5-〈4〉
歴史の授業だ。
歴史のハワード先生が、皆に告げる。
「今日からは長きに渡る中国史を終え、先に学んだ先史オリエントの続き、つまりイスラーム世界を学び始めるのだが……ここも期末テストの範囲だから、しっかり学ぶように。」
ハワード先生は、振り返って、更に告げた。
「それから、初めましての生徒もいるだろうから、改めて紹介しておく。歴史の副担当、ジュゼッペ・バールサモ先生が復帰することになった。」
「バールサモだって!?」
オーエンが立ち上がった。
バールサモこと、死んだはずのアレッサンドロ・ディ・カリオストロが笑っている。
「テイラー?座りなさい。」
「ごきげんよう皆さん。悪霊事故に巻き込まれて、しばらく入院していましたが、今日から復帰致します。ジュゼッペ・バールサモです。はいっ」
いきなり鳩を出し、生徒達は大喜びだ。
「授業の邪魔は出来ませんからね。冒頭にて、イスラーム世界始まりのサービスですよ。そういうことなのでわたくしに用がある方は放課後に尋ねてくださいますよう!」
「さすがバールサモ先生だ!!」
「最高だぜ」
オーエンはまだ警戒し、カリオストロを睨んでいる。
ハワード先生が、オーエンに告げた。
「大丈夫だ、テイラー。バールサモ先生には、復帰にあたり充分、わたしから話を通した。君には心配をかけたな……」
オーエンはハワード先生を巻き込まない為に、座った。
「さて。それでは、イスラーム世界はイスラム教の始まりからだ。まずは先史、ゾロアスター教下にあったキリスト教は、マーニー教や東方正教会を生み出した。当時、ササン朝ペルシアと東ローマ帝国の抗争の為、商人達は今までの道を通れず、地理的にはこう……迂回ルートを通らなくてはならなかった。その為に、商人達が立ち寄る、アラビア半島のメッカやメディア等の都市は、経済が発展し潤った。」
放課後、オーエンが血相を変えて怒っているところに、キングが尋ねた。
「どうなさいました?お話ください、オーエンよ。」
「バールサモは錬金術師カリオストロだ。僕の家族のジュリーおじさんと、イライジャのお父さんのエルダーさんを殺した。僕とイライジャでやっつけて、死んだはずなのに、あいつ。」
「……でしたら、わたくしも付き合います。バールサモの正体を見抜いてから帰りましょう。」
オーエンとキングが校内を進み、職員室を尋ねると、バールサモはいなかった。
「どうしたね、テイラー?」
「先生。バールサモは何処に行きましたか?」
ハワード先生は心配げにオーエンを見つめた。
「彼は今日問題を起こしてはいない。彼と、なにかあったのか、テイラー?力になろう。」
キングが代弁した。
「二人には、因縁があるのです。悪霊事故の時から。ですが、話せば先生を巻き込みます。オーエンには、話せません、先生。」
ハワード先生は、オーエンがその日失ったおじさんの件や、父親の死以来、不登校になったイライジャの件を思った。
「……バールサモ先生は生徒達と交流しに食堂へ行った。テイラー。話すべき時でいいが、わたしは君を信じよう。」
「……感謝します、先生。」
オーエン達は食堂へ向かった。
歩いていくと、歓声が近づいてくる。
「バールサモ先生!」
「魔術を見せて!」
生徒たちの大人気の中心は、やはり、カリオストロだ。
「さぁて、ご期待にお応えし、秘術をご覧にいれましょうッ!!」
カリオストロは糸を引き、光の集合体が現れる。
キラキラと眩しい、光の数々だ。
カリオストロはそこから、小さなケースを取り出した。
「空中から光がこんなに!」
「すっげぇ!!眩しッ!!」
「なに、あのケース?」
カリオストロは微笑んだ。
「厳密に言うとこれは魔術ではなく、錬金術ですよ。このケースは軟膏です。ベアトリス、これは君にさしあげます。皮膚を患っているでしょう?」
ベアトリスは皮膚病を見抜かれて驚いた。
「え、わかるの?皮膚病は、見えないように隠してるのに。痛い箇所を庇ってる素振りからわかるだなんて、まるで医師みたいね。ありがとう、バールサモ先生。」
「いえいえ。どういたしまして。我々の錬金術は、製薬の原点でもあるんですよ。人々の病気を治すのは本来の、いえ、趣味のいっかんでして。」
生徒たちが拍手した。
「すげー!!」
「しかも、優しー!!」
そこへ。
怒りのオーエンが、ズンズンと歩み寄った。
「カリオストロォッ!!!」
カリオストロはにこやかに告げた。
「実に楽しいコミニュケーションでした。生徒の皆さん、本日はこれにて失礼をば。テイラー君とは、重要なお話がございますので。」
