14.聖剣だって休みたい! ~聖剣が銀髪幼女になった件~
サモンの指示通り、俺は馬車を飛び出し、森の中へと駆け出した。
身軽な旅装束だったのが幸いした。俺はかつて培った脚力を活かし、軽快に木々の間をすり抜けていく。
背後で、ヒュンヒュンと風を切る不気味な音が迫る。
振り返る余裕などない。だが、すぐ後ろまで迫っていることだけは分かった。
あの数だ。もし追いつかれたら、丸腰の俺に身を守る術はない。一瞬でハリネズミ……いや、肉片すら残らないだろう。
頼む、狙いは聖剣であってくれ――。
俺個人への恨みではなく、あくまで「勇者の装備」の回収であってくれ。
祈るような気持ちで、俺は走りながらわずかに首を巡らせた。そして、愕然とした。
「……こっちかよ!!」
空を覆う光の剣の大群は、聖剣を残したはずの馬車など見向きもせず、美しい放物線を描いて俺の方へ殺到していた。
まるで意志を持つ魚の群れのように、正確に、執拗に。
あれは完全に、俺の命を狙っている。
終わった。
そう覚悟して足を止めた、その時だ。
「――私の騎士に、指一本触れさせるか!」
凛とした声と共に、俺と剣の群れの間へ、青い髪をなびかせたセレナが割って入った。その背中が、かつてないほど頼もしく見える。
「展開せよ! 『浮遊する水鏡の盾』!」
セレナが高らかに指を鳴らすと、虚空から波紋が広がり、十……いや二十枚もの「鏡」が出現した。
水面のように揺らぎながらも、鋼鉄の如き硬度を感じさせるその鏡たちは、セレナの意思に従って瞬く間にドーム状の陣形を組み、剣の進路を塞ぐ。
だが、セレナの狙いは防御だけではなかった。
「塵と消えよ――『魔力暴走』!!」
鏡で形成された閉鎖空間の中に、セレナが高密度の魔弾を放つ。
放たれた魔力は、鏡に当たるたびに反射し、加速し、増幅していく。
一発、二発、百発――。
幾重にも重なる反射音が、やがて一つの轟音へと変わる。
瞬きする間に、鏡のドーム内は乱反射する魔力の嵐によって、白く輝く「死の領域」へと変貌した。そこはもう、生物が存在することを許されない、純粋なエネルギーの窯だ。
ジュッ、と何かが蒸発する音が響く。
突っ込んできた光の剣たちは、その暴走する魔力の渦に触れた瞬間、飴細工のように溶解し、力を失って地面へとボトボト落ちていく。
圧倒的な殲滅力。それを少し離れた場所から、まるで花
火でも見るかのように眺める二つの影があった。
「うわー。魔王様のあれ、相変わらずエグいよねー。中に入ったらミンチだねっ!」
フィオは加勢もせず、どこから出したのかクッキーを齧りながら、楽しそうに手を振っている。
「最強の盾による閉鎖空間を利用し、魔力をあえて暴走させて焼き尽くす……。防衛と殲滅を同時にこなす、極めて合理的な戦術です」
サモンも感心したように眼鏡の位置を直すだけだ。その手には、しっかりと何かのデータを書き留めるメモ帳が握られている。
助かった……俺が安堵の息を漏らそうとした、その時。
「――ッ!?」
魔力の暴走に耐えきった一本の剣が、鏡のわずかな隙間をすり抜け、矢のような速度で俺に向かってきた。
速い。
今の俺には武器もない。防具もない。避けきれない!
「アルス!!」
セレナの悲痛な叫びが響く。間に合わない――。
視界がスローモーションになり、死の感触が肌を撫でた。
キィィィィン!!
金属同士が激突する、甲高い音が森に響き渡った。
痛みはない。
衝撃に備えて瞑っていた目をおそるおそる開ける。
俺の目の前には、一本の剣が浮いていた。
俺に向かってきた光の剣を弾き飛ばし、主を守るように
立ちはだかる、見慣れた輝き。
「……聖剣?」
それは、馬車に置いてきたはずの俺の聖剣だった。
淡い光を放ちながら、まるで「置いていくなよ」と拗ねているように、俺の目の前でブンブンと切っ先を振るわせていた。
「助かったのか……」
俺が腰を抜かしそうになった、その直後だ。
剣がいつもの淡い光を通り越して、目が眩むほどの強い光を放った。
聖剣は眩い光に包まれたかと思うと、キュゥゥンと縮小していく。
硬質な金属のフォルムが解け、柔らかな曲線へと変わっていく。
光が収まった時、そこには一人の幼女がちょこんと座っていた。
白い布を身体に巻き付け、流体のような銀髪を腰元まで
携えている。
「……ぷはっ。やっと出られたー!」
幼女はぱちくりと黄金色の瞳を瞬かせ、自分の手を握ったり開いたりして確認すると、呆然とする俺を見上げた。
そして、花が咲くような満面の笑みで飛びついてきた。
「あるじさまー! あいたかったー!」
ドゴォッ、と小柄な身体からは想像もつかない質量の頭突きが俺の鳩尾に入り、俺は宙を舞った。
「「「はぁぁぁぁ!?」」」
俺とセレナ、そしてフィオとサモンの驚愕の声が、森に響き渡った。
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