05.魔王城の愉快な身内達
暖炉の炎に身を預け、二人で穏やかな時間を過ごした。薪がパチリと爆ぜ、火の粉が虚空に消えていく。それと呼応するように、夕日が最後の一際強い紅を投げかけ、地平線に消えていった。
勇者を休職中の俺と、魔王を休職中のセレナ。俺たちは何をするでもなく、ただ流れる時間を共有していた。
何事もなく一日が過ぎ去ろうとしていたが、不意にセレナがカップを置き、居住まいを正した。
「……アルスよ。一つ、お前に伝えておかねばならぬことがあった」
セレナの神妙な面持ちに、俺も自ずと姿勢を正し、彼女の碧色の瞳をまっすぐ見据えた。
「どうしたんだ、セレナ」
「実は……勇者との決戦に備え、危険だからと侍女と宰相に暇を与えていたのだが……その二人が今晩帰ってくるのだ」
「帰ってくる?」
その時、扉の奥から近づいてくる複数の足音が聞こえた。一つは規律正しく、もう一つは弾むように落ち着きのない足音だ。
「……来たか」
セレナが呟くと同時に、左右の重厚な扉が勢いよく開いた。
「魔王様ー! ただいま戻りましたっ! 勇者は!? 勇者の首はどこですか? 私がピカピカに磨いて飾ってあげますからね!」
飛び込んできたのは、フリルのついたエプロンをなびかせた小柄な少女だった。
休職中ではあるものの、腐っても勇者だった俺には分かる。この少女、その可愛らしい外見とは裏腹に、相当な手練れだ。身にまとう魔力の質が尋常ではない。
その後からもう一人、こちらは明らかに幼い少年の姿だった。
「フィオ、落ち着いて下さい。魔王様もお疲れのはずですよ」
「だってー、サモン君」
こっちの侍女がフィオと言う名で、もう一人の子供がサモンと言うのか。……にしても、何だ? このサモンとかいう子供。見た目は十歳にも満たないようだが、眼光が鋭すぎる。まるで、何百年も生きた古兵のような威圧感だ。
そこでフィオと、目が合った。
「んー、魔王様! 魔王様! 誰ですか? この男は!? まさか、勇者!?」
俺と魔王は最小限の音量で言葉を交わした。
「……どうする。俺だとバレれば、斬りかかられるぞ」
「隠し事はなしだ。こやつらは私の家族のようなものでな。この居住区に出入りを許しているのもこの二人だけだ」
俺は小さく息を吐いた。まだ万全でない俺には、嘘をつく気力も、言い繕う体力も残っていない。
「……あぁ、そうだ。休職中の勇者です」
俺がそう告げた瞬間、フィオの表情から愛嬌が消え失せた。
「てめぇが勇者か! よくも魔王様の御前でのうのうと……殺してやる! 八つ裂きにしてやるー!」
フィオが虚空から巨大な大鎌を召喚し、俺の方に切り付けてこようとした。その瞬間、隣にいたサモンが、フィオの背後に回り込み、鎌を握る前に両手を後ろ側で拘束、膝を手際よく畳んでしまい、一瞬でフィオは無力化された。
「騒々しいですよ、フィオ。魔王様と客人の御前です」
サモンは淡々と言い放つ。
こっ……こいつも化け物だ。俺と魔王とこの娘が手を組んだとしても、このサモンって少年にはまるで歯が立たないに違いない。見た目は子供だと言うのに、底知れない実力を感じる。
サモンはフィオを立たせ、衣服の乱れを正してやると、こちらに向き直り一歩前へ出て、深々と一礼した。
「……失礼いたしました。私はサモン。魔王様よりこの国の政を預かっております、しがない宰相にございます。以後、お見知りおきを。勇者殿」
セレナから聞いてはいたが、こんな小さな少年が宰相なんだな。とても信じられない。サモンはその場で手を引き、フィオを一歩前に促す。
「フィオ。ちゃんと挨拶をしなさい」
目にまだ殺気が満ちているように感じるが、しぶしぶといった感じで、フィオが口を開いた。
「……フィオです。魔王様の侍女です。世界で一番好きなものは魔王様です。二番目に好きなのは、魔王様の敵の死体です」
後半が不穏すぎるが、ちゃんと仕事をしているときは優秀な侍女なのだろう。……ドアを勢い良く開けたり、突然大鎌を振り回したりさえしなければ。
小さい宰相サモンは、コホンと咳払いをして、
「それにしても、仕事に忙殺され、瞳の光を失いかけていた貴女様が、これほど穏やかな目をされているとは……一体何事ですか!?」
「確かにー! 何だか魔王様の雰囲気が変わった! 何々ー?」
フィオはセレナの頬を両手で拘束して、じっと視線を合わせている。
「あー! 分かっちゃった! 魔王様がいつも大事にしてるあのペンダント! あの話に出てくる『アルス』って少年、この勇者の正体だったんだ!」
セレナは観念したように、ふぅ、と息をついた。
「……そうだ。ここにたどり着いた勇者は、死を覚悟していた。心も身体もボロボロにな。……だが、相手はかつて将来を誓った私だったのだぞ! ……私は彼を休ませることにした」
少々要領を得ない説明ではあったが、サモンがそれを解釈し、言葉を継ぐ。
「つまり、世界最強の矛である勇者殿と、世界最強の盾である魔王様が、ここで手を取り仲睦まじく過ごしていると。世界平和のきっかけがここから生まれる……そういうことですね?」
フィオはプルプル震えて興奮冷めやらずといった様子だ。直立不動の姿勢になったかと思えば、突然、俺の方におおよそ直角に腰を曲げて、左手を差し出してきた。
握手をすれば良いのか? 俺が手を握るか躊躇していると。
「初めましてアルス様! 私はフィオです! 小さい頃から、魔王様にアルス様のお話を聞かせてもらってきました! もし宜しければ、私と結婚してくだ……ブハァ!……ま、魔王様! いったい何を」
……ってか、けっ……結婚!?
フィオの頭に魔王の拳が振り下ろされた。ゴチン、と鈍い音が響く。
「なぜ、いきなり求婚などしているのだ、フィオ。阿呆め」
「だって、ずっと憧れだったんですよ! 魔王様が聞かせてくれたあのエピソード! 私も守ってもらいたいー! 騎士様欲しいー!」
「戯言を言うな! ……アルスは私だけの騎士だ! 誰にも、やらん」
勇者を休職して間もないが、休職生活は、どうやら想像以上ににぎやかになりそうだ。




