〈3〉
マイヤーズ邸、エルダーさんは屋根から飛んできた二人を見て驚いたが、運転手から粗方聞いたようで、二人が窓から入ると、研究室の鍵を渡した。
「ジュリーさんとラジーさんに、息子さんが遅れると連絡しておく。夜は短い、先に研究室を使っていなさい。」
研究室で、オーエンはスケッチを進めた。
「僕らは不死だからアーマーなんて飾りはいらない。あくまで頑丈なタイツタイプの」
「嫌だ!アーマーがいい!下半身をどうする!?アーマーが無かったら変態だ!!」
「……わかった、なら僕は軽装備のタイツ式、イライジャは軽量アーマー式に。」
エルダーさんが来てスケッチを見た。
「万能の人だな。この強化素材を今開発したのかね?制作に取り掛かろう。明日君が来る頃には完成するだろう。」
「イェー!!」
オーエンが屋根裏の窓を開けて帰宅すると、屋根裏で待っていたジュリーおじさんとラジーが怒っている。
「オーエン!どうして真っ直ぐ帰らない?久々のラジーの祝いもあるし、何故お前が死ななかったのか、説明だって聞きたかった!」
「ごめん、ジュリーおじさん。ごめんラジー……」
ジュリーおじさん、紙袋一式をベッドに置いた。
「もう九時だ。予習は程々に、寝なさい。明日は聞かせてもらうからな。服も下着も買っておいた、血塗れのは捨てよう。」
「ジュリーおじさん」
「生きてたのは何よりなんだ、オーエン。理由は気になるが、まずは神に感謝しながら、寝よう。いいな、ラジー?」
「オーエン、眠り病再発したら冷凍庫をあさりなよ。作りだめしといた、こりゃ天才。」
「ありがとう、ジュリーおじさん、ラジー!!」
「おやすみ、オーエン」
オーエンは部屋に一人になると、勉強を再開した。
集中力がいつまでも持続する。
気づけば、新しいノートに変え、さらに学習。
カーテンの向こうから日が差してきて、慌ててベッドに入った。
「ミカエル。大気の魔力を、僕が吸い取ってると言ってた……無限に力が湧くみたいだ……。」
朝、オーエンは目覚まし時計の音で起き、眠り病の再発が分かると、砕いた鉱石と薬草を口に入れ、飲み下した。
「おはようオーエ……このノートの束は?」
「調子が良くて、徹夜しかけちゃったんだ。」
「程々に。オニオンスープは?」
「ありがとう。いただくよ。」
着替えて下の階に行くと、ラジーがツナのサンドイッチと、ポテトと緑黄色野菜のオムレツ、ファルファッレのアラビアータをよそう。
「ツナが大好きツナサンド。余りは冷凍庫に入れとくから、学校の後ね。」
「ありがとう。オムレツも美味しい。アラビアータも、辛くておいしいや。」
ジュリーおじさんとラジー、目を合わせた。
「偏食が治ったようで嬉しいが」
オーエン、アルバム整理中のテーブルに目をはわせた。
「わ。小さい……これ、傍らにいるのが、ジュリーおじさんとラジー?」
「そうだよ。この小さいのがオーエンで、こっちの美人が姉さん。」
「母さん……?」
ラジー、冷やかした。
「オーエンの両親亡くなってから、ジュリーんちに張り紙が。ベビーシッターのルームシェア急募ってさ。んで、オーエンの親父の親友のラジーが気を利かせて入ったわけ。実際には共働きの主夫業務よ。」
オーエンは写真のジュリーおじさんを見た。若い。高校生くらいだ。ラジーだって大学生くらい。
「ジュリーおじさん、ラジーも、若過ぎる。やりたいこととか、たくさんあったはずなのに。」
「ラジーが入ってくれたから、月一でバンドはやってたし。何より、お前は自慢の姉さんの形見だ。お前という赤ちゃんと、目が合ったのよ。そしたら、お前、守ってくれって言ってるみたいに、ハイハイしてきてさ。」
ラジーも言った。
「それは僕も。そして団結、僕らでパパになろうってね。」
ありがたい。
2人の慈愛で、今のオーエンがいるのだ。
今の、幸せはーーー。
「おい、スクールバス鳴らなかったか!?」
「話し込み過ぎた!!オーエン、走れ!!!」
オーエンは荷物を持って自宅を飛び出した。スクールバスには追いついたが、スクールバスは止まらない。叩いてみたら、ドナ=ジョーが運転手に告げた。
「生徒が走って追いついてるわ!信号で止めて!!」
無事、赤信号でオーエンはスクールバスに乗ることが出来た。
ドナ=ジョーが尋ねた。
「意外にタフなのね。汗ひとつかいてないわよ、貴方。」
「や、やぁ。バスを止めてくれて、ありがとう。」
「大丈夫。邪魔しないわ。あそこの席空いてる。イライジャを待つのよね?」
オーエンは幸せいっぱい、ドキドキしながら席に座った。ドナ=ジョーはいい子だ。
バス停に止まると、イライジャが乗り込んだ。
ピリピリしていた。
「何かあった?」
