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勇者に疲れた俺、宿敵の魔王に休職を勧められる。~殺しに来たのに手料理で救われました~  作者: かくかたる


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03.手料理は心を癒す

 ――はっ!?


 気付くと俺は、柔らかいベッドの上にいた。羽のような掛け布団のおかげで、適温に包まれていた身体からは、これまでの疲れが完全に吹き飛んでいた。


 疲れが完全に癒えるだなんて、いつ以来のことだろう。ベッドで眠るなんて久しぶりだ。


 鎧と剣は、机の上に綺麗に並んでいた。魔王は、本当に俺と敵対する気は無いのだと、手入れされた装備を見て改めて感じる。

 

 隣の部屋から、鼻歌とせわしなく動く影が見えた。近付いてみると、そこにはエプロン姿のセレナがいた。青い髪を後ろで適当に束ねた彼女は、どこからどう見ても、ただの少女にしか見えなかった。


「目を覚ましたのか、アルスよ。三日ほど眠っておったぞ」


 三日間……世界はどうなった? 魔獣は?  


「そ……それは世話になった、セレナ。それで、俺が消えて、人類側に何か変化はないのか?」


「あるわけなかろう。大体お前は魔族領をずっと一人旅してきたのだろう。行方が分からないのは、今に始まったことではなかろうに」


 確かに、人間側の記録は「勇者が魔族領へ突入した」ところで止まっているはずだ。だが、俺が使命を放棄すれば、魔族と人間の争いは激化し、また犠牲が出るのではないか。


「……人間と魔族の戦闘は、どうなったんだ? 俺が寝ている間も、戦いは続いていたはずだろう」


 俺の問いに、セレナは鍋をかき混ぜる手を止めず、心底不思議そうに肩をすくめた。


「我々から人間に戦いを仕掛ける理由などない。そもそも、お前たちがなぜそれほどまでに我々を敵視するのか、私には理解できんのだ。……魔獣に襲われた怒りの矛先を、我々に向けたのではないか?」


「……なんだと? 魔獣が人を襲うのは、魔族が操っているからだと教わったが、違うのか?」


「魔獣に襲われ、迷惑しているのは我々魔族も同じだ。あやつらは腹が減れば相手が誰だろうと食らいつく。ただの自然現象だろう」


「だが、国や教会の教えでは……」


 反論しようとした俺の言葉を、セレナの冷ややかな失笑が遮った。


「アルスよ。お前の国にとって、魔族という『共通の敵』は都合が良かったのだろうな。外に敵がいれば、過酷な税の取り立てにも正当な理由が付く。教会とやらも、異形を悪と決めつければ、救いを求める信者を束ねやすい。……お前は、その便利なシステムのために、死地へと追いやられたのだ」


「それは……」


 何も言い返せなかった。王の冷淡な顔や、村人たちのすがるような視線が脳裏をよぎる。俺が背負わされていたものの正体は、高潔な使命などではなく、誰かの保身のための「都合」だったのか。


「――まあ、難しい話はもう良いのだ。アルス。ほれ、スープが出来ているぞ。一緒に飲もう」

 

 魔王という刺々しい装飾をすべて取り払ったセレナは、お玉を片手にこちらを振り返り、ニンマリと笑った。その屈託のない表情は、どこにでもいる年相応の少女そのもので、俺の胸の奥にあった強張りを、ふっと軽くさせた。


 差し出されたスープには、形がいびつな野菜がゴロゴロと入っていた。料理人が提供するもののような美しさは無いが、「アルスのために試行錯誤を三日続けた」というそのスープからは、真っ直ぐな優しさを感じる。


 湯気とともに立ち上る香りが、鼻腔を、そして空っぽの胃袋を優しく刺激する。震える手でスプーンを取り、黄金色のスープを一口啜った。


「……熱い」


 不意にこぼれたのは、そんなありふれた一言だった。


「ふん……。一言目がそれか。そ……それで、味の方はどうなんだ?」


 強気で自信たっぷりな言葉を続けてきたこれまでとは打って変わり、どこか不安げな表情を覗かせる。


「……美味い。……すごく、温かい」


 嘘偽りのない本音を伝えると、彼女は少しだけ照れ臭そうに、けれど満足そうに「そうか」と短く応じた。


 胃に落ちた温もりが全身に回る。人心地ついたところで、俺は喉元まで出かかっていた疑問を口にした。


「セレナ……貴女の、その、魔王としての務めはどうしているんだ?」


「今は休んでおる。……お前と一緒だ。休職しているようなものだな。……再開する気もないがな」


 彼女は窓の外、広大な魔族領を眺めながら、何事もないように言い放った。


「だが、人間と魔族の戦いはどうなる?ずっと昔から続いてきたんだろう?」


「それもしなければ良かろう。我々は人間側を責めないし、お前も剣を振るわない。それだけのことではないか?」


 あまりにも簡潔な答えだった。人間と魔族の闘争は、記録が残っていないほど古くから続く、宿命だと教わってきた。


 だが、彼女から出た「やめればいい」という言葉は、何百年も積み上げられた憎しみの歴史を、朝露のようにあっけなく消し飛ばしてしまった。


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