5-〈13〉
アーラシュはまず学校から出るなり、屋根から屋根を跳躍しては、繁華街まで目を通し、ミカエルやカリオストロが危ない時は援護して矢を射った。
アーラシュの矢はスナイパーライフルの弾丸の如く、誤差なく敵を打つ。
オーエンもまた、走りながら服を脱ぎ、タイツ姿になってマスクをかぶると、屋根から屋根を跳び移り、ビルの側面を走っては、上空から滑空した。
繁華街。
誰かがオペラを歌っている。
その歌声は耳に心地よいテノールで、魔術とも言えた。魔性の歌声が、戦場にいる悪神群や人間部隊に力を与えているのだ。
悪神群率いる人間部隊と、市民を守るために応戦する、ミカエルやカリオストロ、エジプト・メイソン・リー達。
逃げた市民達は、離れてその様子を見ていた。野次馬ではなく、詰るでもない。
自分達を守る、ミカエル達の戦いを。
人類の存亡を、見届けるべく、彼らは集まって、それ以上の距離から逃げ出そうとはしなかったのだ。
ゴーレム達が人間部隊を足止めし、エジプト・メイソン・リーの人達も、麻痺薬を塗りこんだ短剣で、深手を負わせないように戦っている。
「ミカエル・サンダース!道は開けました、貴方は悪神群へ!!」
カリオストロが叫ぶ。
「言われなくても、わかってるッ!!」
ミカエルは開いた道を走り出した。
「聖なる硫黄よ、悪魔を祓いその邪悪に杭を刺したまえ!直ちに直ちに、すぐにすぐに!!」
ミカエルが宝石魔術をジャヒーに放つと、ジャヒーはなんなく鞭で砕き、鞭を振るう度に石畳に亀裂が走り、ミカエルは足を取られた。
「サタン!守護して!!」
「はいはい。」
天使サタンの守護結界だ。
しかし、守護結界を、ジャヒーの鞭はなんなく破壊した。
「嘘でしょ……ベルフェゴール、火炎!!本体に当てて!!」
亀裂から抜け出したミカエルは、ベルフェゴールを連れてジャヒーに真っ向から立ち向かう。
「わたしの火炎は地獄の業火だ、悪神群には効かんぞ?」
「いーから、合わせなさい!」
ジャヒーは鞭をしならせ、愉悦の笑みを浮かべた。
「さぁ、勇敢なお嬢ちゃん、次は何のショータイムかしら?」
「ベルフェゴール!」
ベルフェゴールは広範囲に火炎を吐いた。
「天の慈悲なき地獄の業火!あるいは、ダーク・フレイム・ブレスだッ!!」
ジャヒーは高笑いした。
「アッハッハッハッハッ!確かに、聖なる火には弱いけれど。わんちゃんは地獄の同士じゃないの?効かないわよ、ソレは。快適なくらいだわ。」
「アブラナタナルバ!聞け!エオ・フォルバ・ブリモ・サクミ・ネブート・スーアレス!我は汝の秘密を隠した。汝のサンダルを隠し、汝の秘密を握った!」
炎の中からミカエルが突っ切って来た。
ミカエルはサタンの守護を身体に張り付け、不意討ちに出たのだ。
ジャヒーはこれには驚いて、咄嗟には動けない。
「至近距離での魔術爆撃はいかが?ヘカテよ!!」
ミカエルはジャヒーの腹部に両手を押し当てた。手にはたくさんの柘榴石。ミカエルが長年魔力を蓄積した柘榴石達が、女神ヘカテの使役と組み合わさり、ジャヒーの腹部で大爆発を起こす。
ジャヒーもミカエルも爆風で飛ばされた。
ジャヒーは口から一筋の血を流し、かなりのダメージを受けた。
ミカエルもまた、守護があるとはいえ、両手が血塗れになっている。
ジャヒーは静かな怒りを湛え、容赦なくミカエルを鞭で打ち飛ばした。
「あぁッ……!」
「やってくれたわね……とんだ道化師だわ。お前はもう、いらない。」
鞭が直撃したミカエルは、血塗れになって倒れたままだ。
オーエンはそこで駆けつけて、ミカエルを抱き起こした。
「ミカエル!!」
「……オーエン。人々の暗示は、解いちゃ駄目よ……悪神群の、統率で……我に返った人は、暗示部隊が容赦なく……ゴホッゴホッ」
ミカエルは咳き込み、血を吐いた。
「わかったから、喋らないで。君まで失いたくないんだ。頼むよミカエル。」
オーエンは涙ぐんだ。
だが、ミカエルは話を辞めない。