「バールサモ先生、行っちゃうの?」
カリオストロは辺りを見回した。
「オーエン・テイラー。おひとりですか?悪神が見当たりませんねぇ。」
キングが歩み寄った。
「わたくしがオーエンの付き添いですわ。善神群ならば、聞きただす資格はあるでしょう。」
「おやおや、これはこれは。善神様御一行であられましたか!それでは!ご案内致しましょうかッ!!」
カリオストロが糸を引くと、オーエンとキングは学校の食堂にいたはずが、体育館の倉庫に移動していた。
カリオストロの糸で使役する、天使達の御業である。
体育倉庫には、カリオストロの仲間達である、エジプト・メイソン・リーの人々も待っていた。
エジプト・メイソン・リーのメンバーは、恭しく頭を下げた。
「アフラ=マズダ様。お待ちしておりました。」
オーエンは憤り、拳を握った。
「この技で、お前はイライジャを罠に嵌めたのか……!!」
「お待ちください、アフラ=マズダ様!確かに類似点は多々ありますが、今のカリオストロは、前のカリオストロとは違う、別の人間です!」
カリオストロは瞬きし、やがてオーエンに告げた。
「つまり?死んだ方の、前のわたくしの話ですね?悪神を煽り過ぎて死ぬとは、なんと愚かしい。まぁ、わたくしも事情を知らなければ、やりかねませんがね?このアレッサンドロ・ディ・カリオストロ、少々難儀な嗜好がありまして。愉悦を刺激されて盛り上がると、死因にまでも繋がりますから。まぁ、あちらはわたくしとは無関係ですがね。仲間達からは、貴方様とイライジャ・マイヤーズの事情を聞きました。今のわたくしは、善神様の選ばれた道を支持致しましょう。」
オーエンもキングも、強力な神性を持ち、嘘は見抜けるはずである。
だが、カリオストロは嘘をついていない。
「イライジャにしたように、僕らを得意の詐欺で欺く気か?」
「いえいえ。滅相もございません。我らの敬愛せし神秘、善神アフラ=マズダよ。わたくしは所謂、データだけを繋いでゆく個体。次代のカリオストロですよ。ただし、余程前回のわたくしが自信家だったのか……ミズーリ州に来る前のバックアップ体ですので、知っている情報は古いのです。仲間からの情報共有が無ければ、貴方の顔も知ることは無かったでしょう。始まりのわたくしは、王妃アントワネット様の首飾り事件から冤罪でフランスを追われ、とある機会で教皇領にエジプト・メイソン・リーのロッジを設立します。それが原因で宗教裁判により、詐欺師の冤罪をこうむり、終身刑に。まぁ、人を煽る時には、わたくしは詐欺師を名乗りますがね。あぁ、脱線しました。かつて、オリジナルのわたくしは、囚われる前に、記憶の入った視床下部のバックアップを小さな箱に保存致しました。それが今までのわたくしまで続いてきた知識の泉、エジプト・メイソン・リーを常に正しく支える為の措置でした。まぁ、正しくは、オリジナルと我々は、既に全くの別人ですがね。」
話がイマイチ飲み込めない。
オーエンには、オカルトの知識はほぼゼロだし、ミカエルのお父さんである、アレックス・サンダースだって、写真がある近代魔術師なのにわからないのだ。
「……今のアンタが、前のアンタとは、別人だって?オリジナルのカリオストロでも無い?それは……ミカエルの研究のように、人間みたいなゴーレムを作って?」
カリオストロは激しく否定した。
「なんと恐れ多い!貴方様は、怖いもの知らずな方ですね!こんな事が聞かれていたら、わたくしは彼女の呪いの術式で、再びお陀仏ですよ。魔術師の頂点こそが、魔女の王ミカエル・サンダース。人型ゴーレムの製造は、彼女だから出来る御業です。あの方には誰しも及びませんよ!わたくしだって名のある錬金術師ですが、あくまで視床下部の記憶を保存した小箱の装置です。わたくしの存在は、AIの方が余程近いでしょう。肉体は不完全なクローン培養で、たくさんのわたくしの肉体候補が、再起動用に保管されています。わたくしが死ぬ前にデータをバックアップし、わたくしの死後に記憶を受け継いだクローンが活動するのです。つまり、わたくし達はそれぞれの個体差があり、性格も微妙に違う、記憶を持つ別人ですよ。ミカエル・サンダースは父アレックス・サンダースの理想を実現した天才です。決して、わたくし達と比べてはなりませんよ。」
オーエンが怪訝な顔で尋ねた。
「……カリオストロ。アンタが不完全なクローンで、別人だとしても、だ。仲間から事情は聞いたはずだろ?自分が僕らに恨まれてることは、百も承知のはずだ。何故再び、僕の前に現れたんだ?」
