5-〈2〉
玄関のチャイムが鳴り、キングの父ローレンスがドアを開けると、イラン系の好青年が。
「おや?どちら様かな?」
「お初にお目にかかります。ワイアット君の友人の、カマンガーです。期末テスト期間の勉強に誘われていたのが、ゴタゴタに巻き込まれて遅れてしまって」
父親ビジョンはアーラシュをスキャンした。
人柄、温厚。好青年。爽やか。期末テストの勉強。つまり、普段の仲間より、真面目に勉強が出来る友人。態度は極めて優しそう。まさに息子に出来て欲しかった友達のタイプだ。
「そうだったのか。ワイアットに君のような友人がいるとは!いやぁ、嬉しいな。ワイアット!ワイアット、カマンガー君が来たよ!なんなら、夕飯も食べていきなさい」
母、ジルがズンズン歩いてきた。
父親の勝手な夕飯の誘いで、ヒステリーを起こしているのだ。
「貴方!誰が夕飯を作ってると思ってるの!?だいたい、急に人数が増えても、料理がたりないわよ!!カマンガー君!?人様の家を訪ねるなら、時間帯を考えたらどうなの!?」
ローレンスは慌ててジルを制した。
「そんなの俺が出前ピザにすれば済むのに!それにしたってお前、ワイアットのお友達にそんな態度無いだろう!?」※1
そこに、髪をしっかり整えて前髪も後ろに流し、新しい白いワイシャツに着替えたキングが、凛々しい顔立ちで二人を諌めた。
「御二方、争いはやめてくださいませんか?せめて子供のいる時間だけでも我慢なさい。父殿にも一理あります。子供の友人に露骨に嫌な顔をするのは良くありません。夕飯なら、わたくしがハンバーグを普段の半分残しますから、それをカマンガーに譲ります。心配は無用ですわ。」
父親、母親は、口を開けたまま固まった。
やがて父ローレンスが言った。
「今のはとても友達思いだ、ワイアット。でも、いつもの半分では、お前の筋肉作りに響くよ。俺は出前ピザを取るから、カマンガー君には俺の分を食べて貰おう。もちろん、カマンガー君が足りないとか、お前の友情で分けたいなら、邪魔はしないよ。」
母親ジルが父親ローレンスの足を激しく踏みつけた。
「ゲェッ!!」
「貴方はわたしばっかり悪者にして。でも、ワイアットの友達に、確かに悪かったわ。カマンガー君、食べていきなさいな。」
「カマンガー、お入りなさい。歴史で行き詰まっているのです。見て貰えますか?」
アーラシュは予想していた通りの周りの驚きに、困ったなと頭をかき、キングについて歩いた。
部屋に入ると、アールマティによるものか、既に枕がピンクのフェイクファーの枕カバーに包まれている。
「この枕カバーは……」
「持参しました。ワイアットの了承を得ていますよ。宝物のポスターには触りませんし、ダンベルは一日二回はトライします。それと、彼の為に買い物しました。サンドバッグです。」
そのネット通販代は誰からとか、きちんと考えたんだろうか。
「アールマティ様。このまま、上手くは行きませんよ。この家庭だって彼の暴力でしか秩序が保たれていなかった。母親あたり明日から彼を恐れなくなる。」
「だからこそ、わたくしがワイアットに言葉の手本を教えねばなりません。さあ、ワイアットと変わります。歴史の勉強ですよ、アーラシュ。」
キングは表に出て戸惑った。
「あ、あぁ。今俺か。アンタは天使様の友、いや、配下か?アーラシュ……カマンガー?いつか聞いたな、思い出せねぇが。カマンガー兄貴か。いい名だな。」
「まぁな。俺の事は……アールマティ様に祈って殉教した奴が、復活した感じに考えてくれりゃいい。ワイアット、歴史は何処で行き詰まってる?」
キングは教科書の最初のページまでまくった。
「んん?」
アーラシュが覗く。
猿人から始まる、歴史以前のページだ。
キングは頭を抱えた。
「人間が猿?中国人が初めて火を?中国人は猿人間の頃から世界3大料理でも作ってたってのか?新人は俺たちと変わらねぇのに石を?ああ、ダメだ爆発しちまう!助けてくれ兄貴!!」