「親父と色々。俺がオーエンを被害に遭わせたこと、親父は根に持ってる。」
「……エルダーさん、根っからのキリスト教徒だからね。」
「今日は家出ってとこ。学校のほうが楽。」
学校につくと、新任教師の噂が広まっていた。
「新任、良いとこの大学教授だったらしいよ。」
「なんでハイスクールに?」
「やらかしたんじゃない?なにか。」
講義では、いつもの歴史のハワード先生の補佐に、新任教師が現れた。
「今回は新任教師のジュゼッペ・バールサモ先生に補佐と見学を許可している。」
バールサモ先生は若く、長く白い髪を後ろで束ねていた。
生徒が挙手した。
「マッシモ君」
「バールサモ先生の専攻は?歴史ですか?」
バールサモ先生は穏やかに笑って告げた。
「わたくしの専攻は歴史ですが、若い皆さんが好むようなオカルトファンタズムも大好きです。神智学や神話、錬金術も学んでおりますので、ゲームや物語が好きな皆さんは是非訪ねてください。遊びは学問と繋がりが密接ですよ。」
生徒から歓声が上がる。
「バールサモ君、控えなさい。」
「学習は楽しいほど、よいではありませんか。」
オーエンは元々の歴史のハワード先生も好きだが、バールサモ先生は生徒を掴むタイプだと感じた。
オーエンが勉強オタクなのは、そういった勉強に夢を与える作品が好きだからだ。
鴉天狗や神話、錬金術だなんて、誰だって知りたいだろう。
「アレクサンドロス大王の死後、統一されていたアレクサンドロスの帝国は三分割される。アレクサンドロスの部下によるディアドコイ戦争により、アンティゴノス朝マケドニア、プトレマイオス朝エジプトに続き、オリエントの多くを受け継いだのは。オーエン・テイラー。」
「はい。アレクサンドロス大王の部下セレウコスによる、セレウコス朝シリアです。この三カ国による時期を、ヘレニズム時代と呼びます。」
バールサモ先生は笑いながら言った。
「この頃プトレマイオス朝エジプトには、既にフリーメイソンが芽生えていました。エジプト起源説というものですよ。」
「フリーメイソンが?先史オリエントから?」
「フリーメイソンはまだ大したことはないでしょう。アレクサンドロス大王に簡単にやられてしまった古代ギリシャでは、神話から魔術の発展が、もっと以前にありました。」
「面白え!!」
「聞かせて!!」
ハワード先生は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「静粛に!!!教える歴史には、順番が」
「これは失礼。」
「バールサモ先生!わたしの講義を乱すなら、退席していただく!!」
オーエンは講義終わりも、まだノートを取っていた。
アレクサンドロス大王周りの話は、面白い。
バールサモ先生は、それをつまらないと思って、賑やかしたんだろうか。
ハワード先生が、かわいそうだ。
イライジャが迎えに来た。
「おい、オーエン!バールサモ先生が学食にいるって!遊んでみようぜ!」
オーエン、荷物をまとめた。
「イライジャ、行ってきなよ。僕は歴史のハワード先生の方に行く。ちょっと心配なんだ。」
「……メシ抜きで?」
「うん。先生は、師匠だ。困ったら支えなきゃ。」
オーエンが職員室に行くと、歴史のハワード先生は今日のテストのふざけた解答用紙を束にして、途方に暮れていた。
「先生。解答用紙が……中身はふざけたことばかりだ。」
「わたしの講義は楽しくはないらしい。わたしなりに、真剣だがね。」
「違う。本当にゲームや、神話が好きなんなら、それが生まれた時代背景を愛せるはずです。歴史は、猿人から人類にいたる記録。ここで学ぶ為に働いた親が、教える先生が、かわいそうです。採点、付き合います。」
「君は優等生だが自負しない。オーエン・テイラー。あの男をどう思う?」
「人を気遣えない人だと。周囲を目先の楽しいことに惹き付けるのは、上手いです。」
「……負けてはいられんな。少なくともここに理解者が1人いる。」
食堂では、バールサモ先生が生徒に囲まれ、古代ギリシャ魔術の話をしていた。
「古代ギリシャでは奴隷制度がありまして。平民すら、退屈が美徳だったのです。そこからの、神話や哲学の発展ですが、こと神話においては、古代ギリシャ人は現実の信仰とないまじりに創作し、魔術もまた、神話の如く機能すべくよう研究されたのです。ある時はデルフォイに助けを求め、ある時は偶然から。」
ドナ=ジョーが言った。
「魔術を見せて」
この騒ぎに、自分を蔑ろにされたキングは、怒り有頂天でバールサモ先生に迫った。
「うるせぇ!!飯の邪魔だ!!」
「おや、これは失敬。立ち去りましょうか?」
「あぁ。俺がてめぇをボコしてからな!!」
キングのデビルズ8連コンボだ!
