第9話 偽装婚約の申し出。
「お父様、お話がございます。」
「なんだ?」
学院から帰るとリディアはさっさと着替えて、父の執務室に向かった。
書類から目を離さない父を真っすぐ見つめて、口を開く。
「私、ベルトランと結婚することにしました。ですから、お父様の進めているお見合はお断りしてください。」
「え?ベルトラン、って?どこの?」
顔を急に上げたので、父の眼鏡がずれた。目は…真ん丸である。
「お父様もよくご存じの、ラウリー伯爵家のベルトランですわ。」
「いや、待て、リディア。あいつはラウリー伯爵家の跡取りだぞ?お前が嫁に行くのか?」
父が眼鏡を直しながら、慌てている。
ちょうど休憩にしようとしたのか、お茶を運び込んだ母まで固まってしまっている。
「いえ。二人で話し合って、ベルトランがうちに婿に来てくれることになりました。」
「ふ…二人で?二人で決めれることじゃないだろう?ラウリー伯はご存じなのか?」
「今日、ベルトランが話していると思います。私たちお互いに…見合い話が来てしまったので。」
「で、って…お前…。」
黙って聞いていた母が、からからと笑う。
「あらあらあら…焼け木杭に火が付いた?」
「お…お前、何をそんなにのんびり…。」
「縁があった、ってことなんでしょう。一度、先方さんと話し合いましょう、ね?あなた。リディアも…すぐすぐ私たちだけで、そうなの、おめでとうって言えることじゃないことぐらいはわかるでしょう?」
「…はい。」
動揺する父と対照的に、母は落ち着いて見える。
「お、お、お前…」
「私はアンに二人のことは聞いていたから。てっきりリディアが嫁に行きたいって話かと思っていたのよ。まさか、婿に取ろうと思っているとはねぇ~。」
「感心している場合か!相手は同じ伯爵家とは言え、格は随分上だぞ?嫡男をはいそうですか、と婿に出す家がどこにある!!」
「まあ、それもそうですわね。」
「これからすぐにラウリー伯爵家に向かうぞ!着替えだ着替え!お前たちも着替えろ!馬車を用意しろ!」
父が慌てふためいて…事の重大さを再確認した。
まあ、そんなにすぐに認められるとも思ってはいなかったけど…。
それぞれ着替えるために父の執務室を出ようとしたら、来客の知らせがあった。
「お父様、ラウリー伯爵家の皆さんがお越しです。」
いつからそこにいたのか、アンジェリクがにんまりと笑って、執務室のドアを開けた。




