13.呪いと膝枕
馬車に揺られて、俺たちは魔王城への帰路を行く。
車輪が石畳を転がる規則的な音と、蹄の音が心地よいリズムを刻んでいた。
「ナミールの一件、無事に片付きましたね」
向かいの席で、サモンが眼鏡を拭きながら呟く。いつもは分厚いレンズ越しに鋭い視線を飛ばすサモンだが、素顔は年相応のあどけない少年だ。
御者台からは、手綱を握るフィオの声が風に乗って聞こえてくる。
「でもさー、これだけで世界が平和になるのー?」
窓から見えるフィオのフリルが風にパタパタと揺れている。彼女の問いかけに、しばしの沈黙が落ちた。
「これだけでは、大きくは変わらんな。だが……」
凛とした声が、すぐ頭上から降ってくる。
「人類と魔族が助け合い、共存する村ナミール。少しずつ何かが変わって行くには、十分な変化かもしれん」
そう言って、彼女――セレナの手が、俺の髪を優しく梳いた。
今の俺がどうなっているかと言うと……恥ずかしながら、魔王様の太ももを枕に、横にならせてもらっている。いわゆる「膝枕」というやつだ。
「アルスよ。まだ身体は動かないのか?」
心配そうな声とともに、ひんやりとした掌が俺の額に触れる。
柔らかい感触と、甘いハーブの香り。正直、天国のような心地よさだが、俺の身体は(建前上は)軽い金縛りの状態にあった。
「……すまない。まだ、動けそうにない」
俺は苦渋の表情を作って答えたが、内心では冷や汗をかいていた。
切っ掛けは、ナミール事変の翌朝のことだった。
聖剣の鞘の光が弱く……というよりも、不気味に薄暗くなっていたのだ。異変に気づき、俺が鞘に触れた途端、身体が石のように固まってしまった。
「魔族を助けちゃったから、聖剣が怒っちゃったのかなー?」
フィオの何気ない一言だったが、言い得て妙だった。聖剣は国からの授かり物であり、元々は教会の管理下にあった代物だ。
国も教会も、魔族を目の敵にしていた。魔族と協力した俺に対し、何らかの「安全装置(呪い)」が発動したとしてもおかしくはない。
……だが。実を言うと、馬車に乗ったあたりから聖剣の光は徐々に戻りつつあり、俺の指先にも感覚が戻ってきていた。
つまり、その気になれば起き上がれるのだが。
(……もうしばらく、このままでいよう)
俺は心の中で聖剣に詫びつつ、再び目を閉じ、この暖かく柔らかい特等席に身を委ねることにした。
「ねぇ、サモンくんあれ、なぁにー?? ちょっと怖いんだけどー」
フィオが御者台から指を指す。前方でも、左右でも無く、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ天を指さす。
サモン、そしてセレナもその異様さに気づき、慌てて座席から身を乗り出した。
「なっ……!?」
ドンッ!
勢いよく立ち上がったセレナの反動で、支えを失った俺の頭は重力に従い、馬車の床へと落下した。 ゴチン! と鈍く、痛そうな音が響く。
「いっ……!」
あまりの痛さに、俺は反射的に頭を抱えて起き上がってしまった。
「あれは――剣ですね。それも大量の。……どうやら、標的はこの馬車のようです」
サモンは冷静に状況を分析する。賢い奴は本当にうらやましい。
だが、今はそれどころではない。
「ひょっとすると、聖剣の呪い……なのか? アルスよ! 動けるか? これは不味そうだ」
セレナの切迫した声に、俺は聖剣をひっつかみ、馬車から飛び降りた。聖剣の淡い光は、いつの間にか元通りに戻っていた。
「……ん? アルス、お前動けるのか?」
「あ、あぁ。今、衝撃で治ったみたいだ! それよりあれを見ろ!」
俺はセレナのジト目を強引に逸らし、空を指差した。
確かに、天からこちらに向けて、雨霰のように大量の剣が降り注ごうとしていた。それもただの剣ではない。聖剣と同じ、淡い光を帯びた魔力の剣だ。
「確かに、ちょっと不味そうだな。どうするべきだと思う?」
俺は三人に助言を求めた。
サモンが「では」、と言いこちらを向き、眼鏡を指先で押し上げた。
「勇者殿、一度、森の中へ走って逃げて貰えませんか? ただし――聖剣はこの馬車に置いていって下さい」
「……なるほど。俺と聖剣、どちらが『標的』なのかを見極めたいと言うことか?」
「御明察です。もし聖剣が狙いなら馬車が、勇者殿が狙いなら森が爆撃されることになりますが……」
「俺に囮になれと?」
「適任かと」
サモンの不敵な笑みに、俺は苦笑いで返すしかなかった。
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