しかし、すべてが空振り。
バールサモ先生がかわしたのだ。
バールサモ先生は、空中から糸を引っ張った。
眩い光。
そして、鳩が。
鳩が大勢、キングに飛びかかった。
キングは腰を抜かし、慌てて逃げた。
生徒は歓声を上げた。
「すごいわ!」
「ちなみにこれは魔術ではありません。手品や降霊術のひとつですよ。」
イライジャはチキンを食べ終えた皿を戻しに行き、そこで聞いた。
「バールサモ先生、気になる人がいるの。」
ドナ=ジョーだ。
「君とは正反対の、学園一に真面目な優等生ですか。」
「当たりよ。降霊術?占ってよ。」
「今のは簡単なカウンセリングですよ。でも、残念だが君の恋は実らない。彼には、世界がかかっているから。それが、彼の運命です。」
イライジャはバールサモの首根っこを掴みあげた。
「何を知ってる?オーエンと俺の誓いも知らないくせに」
「知ってますよ。イライジャ・マイヤーズ。貴方が悪神であり、貴方が滅ぼされる運命であることを。」
「……オーエンは裏切らない!!」
バールサモ先生は空中から糸を引いた。
「場所を変えましょう。」
イライジャとバールサモ先生は、気づいたら映写室にいた。
上映されているのは、何処かで村八分に逢う少年が、ゴミの中で性処理に使い捨てられている現場だ。
「……う!?く……」
あまりのことに、イライジャは吐き気を抑える。
「アンリ・マユとは悪神。魔女迫害と同種です。このように、はきだめで多くの追放者に与えられた呼び名でもある。それは、悪だから迫害してよいという免罪符なのです。」
イライジャはバールサモに掴みかかる。
「この胸糞の悪い映画を止めろ」
「ご自由に。投影機ならあちらですよ。」
イライジャは投影機をたたき落とした。
「乱暴な方だ。でも、仕方ありませんね。悪趣味な映画でした。村八分にされた少年をレイプしていた村人達だって、殺されても文句は言えないクズ達なのですから。」
「お前は誰だ。バールサモ……お前は、ミカエルと同じ、魔術師か?」
バールサモ、歯並びの良い口を開けて嗤う。
「アッハッハッハッハッ!!なんと!!貴方がたにはもうミカエル・サンダースがついているのですか!!あれほどの、大物……いいえ。わたくしはあの方には遠く及びませんよ。魔術師ですらない。わたくしの本懐は錬金術にて。語る程の器用さはなく。我が名はアレッサンドロ・ディ・カリオストロ、未来を知り絶望を防ぎに馳せ参じました。」
イライジャは眉をしかめた。
「未来?」
「第二投影機からご覧に入れます。我が念写、とくとご覧あれ。」
スクリーンに血飛沫が映る。
画面が反転し、胸を刺されたエルダーさんが倒れこみ、吐血していた。
イライジャの全身に動揺が走る。
「親父!!!」
カリオストロは次にイライジャとオーエンの戦いを見せた。
表情が本気だ。
「…………!!」
「裏切り?違う、違あぁう。何故ならこの戦いこそが、ザラスシュトラ原始教団での最初の約束なんです。貴方は哀れにも貧乏くじを引いた。父は殺され、貴方は戦いに出なくてはならない。悪神アンリ・マユとして。そしてこの悲しき未来はまだ変えられる。オーエンと決着をつけるのですイライジャよ。父の安寧は、あなた次第なのですから。」
オーエンは午後の授業を終え、イライジャを待ちながら予習していた。
そこへ、心配そうにドナ=ジョーが歩み寄った。
「あの……イライジャなら、早退して。バールサモ先生と何かあったみたい。わたしも悪かったわ……」
オーエン、瞬きし、なんとか声を振り絞った。
「いつも、親切にありがとう、ドナ=ジョー。イライジャとは、イライジャの父さんの研究室でも待ち合わせしてる。……あの、君も、よかったら。」
ドナ=ジョー、控えめに笑い、答えた。
「嬉しいわ。だけど駄目ね。課題が積み重なってるの。帰宅してやっつけないと。」
「……日曜日でよかったら、手伝うよ。」
「ふふ。本当?まぁ、貴方が嘘つくわけないわね。じゃあ、土曜日に打ち合わせをしましょう。楽しみにしてる。」
オーエン、ドナ=ジョーの笑顔に胸がいっぱいになり、イライジャの父エルダーさんの研究施設に向けて歩き出した。
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