6-〈2〉
初めてアシャがザシャの夢に入り込み、自らの正義と聖戦への意気込みを語ると、ザシャは惹き込まれ、自らの騎士道への憧れ、正義への夢を語らい、二人は親友になれた。
しかし、翌日、ザシャは学校の図書館司書に尋ねた。
「天使の本を貸して欲しい。特に、天使アシャの記述のあるものを。」
「天使……アシャ?……聖なる火の、アシャ・ワヒシュタですか?」
「はい。アシャ・ワヒシュタです。」
「……アーリア人研究の一環ですか?確かに、第二次世界大戦前は、我が国は研究の先進国でした。資料ならあります。」
「…………?」
図書館司書は、古い貸出禁止書庫まで、ザシャを案内し、書類棚からアヴェスター写本のコピーを差し出した。
「貴重品なので貸し出しは禁止ですが、読むのは自由です。」
ザシャは困惑した。
「あの……何語?俺には、読めない……」
「これが一番詳しいコピーですが。パフラヴィー語は?コピー元は、アヴェスター写本。ゾロアスター教の聖典です。アシャ・ワヒシュタは、ゾロアスター教の天使ですから。」
ザシャは息を飲んだ。
ザシャには、原初回帰主義の荘園で根づいた、カトリック信仰が根強く存在する。
野菜が採れても神に祈り、食事時も祈りを欠かさない。
異端審問にかけられる案件では、無いのか?
アシャがゾロアスター教の天使だとわかると、ザシャは躊躇い、学校が終わるとバスで真っ直ぐ帰宅した。そして、一番信頼する父親テオドールに全てを打ち明けた。
「どうしよう父さん!僕に降りた天使アシャは、ゾロアスター教の天使だった!!これって、荘園では異端審問?魔女狩りされる?」
テオドールは、息子の第一声にポカンと口を開けて、鍛冶の手を休めて、尋ねた。
「ザシャ、ゾロアスター教の聖典には、なんて書いてある?天使アシャだ。善の側か?」
「何語かわからなくて、読めなかった。」
「お前には学校があるから、スマホを持たせたろう。俺のPCは古いからな。Wikiを読め、俺にもわかるよう、声に出してくれ。」
二人でWikiのアシャを読んでいくと、テオドールの警戒は薄らいだ。
「良い天使だ。正義と真実か。何故気後れした、ザシャ?」
ザシャの方が、父親の反応に驚いてしまう。
「え……だって父さん、ここは荘園だよ?」
「あぁ、原初回帰主義の荘園だ。だから、カトリックも、ゲルマン民族の元の神々も、共存しているぞ。ゾロアスターだって、我らアーリア人の神々なんだろうよ。だいたい、考えてみろ。イエスの誕生を予言して祝福したのは、ゾロアスター教の三人のマゴス神官だぞ?」
ザシャは安堵した。
「なぁんだ。俺はてっきり、魔女狩りされるかと思った……」
「だっはっは。未熟者だな、ザシャよ。」
鍛冶屋のテオドールは、人間嫌いで辺境に住まいを移住した変わり者だが、しっかりと善悪のわかる人間で、ザシャに告げた。
「アシャって天使がお前の中にいるなら、話してくれ、彼のことを。」
ザシャは熱く語った。アシャのことを。
「彼は正義と断罪、勇敢な者を司る、聖なる火の天使だよ。僕と融合して、神に従い、聖戦に挑みたいと言ってた。強制じゃなくて、三日間かけて考えて欲しいと。命懸けの戦いになるから、ってさ。とても誠実な人だよ。」
テオドールは言った。
「聖なる火の天使か。ザシャ、お前に俺がつけた名前のザシャ=ミヒャエルは、大天使ミカエルの名だ。大天使ミカエルは、聖なる火の天使だぞ。ザシャ、お前の夢は騎士になり、正義を執行する事だ。こりゃあ、運命の巡り合わせとしか、思えん。」
「父さん。いいのか?僕が聖戦に行けば、父さんは一人暮らしになる。学校だって、中退だ。」
テオドールは、ザシャの肩をグッと掴んだ。
「ザシャ。チャンスを手放すな。夢を叶える人間は、ごく僅かだぞ。俺のことはいい、お前が小さい頃は俺が飯を作ってたぐらいだ、暮らしは気にするな。お前が学校を辞めるのだって、反対意見などねぇ。その学費の分、お前に仕送りするからな。お前だって、聖戦で死ねるならば、本望だろう?それが男の本懐だ。ただし、アシャと融合しても、一ヶ月待て。」
「一ヶ月?」
テオドールはニヤッと笑った。
「俺が世界一の鎧と剣を仕上げる。お前とアシャは筋トレして、鎧と剣を腐らせない身体を仕上げとけ。」
ザシャは明るい笑顔になった。
「ありがとう、父さん!!」
ザシャ=アシャの旅立ちの日に、はるばる遠い空港に行く前、テオドールは屋根裏で捜し物をしていた。
