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勇者に疲れた俺、宿敵の魔王に休職を勧められる。~殺しに来たのに手料理で救われました~  作者: かくかたる


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06.ひも男認定された勇者

 勇者休職二日目。


 魔王城での朝は、驚くほど静かな、そして香ばしい焼き立てのパンの匂いから始まった。


 炊事、掃除、洗濯。魔王城の広大な居住区の維持管理は、そのほとんどを侍女のフィオが一人でこなしているらしい。あの底抜けに明るい性格と、大鎌を軽々と振り回すデタラメな身体能力があればこそなのだろう。


「俺だったら、一週間も同じ仕事をしていては、気が滅入ってしまうだろうな……」


 食卓でパンを口に運びながら、俺は思わず独り言を漏らした。


 その横では、フィオが忙しなく働きながら、俺たちの会話に首を突っ込んでくる。


「えぇーっ!? それじゃあアルス様、今は本当に『休職中』なんですか? ええっと……つまり、今の肩書は『無職』?」


 フィオの無邪気な笑顔が、俺の胸に鋭いとげをさしてくる。魔王と戦わず、ただここで飯を食っているのだ。客観的に見れば、彼女の言う通りかもしれない。


 俺が答えに詰まっていると、隣で優雅に紅茶を啜っていたセレナが、助け舟という名の追い打ちを飛ばした。


「無職と言うと聞こえが悪いが、アルスは人類の英雄なのだぞ。相応の蓄えだってあるはずだ。そこいらの無職と一緒にするな」


「おい、セレナ。そこは俺のノーガードエリアだ」


 俺は視線を逸らし、正直に白状した。


「……魔族領で使える金は、一銭も持っていない」


「えぇー! じゃあ、本当にただの『ひも男』じゃないですか!」


 フィオの突き抜けた声が食堂に響き渡った瞬間、扉が静かに開き、サモンが姿を現した。


「変な言い方をしてはいけませんよ、フィオ。アルス殿は今、心を休めている最中なのです。そんな時に仕事とかお金の話は無粋というものです」


「さすがサモン。……分かってくれてるな」


 俺が安堵の息を漏らしたのも束の間、サモンはセレナに向き直り、その鋭い眼光を向けた。


「魔王様、お食事中に失礼いたします。至急の話があるとお伺いしましたが」


 至急の件。その言葉に、俺の背筋が冷たく凍りついた。


 人間側に動きがあったのか。あるいは、俺の失踪を受けて新しい勇者が擁立され、この城へ向かってきているのか。反射的に、足元に置いてあるはずのない剣を探してしまう。


 だが、セレナが重い口を開いて告げたのは、予想だにしない一言だった。


「……サモンよ、私も休職したいのだ」


「「駄目です」」


 サモンとフィオの声が、見事なまでに重なった。


「いや、そこをなんとか……。アルスだって休んでいるのだぞ?」


「「駄目です」」


 寸分の狂いもない拒絶。あの威厳あふれる魔王セレナが、二人の部下に完封されている。


「私の不在時はサモンに全権を預けていたではないか。それでも支障はなかったはずだ」


「仕事が溜まっております」


 サモンの冷徹な一言に、セレナは「……そうか」と力なくうなだれた。


 想定外に世俗的なやり取りに、俺は毒気を抜かれてしまった。同時に、自分だけが何もせず、魔王に養われているという事実に、少しだけ居心地の悪さを感じる。


「アルス様、仕事……と言えばなんですが、もしお暇なら、私のお手伝いでもしてみませんか?」


 フィオが提案した「仕事」という言葉に、一瞬動悸がした。勇者という仕事に付きまとっていた、あの重苦しい責任。死ぬことさえ救いだと感じていた、あの地獄のような日々。


「アルス殿は休養中ですよ。フィオ。無理をさせてはいけません」


 サモンの制止に、フィオは「分かってるって!」と手を振った。


「でも、気分転換にはなるかもしれないよ? 誰かに押し付けられたことじゃなくて、自分の意思で体を動かすのはさ!」


 確かに、何もせずに座っていると、どうしてもサイハテ村の村人の視線や、国王の冷たい声を思い出してしまう。


「たしかに、何もしない時ほど余計なことを考えてしまうかもしれませんね。アルス殿次第でしょうか」


「……あぁ、構わない。何か手伝えることがあるなら」


「やったー! じゃあ、まずは洗濯からね! 一緒に良い汗を流そうね!」


「アルスに指一本触れるでないぞ、フィオ」


 背後で、セレナの鋭い牽制を聞きながら、俺はフィオに連れられテラスへと向かった


  ◇  ◇  ◇


 突き抜けるような青空の下。俺はフィオと並んで、真っ白なシーツを広げていた。


「なぁ、フィオ。セレナの周りには君やサモンのように、人間と変わらない見た目の者が多いが、それはどうしてなんだ?」


 俺の問いに、フィオは器用にシーツを翻しながら答えた。


「あー、それね。ずっとずっと昔、人間界で生きていけなくなった人たちが、魔族領に避難してきたことがあるらしいんですよ。私たちはその子孫なんです」


「……人間領から、逃げてきた?」


「そう。だから、私たちは元をたどれば『あっち側』と同じ。ただ、住んでいる場所が違うだけなんです。」


 勇者として教わってきた歴史には、そんな記述は一度もなかった。魔族は等しく悪であり、根絶すべき異形だと教えられてきた。


「じゃあ……魔族領の人間と、人間族の人間の間に子供はできるのか?」


 好奇心から出た問いだったが、口にした瞬間、妙な沈黙が流れた。


「そうですね! えぇ! アルス様! まさか、私に興味があるんですか?」


 フィオが顔を真っ赤にして、持っていたシーツをぎゅっと抱きしめた。


「いや、そう言う意味じゃなくて……生物学的にというか、その……」


 身振り手振りで否定する俺の背後に、強い負のオーラが立ち込める。


「あぁ……魔王様!」


 フィオが突然、俺の背後を見て声を上げた。


「労いに様子を見に来てみれば! 何を昼間っからいかがわしい話をしているのだ! 貴様ら」


 そこには、大量の書類を抱えたセレナが、今にも角が生えそうなほどの般若のような憤怒の表情で立っていた。


「ま……魔王様、これは誤解で……あだっ!」


 フィオの頭に、二日連続の鋭い拳骨が落ちた。


 魔王城に響く、フィオの悲鳴とセレナの叱責。


 勇者を休職して間もないが、この生活は、どうやらこれまでの戦場よりも別の意味で「激しい戦い」になりそうだと確信した。


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