04.出会いは思い出の中に
スープを満喫した俺は、セレナに促されるがまま、暖炉の手前の席へ移動した。
近くには大きなテラスがある。だが、冬の冷気を遮断するためか窓は固く閉ざされており、今は外に出ることは叶わないようだった。
ふと、暖炉の傍らに置かれた小さな木箱が目に留まった。
蓋の開いたその中には、古い手ぬぐいの切れ端、茶色く枯れ果てたシロツメクサの指輪、そして……見覚えのある、青い石のネックレスが納められていた。
……シロツメクサの指輪……それにこの青い石。
――これは、まさか。
◇ ◇ ◇
それは、勇者なんて称号を背負わされる前。まだ俺が、ただの「アルス」だった頃の遠い記憶。
家の裏の森から女の子の悲鳴が聞こえて、俺は無我夢中で駆け出した。
駆けつけると、岩の上で泣きじゃくる女の子と、赤い目をぎらつかせているホーンラビット。
俺は手近な石を拾うと、勢いよく投げつけた。運良くそれが命中し、魔物のターゲットが俺に切り替わる。そこからは、落ちていた木の枝を振り回しての必死の乱闘だった。泥だらけになりながら、なんとか魔物を追い払ったのを覚えている。
女の子はまだ泣いていた。怖がらせないように近づくと、彼女は膝をひどく擦りむいていた。
俺は「大丈夫だよ」と声をかけ、持ち歩いていた薬と手ぬぐいで手当てをした。仕上げに、母さん手作りのハーブの香水を少しだけ振りかける。子供心に、鼻をつく傷薬の匂いが大嫌いだったから。
それでも膝の痛みに震える彼女を笑わせたくて、当時一番の宝物だった青い石のネックレスと、その場で見つけたシロツメクサを編んだ指輪をプレゼントしたんだ。
「これは、痛いのを飛ばすお守り。俺はいつか立派な騎士様になるから、君のことは俺が守ってあげるよ」
なんて。今思えば、顔から火が出るほど恥ずかしい、ガキの騎士道気取りだった。
◇ ◇ ◇
だが、この箱に入っているものは、あの時の思い出の品とそっくりだ。
「……セレナ」
振り返ると、セレナがこちらをじっと見ていた。その青い瞳は、記憶の中の泣き虫な少女と同じ色をしている。
「セレナは昔、人間の街の近くに住んでいたことあるか?」
セレナは少し意地悪な表情を浮かべ、わざとらしく視線を泳がせてから答えた。
「……あるには、ある」
「じゃあ、森の中でホーンラビットに襲われて、誰かに助けられたことはある?」
今度は視線をこちらから逸らし、けれど否定はせずに同じ言葉を繰り返す。
「あるには、ある」
「じゃあ、その木箱に入っているのは……」
確信を持って告げようとした俺の言葉を、彼女は遮るようにして口を開いた。
「やっと気づいたか、この鈍感勇者め」
俺が言葉を選んでいる間に、堰を切ったようにセレナは言葉を紡いだ。
「あの時、お前が『守ってやる』と言ったから、私は信じて待っていたのだぞ。それなのに、次に出会ったお前はあんなに死にそうな顔をして私を殺しに来るなんて……。まったく、どうかしているぞ」
「けれど、セレナのことは人間だと思っていたし、魔王がセレナだなんて思っていなかったし……。セレナは俺がここに来る前から勇者だと、ここに来る前から気づいていたのか?」
セレナは深いため息をつき、隠しきれない熱を帯びた碧い瞳で俺を射抜く。
「……そんなわけなかろう。私が『勇者』とまみえたのは、あの時が初めてだ、だが、見間違えるはずもなかろう。お前は……お前は私の『たった一人の騎士』なのだから」
「セレナ……」
「あの日、お前からもらった青い石と、枯れ果てた花だけを支えにして、私は魔王としてやってきたのだ。……それなのに、ようやく再会した騎士様が、世界に押し付けられた責任でボロボロになって死にに来るなど。……そんな悲しいことがあってたまるか」
彼女はそこで言葉を切ると、そっぽを向いて小さく呟いた。
「だから……お前が勇者を辞めるまで、私が預かっておいてやる。……誰にも文句は言わせん」
かつて自分が救った少女に、今度は自分が救われる。
暖炉に火が爆ぜる音だけが、気恥ずかしく、けれど心地よい沈黙の中に響いていた。




