〈1〉
火を拝みし者と な言そ
清き神崇めし 輩なりせば
ーーー王書/フェルドゥスィー
アメリカ合衆国、学術都市ミズーリ州コロンビア。
「ここで停めて。」
タクシー運転手は首を傾げ、尋ねた。
「停めてったって姉ちゃん、ここじゃモーテル一つ無いよ?」
「ホームステイ先の民家があるのよ。」
「やっぱり留学生か。でも、ここいらは治安が悪いから気をつけなよ。あまりの治安の悪さに、ギャングがパトロールしてるくらいなんだぜ。」
「ありがとう。警告のお礼、ドリンクでも買って。」
「ふふ。チップありがとうよ!」
彼女はトランクを下ろし、スーツケースをひいて歩き出した。
「ひとけが無い。痩せこけたはげ山!見渡すばかりの廃墟!滞在先はまた幽霊屋敷か?」
黒犬……悪魔ベルフェゴールが愚痴った。
「電気代は支払っといたし、電気が通ってれば充分だわ。今回の件、依頼を受けたのはあたし達だけじゃないはず。世界中の予言者がミズーリ州に魔術師を集めた。そうなると、ホテルで豪遊して身バレなんて何より馬鹿げた話じゃない?」
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
「うわぁッ!?あっ!?あ……」
片手が目覚まし時計を切る。
オーエンは起き上がると、自身が課題の最中に寝落ちしたとわかり、深い失望のため息をついた。
仕方なく着替えて学校の支度をするが、教師の失望が目に浮かぶようだ。
こんなはずじゃない。成績だけは自分の取り柄だ、しっかりしなくちゃ。
「オーエン?」
「ジュリーおじさん。起きてるよ。」
ジュリーおじさんが二人分のオニオンスープをマグに入れて運んできた。
「昨晩夜更かしだったな。勉強は捗ったのか?」
「あぁ、うん、まぁ」
「お前は俺の誇りだオーエン。姉さんに似て頭も良い。天国で姉さん夫妻、さぞ鼻が高いだろうよ。」
オーエン、ジュリーおじさんに見つからないように、書きかけの課題のノートを閉じた。
「ミズーリ州に越して正解だったな。お前の才能を伸ばしてやれる。支度が出来たら下へ来い、朝ごはん出来てるぞ。」
「うん。ありがとうおじさん………」
ジュリーおじさんの背中を見て、オーエンはガッカリした。自分に落胆したのだ。ミズーリ州の進路の為の引越しだって、ジュリーおじさんは寝ずに働いて、なんとか金策したのだ。今の学校の学費だって。
「オーエン・テイラー、田舎の秀才。ミズーリには、通用しないんだ。」
階段を降りて行けば、ブレックファストのいい匂いがする。キッチンには、エプロンをしたジュリーおじさんと、同じく父親代わりのラジー。小太りのラジーはコメディアンで愛嬌があり、料理も美味い。
「おはようオーエン。気分はツナのパスタ?それともトマト味のペンネ?おかずはタマゴサラダをベースにしたエビカツとアボガドのラジーバーガーだよ!」
「ハイ、ラジー。ツナのパスタとタマゴサラダを貰うよ。」
ラジー、盛りつけながらふざけながら、言った。
「僕みたいなコメディアンの売りは頭。いいネタは稼ぎ、ダダ滑りは犬も食わない。オーエンの売りも頭だ。栄養しっかり取らなくちゃ、身体は育ち盛りで栄養を吸い取ってんのよ。」
ドキリとした。食が細く、運動音痴のオーエンだが、たしかに学問をかじっていれば、肉体の成長や栄養が吸われているのはわかる。昨晩なんか良い証拠だ。
「……そうだね。なんとかして栄養を取るよ。」
オーエンがスクールバスに乗った頃、ジュリーおじさんはホストのスーツを着て髪型をビシッと決めた。
「いいじゃなーい。ミズーリ州に引っ越す前はホストと土方の二足のわらじだったけど、お前さんやっぱ顔がいいよ。」
ジュリーはアントニオ・バンデラスの若い頃に良く似て、セクシーな美形だった。
「オーエンの為なら。ラジー、お前舞台は?」
「今夜七時にレストランで、ヒステリーコメディアンの代理。」
「久々に?やったな。オーエンと行くよ。」
オーエンはスクールバスでようやく席を取った。
いわゆる勉強オタクのオーエンは、親友が乗り込むまで、話しかける人はいない。
