。だから、もう気にしないで。アシャ・ワヒシュタ。改めて、力を貸してくれないか?」
アシャは感謝に心を震わせ、応じた。
「この命に変えても!!我が忠道、アフラ=マズダ様の元にあり!!ご命じください、アシャ・ワヒシュタは正義を成します!!」
熱い!正義感が、熱い!!
騎士みたいだと思ったアブサロムさんとは、だいぶ違うタイプだ!!
そう!熱血だ!!
「熱い……なんか、熱いよ君!」
ミカエルがベルフェゴールを逃がしてやった。
「オーエン、物理だからこれ。アシャ、熱血で聖なる火が出て、燃えてんの。悪以外は燃えないからいいけどさぁ。もしもあたしの人間らしい煩悩や野心が消えたら、やだわ〜。」
ラジーは串に刺した肉をアシャの周りに配置しながら、ミカエルの話を聞いてガッカリした。
「そっかァ。じゃあ串焼き肉は無理かなぁ。」
「なんの実験してんの、ラジーったら。」
ひとつ、肉が焼けた。
他の肉はまんじりとも焼けないのに。
「この肉……悪の家畜ってこと?」
ラジーがこんがり焼けた1本をオーエンに差し出した。
「食べる?オーエン。悪の串焼き肉。」
「いらないよ!なんか、やだよ!!」
アシャはラジーのおもてなしのシナモンレーズンアップルパイを食べ終わると、切り分けて余ったアップルパイを見て、言った。
「ラジー殿。この余ったアップルパイを、持ち帰っても、構わないでしょうか?大変美味しくて、俺には作れない分野の菓子ですので……。」
ラジーは気前よく頷いた。
「気に入ってもらえて光栄光栄。お持ち帰り用に包んどくよ〜。ていうか、君は学生くらいの年齢なのに、料理してるのかい?」
「はい。肉の煮込みやザワークラウト、ふかし芋やワイン作りくらいのものですが。しばらくサボってきましたが、今日はきちんと作ろうかと。」
ラジーは感心し、尋ねた。
「偉いね!キャベツはザワークラウトかァ……もしかして、ドイツから来たのかい?僕の料理仲間のアルブレヒトさんもドイツ料理が上手いんだ!」
オーエンがヤキモチを焼いたのか、ラジーにふくれた。
「僕だって、何度も、たまご料理を教えてって言ったよ?ラジーが忙しいから、後回しにしてるだけでさ。」
「ごめんごめん。今日は時間作るから。」
ミカエルが瞬きして、尋ねた。
「たまご?なんで?たまごはあたしの好物で、オーエンはツナでしょ?」
オーエンはサラッと言った。
「だってミカエルが、料理が不器用だからさ。僕がたまご料理を覚えて、君に作ってあげようと思って。」
「……そぉ。……やられた。意外と天然かしら。……ま、頑張ってね〜。あたしの欲を言えば、オムレツやタマゴサラダサンドは必修科目ってとこかしら。」
ミカエルが照れた顔を背ける。
「OK。頑張るよ、任せて。」
一連の流れを見ていたアシャは、オーエンの心境の変化に気づいた。
「アフラ=マズダ様。今は、ドナ=ジョーをどう考えてらっしゃいますか?」
オーエンはセオドアさんから聞いた話を思い出し、厳しい顔つきになった。
「今、ドナ=ジョーは、遺体を利用されている。悪神群のアジ・ダハーカは、ドナ=ジョーの身体を使って、家族を惨殺したんだ。生き残った兄のセオドアさんから聞いたよ。許せない……アジ・ダハーカだけは。」
「アフラ=マズダ様……」
思い出して怒り、オーエンはアシャ・ワヒシュタの前で、強く宣言した。
「優しいお母さんだった。寡黙なお父さんと、ドナ=ジョーが頑張って世話してきた妹さんが二人、死んだ。僕はアジ・ダハーカを、今度こそ始末し、ドナの尊厳を守らなきゃならない。」
「……ドナ=ジョーは、全てがアジ・ダハーカに乗っ取られた訳では、無いのではありませんか?」
「だとしても、それならもっと辛いよ。ドナ=ジョーが自分が家族を殺めただなんて、苦しんでるとしたら……解放してあげなくちゃならないんだ。アシャ・ワヒシュタ、君がアジ・ダハーカを見つけたら、聖なる火で彼女の遺体を燃やして欲しい。ドナ=ジョーの魂を、天に返してあげなくちゃならないから。……僕も発見し次第、そうするつもりだ。彼女は、僕が守ってあげなくちゃならない人だから。……頼めるかい?」
アシャは俯き、頭を下げた。
「俺に、善と悪を測らせていただけるのならば。俺から見て、悪への傾倒が大きければ、貴方様とのお約束通りに、彼女を燃やし、ドナ=ジョーの魂を天に還しましょう。俺にも、それは哀れですから。しかし、何らかの理由で善性が生きていたら……御報告に上がります。」
「……うん。そこは、君が一番相応しいんだろうから。任せるよ、アシャ・ワヒシュタ。」
アシャが帰ると、ラジーが夕飯の仕込みを始め、ミカエルがノートPCから依頼表をチェックし始めた。
「忙しい、これキャンセル。ここもキャンセル。あ?この依頼なら……日中にイライジャに頼めばこなせるわね……よし、報酬もバッチリだし、これ受けよ〜。」
オーエンがパトロール時間までに勉強すべく、二階に上がると、アールマティから思念が送られて来た。
(オーエンよ。実は、アシャはドナ=ジョーを匿っています。場所はここです……ワイアットが、その情けから、二人を見逃してしまいました。わたくしは……アジ・ダハーカばかりは、危険だと考えます。ドナ=ジョー・オリンズは、血塗れの衣服でしたから。)
オーエンは、なんとなくだが、アシャがドナ=ジョーを庇って、何とかしたいと、悩んでいるのは、わかっていた。
アシャにそう思わせる要素が、善性の強さが、ドナ=ジョーの魂にはあるのかもしれない、とも。
「アールマティ。なんとなくだけど、アジ・ダハーカの中に、ドナ=ジョーの魂が、僅かに存在するのかもしれないって、アシャ・ワヒシュタを見て思ったんだ。アシャもキングも、曲がったことを嫌うはずだろ。僕は、アシャ・ワヒシュタを信じて待つよ。彼はきっと明日にでも、報告に来てくれると思うからさ。」
ガシャン!
ガシャン!
スーパーのレジ係が、次の客のレジ打ちの為に振り向くと、銀の全身鎧をガシャガシャ鳴らして、ブロンドのショートヘアをなびかせた、カゴに入れた野菜や肉を、レジ台に置く騎士が参上した。
レジ係は、騎士に驚きながらも、確認。
「……お会計でよろしいですか?」
騎士はうっかりしたらしく、レジ係を止めた。
「お待ちを!すぐに戻ります!」
騎士は近くにあった、苺のジュースパックを取ってきて、レジ台に戻って、苺のジュースパックをカゴに入れた。
「無骨過ぎた。女の子がいるのに。あ、お会計お願いします。」
レジ係はバーコードをスキャンしながら、騎士の家の事情に思いを馳せた。
苺のジュース……。
「あっ!ジャスティス・ナイト様だわ!!」
女性が駆けつけて、騎士は笑顔で対応。
「君か。緊急外来は行ったかい?」
「はい!軽傷で済みました!ありがとう、ジャスティス・ナイト様!!」
騎士達が会計を終えて立ち去ると、レジ係は、隣の空いてるレジ係に、ため息混じりに聞いた。
「この街……最近、どうなってるの……?」
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