09.なんだかんだでチーム発足
セレナの居住区ツアーを終えた俺は、暖炉の前に座り、一人今後について考えていた。魔族領と人間界の共存。言葉にするのは易しいが、現実はそう甘くはない。
俺とセレナの件もある。手を取り合うことは簡単なことのように思えた。だが、世界は二人だけで完結しているわけではない。
バチンと、一際大きく薪が爆ぜた。
争いが起きれば死者が出る。戦いたいやつなどいるはずがない。だが、セレナはあれだけ必死に考えて、誰にも打ち明けられずに苦悩していた。
暖炉で静かに揺れる炎を見ていると、争い事とまるで無縁の世界にいるようだ。目を瞑り、これまでの記憶を回想する。
実際に争いは起きている。争いだけじゃない。病の流行で大勢が死んだり、親を失い孤児になった者もいた。飢餓に苦しむ者、自然災害で住む場所を失う者もいた。
そもそも、人間界だけで考えてみても、不平等で理不尽な世界で生きてゆかねばならないのが、人の社会だった。
それぞれの社会があって、そこに価値観や文化の異なる別の人々がやってきて共存する。軋轢やすれ違いが生じるのは止むを得ないだろう。それに、利権の確保に必死な貴族たち……。
考えれば考えるほど、セレナが目指す道のりが険しいものだと痛感させられる。
ふと気付くと、いつの間にか横にサモンが立っていた。
「お悩みのようですね。アルス殿。お隣、よろしいですか」
サモンは俺の返事を待たずに、近くのソファに深く腰掛けた。その表情は、いつもの冷徹な宰相のものではなく、どこか憂いを帯びた少年のそれだった。
「どのようなことでお悩みなのですか? 私でよろしければ相談にのりますよ」
――魔族領と人間界の共存の計画。これは、セレナがまだサモンにもフィオにも話していないと言っていた話だ。俺が勝手に話すわけにはいかない。
「いや、特に悩んではいないんだ。大丈夫だ」
「……そうですか」
サモンの眼鏡が、暖炉の炎を反射して、キラリと光った。
「では、私の話を少し聞いて頂けますか?」
「あ、あぁ。構わない」
俺は話の方向性が変わり、安堵した。
「実は、私とフィオにも解決できないでいた悩みがありました」
足元に視線を落とし、懐かしむような表情のサモン。
「魔王様がとある悩みを抱えているのは我々には分かっていました。本音を打ち明けられる同志を見つけてほしいと願ってきたのです」
サモンは大きくため息をついた。
「その相手は、ずっとお側で仕えてきた我々だと思っていたんですがね……」
鼓動が強くなる。あの時のセレナとの会話、聞かれていたのか!? いや、サモンの洞察力なら、言葉など交わさずとも雰囲気で察したのかもしれない。
「ですが、今日一日、お二人の様子を見ていて確信しました。……アルス殿、あなただったんですね」
サモンがここで語ったのは、嫉妬や敵意では無い。「心からの忠誠」あるいは「家族への愛情」と言って差し支えのないものだった。
「アルス殿、魔王様の夢の成就に是非ともお力添え下さい! 私に出来ることなら、どんな裏仕事でも引き受けましょう」
その真剣な眼差しに、俺も覚悟を決める。
隠し事は無しだ。こいつは、共に背中を預けられる男だ。
「……あぁ。俺も全力を尽くすつもりだ。よろしく頼む、サモン」
「えぇ、こちらこそ」
男同士、堅い握手を交わそうと手を伸ばした、その時だった。
「――おーい!! ぬけがけ禁止ですよーー!!」
バァァァーン!!
爆発音のような轟音と共に、重厚な扉が勢いよく蹴り開けられた。
「うぉ!?」
飛び込んできたのは、フリルのエプロンをなびかせ、盆に山盛りの『何か』を抱えたフィオだった。
「さっきからコソコソと! サモンくんずるい! 自分だけアルス様とカッコいいシーンやってる! 私も混ぜてって言ったのに!」
「……フィオ。扉は静かに開けるものだと、何度教えれば学習するのですか」
「そんなことより、アルス様! 夜食です! 愛がたっぷり詰まった特製魔肉おにぎりです! 食べてくれないと、呪っちゃいますよー!!」
先ほどまでの真面目な空気は吹き飛び、フィオの強引なペースが場を支配する。
俺が呆気にとられていると、その後ろから、目をこすりながらパジャマ姿の少女が現れた。
「……騒々しいぞ、貴様ら。一体夜中に何を……。ん? アルス? サモンまで。こんなところで何をしているのだ?」
セレナだ。普段の威厳ある姿とは程遠い、ナイトキャップをかぶった無防備な姿に、俺は思わず視線を逸らす。
「「(マズい……!)」」
俺とサモンの背中に冷や汗が流れる。魔族領と人間界の共存計画に関して「男同士の密約」を語っていたなど、セレナに知られてはいけない。
「あ……いや……これはその……男同士、夢を語らっていたんだ」
「そうです! 男たるもの、夢の二つや三つあるわけでして……」
苦しい言い訳を重ねる俺たちへ、セレナがジト目を向ける。
「怪しい……。何だ? 何か隠し事をしていないか?」
セレナが俺に詰め寄ろうとしたその時、フィオが「はい、あーん!」と俺の口に巨大なおにぎりを流し込んだ。
「むぐっ!?」
「魔王様! お二人は、男同士で、『魔王様をどうやって幸せにするか会議』をしてただけですよ!」
とびっきりの笑顔のフィオから、秘密を暴露される。
「な、ななな、……何を言っておるのだ! 私は魔王だぞ! 幸せなど、自分でつかみ取れるわ」
セレナは顔を耳まで真っ赤に染め上げた。
「ほれ、アルス! さっさと寝るぞ! お前たちも、もう寝るんだぞ!」
顔を赤くしたパジャマ姿のセレナに手を引かれ、俺はバタバタと廊下へ連れ出される。
後ろを振り返ると、サモンが眼鏡を押し上げ、フィオがニコニコしながら敬礼をしていた。