「……オーエン。悪神群は、暗示で悪の投票を稼いだ……今は貴方よりも、遥かに強い。貴方が不死とはいえ、勝てないわ……やぁね。情が移ったのかしら。おばさんみたいなお節介だけど……逃げる時は逃げて。退却は敗北じゃあない。貴方にはラジーがいる。友達や学業の夢があるわ。だから、あたしやカリオストロを置いて、今は逃げなさい。」
オーエンは、涙ながらに、怒った。
「逃げないし、置いていくはずが無いだろ。ミカエルだって、もう僕の家族だ。僕がジャヒーを倒す。倒して、君を守る。」
「オーエン!あたしのことはいい、もうどんだけ長生きしたと思ってるの?逃げてよ、オーエン。」
エジプト・メイソン・リーのメンバーが三名、治療薬と担架を持って駆けつけた。
「アフラ=マズダ様。ミカエル殿を担架に乗せてください。薬品の開発と医術は我々、錬金術師の領域です。」
オーエンはミカエルを抱えて、担架に乗せた。
「駄目よ、オーエン!戦わないでいい!!」
「ミカエルを、お願いします。大事な家族なんです。」
「善処します。さぁ、運び出しますよ!」
ジャヒーは劇場でも観るかのように、眺めて、退屈したのか、欠伸をした。
「あーぁ。何、その寸劇?終わりなの?全然面白く無かったわ。お嬢ちゃんが死んで、涙ながらの仇討ちって流れの方が、まだマシなくらいよ。」
オーエンはジャヒーに向かい、構えた。
「アンタの相手は、この僕だ。」
ジャヒーが鞭打つと、人間部隊がズラリとジャヒーの前に集まった。
肉壁だ。人間達を、盾にしている。
「あたしと殺り合いたいんなら、まず人間部隊を殺しなさいな。まぁ、善神のアンタに、人間達が殺せるんなら、だけどね。」
卑怯な奴だ。
人間部隊は容赦なく刃物を振るい、かわしたオーエンは、天使ラジエルを飛ばして一人暗示を解く。
「あ?俺は……」
一瞬だった。
助ける猶予も無く、人間部隊が彼を刺した。
オーエンはミカエルに言われた忠告を思い出し、急いで刺された人を回収した。
「かつてなく、統率されている……暗示を解いちゃダメだ。武力で、気絶させるしか、無い!」
オーエンに迫り来る人間部隊が、ナイフで刺殺を狙って特攻する。
オーエンは一人殴り倒し、しかしもう一人の同時攻撃は防げない。
刺された人を、抱えているのだ。
「死ねーーーッ!!!」
「いーや!!死ぬのは、てめぇだァーーーッ!!!イヤッハーーーッ!!!」
オーエンのピンチは、ハリソンの情け容赦無い釘バットが救ってくれた。
「なんっじゃこりゃアアア!!?てめぇ、それでも人間かッ!!?」
釘バットの大ダメージで血塗れになった、暗示にかかった人が、道徳を説いている。
今は、暗示にかかった人の方が、正しいだろう。
ハリソンとコリンは、遅れながらも到着していた。
「ダイヤモンド・クルセイダース、見参んんんーーッ!!」
「いや、ハリソン、釘バットはやべぇだろ。キングは解放しろって言ったんであって、殺しちゃ不味いだろ。」
コリンがハリソンに注意しながら、自らも鉄パイプで人間部隊の足を狙って一網打尽だ。
「一気に倒れたぞ!!」
「格ゲーなら下段蹴りははめ技、ダウン狙いだよ。」
「すげーなコリン!!おい、テイラー!道は開けたろ?その怪我人を寄越してから、あの悪魔のセクシー美女の際どいボンテージから、裸体がむき出しになるまでぶん殴ってこいや!!人間部隊は俺達に任せな!!」
オーエンは頷き、被害者を預けると、走りながら叫んだ。
「ありがとう、ハリソン、コリン!!必ず倒す!!」
ジャヒーは鞭をしならせ、オーエンに一撃、二撃と繰り出した。
「だんだんとヒロイックな展開になって来たわね。好きよ、そういうの……アンタを殺した時の仲間の絶望の顔が、堪らないからね。」
オーエンは鞭で身体を切り裂かれ、血を吹き出しては、再生し、立ち向かう。
「ミカエルも!ハリソンとコリンも!街の人達も!!僕が、守るッ!!!」
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