11.休職勇者様と魔王様のお芝居
この世界において、勇者にしか装備できない「聖剣」。その聖剣、そして聖剣と対になる鞘は、常に淡い、けれど神聖な光を放ち続けている。
その光り輝く鞘を持つ者こそが、人類を導く唯一無二の勇者である――。それが、この世界の共通認識だった。
この日、俺は久しぶりに、あの重苦しい勇者のフル装備に身を包んだ。休職中だとはいえ、計画のためにこの象徴的な姿が必要だったからだ。
俺は計画通り、国境沿いのナミール村(人間側)の入り口に立っていた。
「……あ、見て! 光る剣! 勇者様だ!」
一人の子供が叫ぶと、村の空気が一変した。
それまで地面を這って遊んでいた子供たちが駆け寄り、農作業の手を止めた大人たちが、信じられないものを見るような目でこちらへ集まってくる。
「本当に勇者様だ……本物の聖剣だぞ」
「勇者様、握手をお願いできますか?」
「勇者様! こんな辺境に、一体何をしにきたの?」
四方八方からの質問攻めにたじろいでいると、人だかりを割って一人の女性が歩み寄ってきた。衣服こそ質素だが、背筋がピンと伸び、白髪を綺麗に結い上げた、芯の強さを感じさせる老婦人だ。
「ナミール村、村長のタニアと申します。……勇者様とお見受けします」
「ええ。(休職中の)勇者アルスと申します。……突然の訪問、失礼します」
俺が会釈すると、村人たちから「おおっ」と歓声が上がった。
「勇者様、このような寂れた村に、どのようなご要件で参られたのですか?」
「……近隣で凶暴な魔獣が目撃されたという噂を追って、この村に来ました。しばらく滞在して、周囲の安全を確かめたいと思っています」
事前にサモンと打ち合わせた通りの口実を述べると、タニア村長は深く頷いた。
「左様でございますか。勇者様にご滞在いただけるなら、これほど心強いことはありません。……どうか、我らをお守りください」
無事に、一人の疑いも持たれることなく村に入り込めた。聖剣という「象徴」の力は、俺が思っている以上に絶大だった。
……さて。川の向こう側、魔族領に入ったセレナは無事にやっているだろうか。
◇ ◇ ◇
一方、魔族側のナミール村。そこには、額を押さえ、絶望に打ちひしがれるセレナの姿があった。
「……なんだ、これは。一体、この化け物は誰だ!!」
集会所に飾られた一枚の絵。そこには、八本の巨大な角が生え、口から毒を滴らせる怪物が描かれ、『我らが魔王セレナ様』と書き添えられていた。
「どうしたお嬢ちゃん。魔王様の絵がそんなに怖いか?」
声をかけてきた老魔族に、セレナはキッと食ってかかった。
「貴様! 私こそが魔王だ! 私は今、ここに君臨しているのだぞ!」
老人は鼻で笑った。
「カカカッ! 冗談を。魔王様といえば、その角一本で山を砕くという御方だ。人間の小娘みたいなひ弱な子が、魔王様のはずがなかろう」
セレナは絶句した。魔族にとっての強さは「異形」にあり、人間と変わらぬ容姿は弱さの象徴でしかなかった。
(……アルスのやつめ。あんな光る棒一本で『勇者様』と拝まれおって!)
悔しさに震えるセレナ。そこへ、旅装束のフィオとサモンが、芝居がかった大声を上げた。
「おぉー、 あの気高くも恐ろしいオーラ! 間違いないわ!」
「おやおや……そのお姿。伝説に聞く『あえて人の姿を模し、全魔力を封印しておられる』という、真の魔王セレナ様では
ありませんか!」
二人の強引なフォローに、村人たちが「……あえて封印を?」とザワつき始める。
セレナは顔を引きつらせながらも、精一杯の威厳を取り繕った。
「ふ、ふん……。ようやく気づいたか、愚民ども。控えよ、私が魔王セレナである!」
◇ ◇ ◇
ナミール川。かつては豊かな恵みをもたらしたその川は、今や両種族を隔てる「拒絶」の象徴となっていた。
中央に架かる石造りの橋は、数年前から積まれた瓦礫によって封鎖され、その両端で人間と魔族が互いを睨み合っている。
「勇者様が来てくださったんだ! あんな化け物ども、一撃で追い払ってくれるさ!」
人間側の村人たちが、聖剣の光を背に強気な声を上げる。
「魔王様を拝め、この人間め! 全魔力を封印してなお、その威厳に震え上がるがいい!」
魔族側の村人たちも、サモンとフィオの口車に乗せられ、かつてないほど鼻息を荒くしている。
そんな喧騒の中、俺とセレナは橋の中央――瓦礫の山を挟んで対峙した。
周囲からは「いよいよ決戦だ」と言わんばかりの緊張感が漂っているが、俺とセレナの間にあるのは、それとは全く別の「気まずさ」だった。
(……セレナ、あの肖像画のせいで相当苦労したみたいだな)
(アルス……貴様、その光る棒一本でちやほやされおって。後で覚えていろよ)
視線だけでそんな会話を交わしていると、背後から旅装束のサモンが歩み出てきた。彼は両陣営に聞こえるよう、朗々とした声を響かせる。
「皆々様、静粛に! 今、人類の希望たる勇者様と、魔界の頂点たる魔王様が、この地の呪いを解くべく立ち上がられました!」
呪い? そんな設定あったか?
俺が困惑していると、サモンがこっそり耳打ちしてきた。
「……アルス殿、上流の岩盤が崩れ、水路を塞いでいます。あれを二人の『合体技』で粉砕してください。村人には『両者の力が合わさらねば解けぬ太古の封印』だと吹き込んであります」
「……お前、本当に仕事が早いな」
俺はため息を飲み込み、聖剣を引き抜いた。
それと呼応するように、セレナも指先を上流へと向ける。彼女の瞳が碧く輝き、周囲の魔力が一気に凝縮された。
「……行くぞ、魔王!」
「合わせろ、勇者! 私の魔力に振り落とされるなよ!」
俺の放つ聖剣の閃光と、セレナが放つ高密度の魔弾が同時に放たれた。二つの強大なエネルギーが空中で螺旋を描き、川を堰き止めていた巨大な岩盤へと直撃する。
轟音と共に岩が砕け散り、せき止められていた水が、濁流となってナミール川へと流れ込んだ。
乾ききっていた川底が瞬く間に潤い、水飛沫が日光を反射して虹を作る。
「……水だ! 水が流れてきたぞ!」
「勇者様と魔王様が……力を合わせた?」
呆然とする両村人たちを前に、サモンがすかさず「演出」を重ねる。
「見なさい! 一人の力では叶わぬことも、二つの力が交われば奇跡が起きる! これこそが、ナミールの神が望んだ和解の形なのです!」
「……サモン君、今の台詞ちょっとクサくない?」
隣でフィオがツッコミを入れているが、感動に打ち震える村人たちの耳には届いていないようだった。
俺は聖剣を納め、セレナの前に歩み出て、手を差し出す。
その手をセレナがガシッと掴み、舞台の幕が下りた。
ふと空を見上げれば、一羽の鳥が天高く悠々と飛んでいた。
種族の壁も国境も関係なく、自由に行き来するその翼。
俺たちが目指す景色の象徴のように思えて、俺は少しだけ口角を上げた。




