聖女の座を奪った義妹が「呪い」の正体に気づく頃、私は隣国の皇帝陛下に溺愛されています
真っ赤な絨毯が敷かれた玉座の間。
この国の第一王子、カイル様は私の目の前で、愛おしげに義妹のミレーヌの肩を抱いた。
「アイリス。君のような心根の冷たい女は、聖女に相応しくない。今この瞬間をもって、君との婚約を破棄し、真の聖女であるミレーヌを私の妃に迎えることを宣言する!」
ミレーヌは、潤んだ瞳で私を見つめ、わざとらしく胸元を押さえた。
「ごめんなさい、お姉さま……。カイル様は、私が支えてあげないとダメなんですって。お姉さまは優秀ですから、お一人でも生きていけますものね?」
その言葉に、周囲の貴族たちが「そうだ、冷徹なアイリス様よりも、慈悲深いミレーヌ様こそが聖女だ」と囁き合う。
私は、扇で口元を隠し、静かに目を伏せた。
「……そうですか。王家と神殿がそれを望むのであれば、私は謹んでこの座を降りますわ」
「ふん、潔いな。せいぜい地方の修道院で悔い改めるがいい」
カイル王子は満足げに鼻を鳴らした。
けれど、彼は知らないのだ。
私が「冷徹」と呼ばれながら毎日欠かさず行っていた、神殿の地下に溜まる「瘴気」の浄化。それがどれほど過酷で、私の魔力を削っていたかを。
そして、聖女の証とされるそのペンダントが、実は浄化の道具ではなく、溜まった汚れを一時的に吸い取るだけの瓶に過ぎないことも。
(……ようやく、この重荷を押し付けられるわ)
私は心の中で快哉を叫んだ。
◆
私はその日のうちに、必要最低限の荷物を持って王都を離れた。
向かった先は、北にある軍事帝国。この国の「敵国」であり、最近「皇帝が呪いに侵されている」という噂がある国だ。
国境を越えた先、黒い鎧に身を包んだ騎士たちに囲まれた。
その中央にいたのは、漆黒の髪に鋭い金の瞳を持つ男。現皇帝、リュシアン陛下だ。
「貴様が、我が国に亡命を求めてきた『元』聖女か。……我が呪いを解けると豪語する理由は?」
彼は剣の柄に手をかけたまま、私を威圧する。私は不敵に微笑んだ。
「陛下。それは『呪い』ではなく、単なる魔力の暴走ですわ。そして……私の国が陛下に送り続けていた『貢ぎ物』に仕込まれていた毒のせいでもあります」
私は彼の手をそっと握った。
瞬間、彼を苛んでいた黒い霧が、私の指先を通じて霧散していく。
「……っ、体が軽い。貴様、一体何をした?」
「私の国では、私がこれを一人で処理していました。けれど、もうあそこには私はいません。代わりの『聖女』様が、今頃その毒を一身に受けているはずですよ」
◆
それから三ヶ月。
私は帝国の賓客として、リュシアン陛下の傍らで穏やかな日々を過ごしていた。
一方で、私の故郷――リンドール王国からは悲鳴が届いていた。
聖女となったミレーヌは、浄化の方法を知らなかった。私が「瓶」の中に溜め込んでいた十数年分の瘴気が、聖女交代の儀式の際に一気に溢れ出したのだ。
王宮は黒い霧に包まれ、美しい花園は枯れ果てた。
カイル王子はミレーヌを責めたが、彼女にできるのは「泣いて謝ること」だけ。
皮肉なことに、私が彼らに残した「聖女の証」は、今や国を滅ぼす呪いの発信源となっていた。
「アイリスを連れ戻せ! あいつだけが、この事態を収拾できるんだ!」
カイル王子の叫びが届いた頃には、時すでに遅し。
王国の使者が帝国を訪れた時、彼らが見たのは、私の手を取って跪く皇帝陛下の姿だった。
「わが愛しきアイリス。……どうやら、君を捨てた愚か者が外で騒いでいるようだが、会う必要はあるかな?」
リュシアン陛下は、私の指先に愛おしげに口づけをする。その瞳には、私への独占欲が渦巻いている。
「いいえ、陛下。私はもう、あの国の人間ではありませんもの。……それに、私は今、新しく開発した農作物の品種改良で忙しいのです」
私は窓の外に広がる、帝国の豊かな大地を見つめた。
あんなに欲しがっていた「聖女の座」をプレゼントしてあげたのだから、妹もきっと満足していることでしょう。
王国はその後、蔓延した瘴気によって国力が衰退し、帝国の属国となることでかろうじて存続を許された。
カイル王子とミレーヌは、浄化しきれない瘴気を浴び続けた結果、魔力を失い、平民以下の生活を余儀なくされたという。
「アイリス、今日は君の好きなバラが咲いたよ。……このバラのように一生、私の側で笑っていてほしい」
かつての冷徹な表情はどこへやら。
今では私にだけ甘い「大型犬」のような皇帝陛下に抱きしめられながら、私は最高に幸せな人生を謳歌している。
――お姉さまは一人で生きていける。
ええ、その通り。けれど、愛してくれる人が隣にいれば、もっと楽しく生きていけるのよ。
(了)