ただ、学園のマドンナ、ドナ=ジョーだけは、陰ながら見ていた。ドナ=ジョーの彼氏と噂されるのは学園のキングで、腕っぷしの強い奴だ。
バス停で止まり、イライジャが乗り込んでくると、オーエンは席に招いて喜んだ。
「おはようイライジャ。朝食は?」
「参るぜ。朝五時起きでフルコースを食べてた。オーエン、課題出来たか?」
「寝落ちちゃって。あと少しなんだけど。」
「あんな課題!お前以外誰もできっこねぇよ。」
イライジャは、なんと言ってもお金持ちの子で、本来なら名門スクールのエリートコースなのだが、本人のフランクさと、成績の悪さで編入学。勉強オタクのオーエンに気さくに話しかけるなどして、今の立場にある。
「あ。なぁ、今日、親父が休みなんだ。オーエンに会いたいってさ。オーエン、イベントあるか?」
「僕の育て親のラジーがレストランでショーをやるよ。七時に。」
「行くかぁ。バーガーってある?」
「あるよ。珍しい?」
「五時起きフルコースが、七時起きバーガーになったら、睡眠改革だろ?」
オーエンは親友にラジーバーガーを勧めてやりたくなった。
学校で、課題のことを歴史教師のハワード先生に謝罪すると、ハワード先生は珍しそうに答えた。
「君がかね?報告するまでもない、体調不良の日は寝てよろしい。」
「違うんです。きっと落ち度は僕に。ミズーリ州に来て、学業のレベルも上がってます。スラスラ解ける訳には至らなくて……」
「確かに、講義の時も寝かけていた。オーエン・テイラー、君にしてはおかしいのやもしれない。食が細いらしいな。食事をなんとか、多めに食べなさい。中等部とは訳が違うぞ、肩幅も大きくなった。筋肉に栄養を取られていいように、多めに食べることだ。どんな学者であれ、二十歳後半までは気にせねばなるまい。」
オーエンは昼食を取りに食堂に来て、イライジャの隣に座った。
「オー、山盛りだな、オーエン。」
「栄養不足だって周り中がね。でも、確かに何か吸い取られてる気はするんだ。」
イライジャ、チキンを齧りながら返した。
「俺もそう。朝からフルコースまで食ったのに、気がつくと寝てる。腹が減って、持たない。俺たち、二年後は二mのマッチョかもな。」
「マジ?フフ、今は陰キャなのに」
「例えば、キングをはっ倒す博士になってるかも。」
オーエン、目を見張る。
イライジャの言葉をキングが聞いて、立ち上がった。機嫌が悪かったらしく、こちらに歩いてくる。
オーエンは咄嗟にイライジャを庇いでた。
「誰が誰をはっ倒すって?」
「言葉の綾だ。勝てるわけない。冷静になって。」
「あぁ、そうする。てめぇをぶちのめしたらなぁ!!!」
キングの繰り出すパンチの連続を、オーエンは無意識にかわした。軌道が見える。
最後に顔面に繰り出されたパンチを、片手で押さえつけた。
「……冷静に。」
「クソ!!」
授業の鐘が鳴り、キングは去って、オーエンもイライジャも昼食をかっこんだ。
「オーエン、お前、運動音痴のはずが。」
「まぐれだよ。もしくは、本当にマッチョの博士になるのかも。」
「最高だね!」
「イライジャ、授業遅れるよ。」
「アケメネス朝ペルシアにゾロアスター教が生まれ、後にユダヤ教やキリスト教に最後の審判の影響を与えることとなる。これらはまた、クールシュ朝でクールシュ大王が、セム系民族の中枢・メソポタミアを降し、バビロン捕囚からユダヤ人を解放した事にもよる。クールシュ王家から王位簒奪したのがダーラヤワウシュ一世だが、ダーラヤワウシュ一世はアケメネス朝ペルシアで最も優れた国王であった。マケドニアの東方遠征により、アケメネス朝ペルシアの滅亡後、ササン朝ペルシアでは国教にまで成り上がるわけだが……テイラー!テイラー、ササン朝では何が生まれた?」
すっかり教科書を枕に眠っていたオーエンは、呼ばれて飛び起き、ハワード先生と黒板を見て内容を把握し、答えた。
「イラン高原・アーリア人宗教ではザラスシュトラが啓示を受け始まったゾロアスター教ですが、ササン朝ペルシアでは、ゾロアスター教初めての聖典アヴェスターが誕生します。何故なら、パフラヴィー文字を得たからであり、紀元前からの教義の集大成となります。それは神の賛美、詩、祈祷書、祭儀書などのテキストから構成され、ササン朝以前は口伝で伝えられてきたものです。あ、ですがザラスシュトラの原始教団とは異なり、布教の為に変わった点も。」
