第7話 偽装結婚の提案。
「あれま、リディ?お見舞いに来てくれた?」
部屋に入ると、振り返ったベルが笑ってそう言う。妙に素直ね。ほんの少しやせたかな?
「うん。あとこれ、授業のノート。それと…差し入れの本。退屈でしょう?」
「お、ありがとう。」
差し入れの本は今私がはまっている冒険小説の第1巻。
屋敷の侍女が二人分のお茶を持ってきてくれた。
初夏に似合う、ミントティー。爽やかな香りがする。
せっかくなので、作ってきた焼き菓子も並べる。
「あ、久しぶりにリディのお菓子か。」
「食べたり飲んだりは、もういいの?」
「うん。全然平気。」
そう言いながらパジャマのまま、ティーテーブルまで歩いてきた。ほんの少し、右側を引きずってる感じね。椅子を引いて、ベルを座らせる。
「もうさ、俺、傷物でしょう?」
久しぶりに会ったベルがおどけてそう言う。
自分で笑って、笑うと傷に響くらしく、顔をしかめる。
「まったく…何やってるのよ?しっかりしなさいよ?跡取り息子の経歴に傷がついちゃうわよ?」
「まあ、そうたいした経歴でもないっしょ?素行が悪いのが疑われる元なんだって、父上にぎっちり叱られたし。」
ラウリー家の中庭のバラの盛りは終わったが、蔓バラがまだ咲いている。
風が揺らすレースのカーテン越しに、ちらりと見える。
「まあ、俺もさ、素行悪いし、今回は刃物沙汰だし…もう親があきらめて、廃嫡してくんねえかなあ。」
「…え?」
「まあ、お前にだから言うけどさ…あ、俺の好きなオレンジピール入りのマドレーヌだ。」
持ってきた焼き菓子を頬張りながら、ベルが続ける。
「…今の母上とは俺、血がつながってないだろう?この家を継ぐのって、シリルの方がいいんじゃないかって…まあ、思っているわけよ。」
「…ベル?」
「血のつながっていない俺をさ、母上は本当の息子みたいに育ててくれて。でもさ、この先もずっと生きてくんなら、自分の息子を手元に置きたいんじゃないのかなあ、ってな?」
「……」
「それにな?シリルはお前の妹が大好きだろう?嫁に貰うなら、爵位があった方がいいっしょ?俺は俺で、王城の事務官の試験を受けるつもりだし。」
「……」
「まあ、そんなわけで、刃物沙汰なんて俺は気にしてないけど、あの子には悪いことしたなあ。恋愛感情とか?そんな気はさらさらなかったんだけどな。」
「……」
「……」
しれっと…とんでもないことを言いながら、お茶を美味しそうに飲むベルを見る。
ん?あら?
じゃあ…ベルでいいんじゃないかしら?
「それじゃあ、ねえ、ベル?」
「あ?」
「私と結婚しない?」
「は?」
動揺したベルの手元から焼き菓子が落ちる。あらあら、と拾って、ついでに口と手を拭いてあげる。
「うちの婿に来てよ。私は気心の知れたパートナーを手に入れることができるし、領地運営も私がやる。あなたは好きなことをしててくれていいから。恋人は作ってもいい、子供は困るけど。そういったことは私とはしなくてもいいから、子供はアンジェリクの子を養子にすればいいし。そうしたら、あなたは跡取りを外れるし、シリルの跡取り教育は今からでも十分間に合うし!ね?」
「…は?ね、って…お前…。」
「私、このままじゃ、一生結婚しそうにないし。ちょうどいいでしょう?ギブアンドテイク、ってやつよ!いい考えだわ!!それに、あなたがそのままのことをおばさまに伝えたら、おばさまを傷つけることになるし、遠慮するでしょう?」
「…俺はいいけど…お前はそれでいいのか?」
「いい。ベルがどうしても好きな人が出来たら、離婚してあげるから!慰謝料も弾むから!」
「…そんなことも、ねえと思うけどな…。」
私たちはそれぞれの目的のために…頭をくっつけて打ち合わせを始めた。
「まず…契約書とかいる?慰謝料の規定とか?期限とか?」
「いらねえ。」
「じゃあ、ベルはもう、素行の悪い振りしなくてもいいわね?」
「……なんだよ、その言い方。」
「教室では、どうする?」
「まあ、普通に。」
「じゃあ、帰りは一緒に帰りましょう?あなたはこんなことがあったばかりだし。ね?」
「お、おお。」
「お互い、すぐすぐには無理だから…そうね、一年後くらいにさりげなくお互いの親に言う、って感じで。」
「お。おう。」
「実は小さいころから好きでしたって、ね?」
「え…うん。」