「おし、腹を決めて、やるか!!」
猛勉強が始まった。時刻は一般世帯より遅いが、共働きの母親が帰宅して夕飯を作るまで時間がかかるのもあり、アーラシュの丁寧な教えでようやくキングは歩み出したと言えよう。
「命は海から現れたのか……海の古生代から猿や人間に進化して……北京原人が火を使いだし……石器時代の石の割れ目はナイフぐらい鋭いのか……文字が生まれる前だから、まだ歴史じゃない?」
「いい調子だぞワイアット。そう、文字が生まれれば文明がわかる。そこでやっと歴史が始まるんだ。」
部屋のドアにノックが。
「勝手にドアに触るんじゃ」
「は〜い。」
ワイアットからアールマティに交代し、ドアを開けた。
父親ことキングのパパ、ローレンスだ。
「マッマのお手製ハンバーグが山盛り出来たぞう〜!それにしてもワイアット、熱心な声が聞こえてきたよ!カマンガー君もありがとうな!!」
アールマティには疑問だった。ローレンスは人柄が温厚だし、ワイアットへの愛の温かさを感じる。
何故、この人が育児放棄をしたのか。
「本当ならワイアットの勉強を見るのは貴方の役割ですよ、父殿。見たところ子煩悩な方なのに、何故わたくしを置き去りにしたのか、そろそろ話していい時期です。心中を整理し、機会を作ったらいかが?さぁ、食卓に行きましょうカマンガー。」
パパ、ローレンスは真面目に固まり、考えたのか、頷いた。
「そうだな……子供でも大人でも無い歳か。機会を作ろう。次の日曜日は、どうかな。」
「いいでしょう。」
キングの母親こと、ジルのヒステリックな声が届いた。
「何してるの貴方!ワイアットを呼んで!料理が冷めちゃうわ!!」
アールマティは目配せした。パパが応じる。
「ジルは根は息子馬鹿なんだ、許してやれ。でなきゃあんなにハンバーグを山盛り作らないよ。」
「ママも難儀な性格ですね……。」
午後九時。
食卓へ行くと、マッマのお手製パワーモリモリハンバーグが山盛り積み重なった皿があり、キングの大好きなガーリックとタバスコのトマト味だ。
サブおかずにはスパゲティサラダ、野菜もたっぷりのタラコマヨネーズ味。
「まぁ、いい匂いですね。」
「ワイアット君のお母さんは料理上手ですね。」
ママはびっくりし、味をしめたのかヒステリーをおさめて、ニコニコ。
「ワイアットの好物だもの、美味しく作れなきゃあね。さ、カマンガー君も食べなさい。うちは夕飯が遅いから、待たせたわね。」
アーラシュ、何気ない素振りを装って聞いた。
「大丈夫です。ワイアット君ちは、共働きなんですか?」
ママとパパが、ギクリと固まった。
「……ジル。カマンガー君には、隠しても意味が無いよ。」
「……うちは、旦那のお金で生活して、私も社員として働いて貯金を続けてるのよ。離婚の後の生活の為にね。ワイアットがどちらを選んでも、生活苦を味わせたくないわ。」
アールマティの胸が疼いた。
キングだ。
キングが悲しんでいるのだ。
そして、怒っている。
「愛人を作った父であろうが……暴力を教えた母であろうが……家族が別れるのが、本当に最善でしょうか。再び子供を傷つけるだけにはなりませんこと?」
パパとママが、目を見開いた。
キングを見て、尋ねた。
「ワイアット」
「明日はわたくしの苦手な歴史の授業があります。授業に集中出来なければ休暇は毎日講習会行き。エネルギーがたくさん必要です。さぁ、食べますわよ、カマンガー。1度限界までハンバーグを食べてみたかったのです。」
アーラシュは苦笑いだ。
この女神様もしかして食欲で依代を選んだのではないか。
いやいや。いやいやいや。
偉大な女神……だということにしておこう。
※1……アメリカでは出前ピザは格安です。
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