カリオストロは目を細めた。
「貴方様の利益になる情報と、現在のこの街の危機を知らせる為に、参りました。」
「その手には乗らない」
エジプト・メイソン・リーの1人が、前に歩み出た。
「申し上げます!アフラ=マズダ様の複雑な胸中はお察し致します。ですが、この街の危機に偽りなどはございません!我々が総意で彼を起動致しました!悪神群は、貴方様の友である自制した悪神に反旗を翻し、その活動を活発化させています。カリオストロの判断と応急処置が無ければ、私たちも悪神群に取り込まれていたでしょう。私たちも、夢で彼らに惑わされたのです。悪神群は人々の夢に現れ、暗示をかけている。私たちの調査の結果、この街に集ったフリーメイソンや薔薇十字団、黄金の曙団などの、神秘学に集う者たち全体が、夢で悪神群を見ております。神秘を求めるならば殺し、盗めと暗示をされています。事実、盗みは既に横行しているのです!」
エジプト・メイソン・リーのもう一人が訴えた。
「盗みの後は、殺しにも躊躇いが薄れるでしょう。我々エジプト・メイソン・リーには幸いにして、カリオストロの知識がありました。私たちはアフラ=マズダ様の側で、我々の神との同盟を望む者達ですから。悪神群の悪の投票を阻まねば。そして、貴方様に、危機を知らせねばなりませんでした。」
キングが話を総合して理解し、オーエンに告げた。
「カリオストロとの因縁はありましょうが、確かに危機的状況です。いま、大地をスキャンしましたが、確かに盗みは横行し、邪魔者には死にかけるまで殴り荒らしている。オーエンよ。善神群に命じ、人々をお守りください。」
キングがいきなり顎をガクーンと開けた。
「……まさか、オーエン・テイラーは神の子?これってマジかよ?」
アールマティが抑えた。
「説明は後ですワイアット。聞いていますか、オーエン?」
オーエンはしばし考えて、首を振った。
「ダメだ。僕とイライジャの事情をわかって組みしてくれたのは、何処にいるかもわからない悟空と、スプンタ・アールマティ、君だけなんだ。善神群はまだ呼べない。僕が人々を守る、でも、イライジャだって守らなくちゃ。」
アールマティは微笑んで、了承した。
「……お気持ちに配慮致しましょう。ならば、夜の見回りはエジプト・メイソン・リーと連携して、カリオストロ殿とオーエンが、行うのですよ。貴方は賢く、おそらく勉強を終えている時間帯でしょうから、パトロールはお任せいたします。わたくしは貴方に思念を送りましょう。ワイアットと勉強しながら、わたくしは自宅から大地をスキャンして、情報を支援致します。いざ、街に悪神群が現れた時は、集合して応戦しましょう。」
「ありがとう、アールマティ。そうしてくれると、助かるよ。」
カリオストロが拍手し、オーエンは癇に障った。
「見世物じゃないぞ!」
「これは失礼を。見事な連携、見事な善意でございましたので、つい称賛致したくなりまして。それからアフラ=マズダ様には事前に知らせたいことがございます。スマホを出していただけますか?」
オーエンは渋々スマホを出した。
通知が来た。
カリオストロからいきなりメールが届いたのだ。
「情報を教えてないのにメールが?ハッキングしたのか?」
「ハッキングは出来ますが、まさか。味方には致しませんよ。言ったでしょう。わたくしは、わたくしの使う糸に繋がった天使、光の反物質……いわゆる情報思念AIと、同じような存在であるのだと。オリジナルのカリオストロが作った、データ引き継ぎ小箱であり、記憶だけ受け継いだAIに近いクローンですから。このメールは、わたくしからの赤外線通信のようなものと考えていただければ。」
オーエンは違う点に驚いた。
「天使?光の反物質……情報思念AIだって?ラジーが使っているヤツが、天使なのか?」
「おやおや。人間に味方しているとは。余程ラジーさんとやらは模範的善人なのでしょうね。そして、天使はミカエル・サンダースも所有しておりますが……ご存知ない、と?」
「……知らない。」
「帰ったら尋ねてみては?彼女は、わたくしより余程専門家ですよ。」
オーエンは送られてきた住所とマップを見た。
「これは?」
「わたくしの建設した、この街のエジプト・メイソン・リーのロッジですよ。いざと言う時に、お互いの居場所くらいは知っておかなければ、ね。」
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