「寝ていたのにか?」
「黒板や先生を見て把握しました。昨日も予習したところでした。寝てしまって申し訳ないです。」
「……本当に今日、君は体調が悪い。早退させてもいいのだが。」
「いえ!学業だけは受けて帰ります。でないと、暮らしを支えてる家族に顔向け出来ません。」
放課後、オーエンが明日の授業の予習をしていると、ある人が訪れた。
「今日の講義、見てたわ。」
オーエンはびっくりして2度見した。
学園のマドンナ、ドナ=ジョーだ。
「や、やぁ」
「すごいのね。……元々すごいのは知ってるけど、寝起きで教師に切り返すなんて。でも、具合が悪いのは本当みたいだから、早く帰った方がいいわ。お大事にね。」
去りゆくドナ=ジョーの背中に、オーエンは目が離せない。
イライジャが来てガックリ座り込む。
「最悪だ。学校に親父を呼ぶって。」
「どうして」
「講義の時、また寝ちゃって。起こそうとしつこい教師が、寝起きでキングに見えて右フック。」
「ついてないな……。」
「この眠り病のせいだ。オーエン、帰ってから余程食わないと、夜七時の約束も危ないぞ。」
イライジャは立ち上がり、先に行こうとする。
「寄り道してバーガーでも食べようか?」
イライジャは本当に落ち込んでいて、首を振った。
「自宅のフルコースでも食べながら、親父に真剣に話さないと。オーエン、乗っていけよ。家まで送るから。」
「……きっとわかってくれるよ。イライジャだけで駄目なら、僕からも話す。」
イライジャを迎えに来た黒塗りの車で、オーエンは自宅まで帰ってきた。
もう、筋肉は発熱するわ、腹は鳴るわ。
「イライジャ?送ってくれてありがとう。カップケーキ、持って行くかい?」
ジュリーおじさんがカップケーキの皿を後部座席に出すと、イライジャはふたつ受け取った。
「ありがとう。オーエン!レストラン前で六時半にな!!」
「うん」
ジュリーおじさんがカップケーキを持って歩いていると、オーエンがカップケーキをもりもり食べ始めた。
「珍しいなオーエン」
「ジュリーおじさん。眠り病みたいなものなんだ。食べないと寝てしまう。ラジーのショーまで寝たくない!」
ジュリーおじさん、エプロンをつけてキッチンへ。
「スーパー成長期か。任せろ、ベーコンエッグに、オーブンで焼くピザ。マカロニのマヨネーズサラダも。」
「リビングで勉強してるよ。1人じゃ寝てしまう。」
ジュリーおじさんの激闘が始まった。
オーエンは食べては勉強し、ピザを片手に食べながら課題をこなしている。
ジュリーおじさんの調理は続き、ツナとキュウリとマカロニのマヨネーズ和えサラダも。
オーエンはボールを抱えてスプーンでもりもり食べ、参考書のページをくくる。
ジュリーおじさんはドタバタエプロンを外した。
「材料を買ってくる!オーエン、何が食べたい?」
「チキン」
ジュリーおじさん、バイクで肉屋へ。
七面鳥丸ごと一羽がぶら下がったのに目をつけた。
「おい!店主さん!その鶏」
「はいはい」
一方奥様。
「鶏一羽くださいまし。」
坊やがママに抱きついた。
「大好きなターキーね。」
「おい!俺が先だし、うちの子だってターキーが食べたいんだよ!!」
店主、影からもう一羽取り出した。
「お客さん幸運。今日はこの二羽で売り切れよ。」
帰ってきたジュリーおじさんがターキーを焼いている頃、オーエンは汗だくで湯気を出しながら眠っていた。
勉強しながら、エネルギーが尽きたようだ。
ジュリーおじさんはオーエンの発熱ぶりをさわり、自分の子の異常事態を感じ取る。
「こんなことが……主よ、我が子をお守りください……。」
清掃のパートから帰ってきたラジーが、話を聞いて冷蔵庫からパイ生地とリンゴを出した。
「ジュリーはサラダを作る、OK?僕はジュリーのターキーをオーエンが食べてる間にアップルパイを焼く。」
「そりゃそうだ、効率がいい!」
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