「父さん?バスが来る前に、終わらせないと……」
ザシャ=アシャの大きなキャリーケースには、彼の憧れである父のお手製の、鎧と剣が詰めてある。
「待たせたな。」
テオドールは埃まみれでハシゴを降りてきた。
「いや、水浴びの時間あるかい?すごい埃だ。屋根裏には、何が?」
テオドールは身体の埃を払いながら、小箱を持っている。
「俺が小さなお前を連れて、荘園に引っ越す前から……うちは代々鍛冶屋でな。都市での商売だったが、代々親方としてギルドに加わってきたのさ。まぁ、俺は人間が嫌いだし、ギルドなんざどうでもいいんだが……一応、先祖から伝わる品々は、荘園にも持ち込んでいてな。屋根裏で埃をかぶったヤツらはみんなそうだ。」
ザシャ=アシャは食いついた。
「中世から伝わる古い名剣も?ジークフリートのバルムンクみたいな?」
テオドールは小箱の埃を、ふうっと息で飛ばした。
「ゲホッゲホッ」
「あぁ、埃が行ったか、すまんなザシャ=アシャよ。と言ってもだ。ニーベルンゲンの歌は吟遊詩人の歌ってきた文学だからな、魔剣バルムンクは無いが、まぁ、中世の名剣ならわんさかあるぞ。現代に比べたら、技術的にはお蔵入りだがな。それに、依頼主からの謝礼の品の数々もな。俺には必要無い物の山だが……こいつは、貴族の聖騎士様が報酬に加えて下さった品なんだとか。」
テオドールが小箱から出したのは、サビすらない綺麗な状態の銀の指輪だ。聖騎士の家紋と、十字が刻まれ、そのままシーリングスタンプに使える物だ。
「すごいや。聖騎士様から?」
「こいつを思い出して、お前への餞別にな。ただこんなモンを指に嵌めたら、剣の握りが悪くなる。チェーンに通して、首からさげたらどうだ?お前が自身の正道を全うする為の、お守りだ。」
ザシャ=アシャは顔を輝かせた。
「え……ありがとう父さん!大事にするよ!」
飛行機の中で、窓の景色は見た事の無い世界だ。
座席はガラガラで、こんな田舎から出立する人は、仕事の都合ですら、少ないらしい。
ザシャ=アシャは首に下げたネックレスの指輪を、服の中から引っ張り出し、握りしめた。
(父さん……この指輪に誓う。善神アフラ=マズダ様のお力となり、我が正道に決して背くことあらず。この聖なる火をもって正しき人々を救い、父の剣を持って悪を裁かんことを、俺はここに誓うぞ……!)
アシャは、ザシャと融合し、人間の名前はザシャ=ミヒャエル・シュミットとして、アパートはその名で借りたし、銀行口座もザシャ名義だ。
アシャは、キングとアールマティのような同居人では無く、二人は一人。アシャ・ワヒシュタであり、ザシャ=ミヒャエルなのだ。
融合したのだから、ザシャ=アシャだ。
ザシャの父テオドールの手紙は、アシャにとっても大事な父の手紙なのだ。
アシャは首元から、指輪のチェーンを引っ張り出し、握って、父を思いながら、便箋を開いた。
ザシャ=アシャへ。
筆無精の俺が、何とかまた手紙を書いたぜ。
文字が汚ぇだとか、インクこぼれは、気にせず、何とか解読して読めよ。
合衆国では、お前の神様が戦い始めたらしいな。
アフラ=マズダの……
マーズマン、だったか?
心を入れ替えた悪の神に敵対したことは、引きずるな。
善の神様についてくんだぞ?
時に、缶詰の食い過ぎだが、身体を壊すから辞めとけ。
野菜が腐ったら捨てていいんだから、きちんと自炊して食えよ。
ザシャの頃、お前はフケ症だったからな。頭皮の薬を送るから、シャワーの後に使えよ?
お前の親愛なる親父、テオドールより。
アシャは微笑んだ。
父は変わらない。ぶっきらぼうだが優しい、愛の人だ。
レンジのシチューが温まった。
アシャはシチュー皿をテーブルに乗せ、パンと飲み物で、夕飯をした。
明日は、父の言う通り、アフラ=マズダ様にお目通りし、事情を聞いてみよう。
燻ってもいられない。
……夜のパトロールならば、夕飯の後でも参加出来るのではないか。
悪神群の暗示にかかった人間を、気絶させれば。アシャの聖なる火は、人間を焼き殺すことは無く、内部の不浄だけを焼き払うだろう。
アシャの宿敵たる、不浄と疫病の女悪魔、ドゥルジもまた、人間の力を得ている。
聖戦に参加しなくては。
この手で、正義を行使しなくてはならない。
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