第6話 痴情のもつれ。
前期の試験も終わり、もう少しで夏休み、というあたりで、ベルが学院を休んだ。
私の席の斜め前のベルの席は、次の日もその次の日も、空席だった。
「知ってる?リディア?どうもね、ベル君、痴情のもつれで刺されたらしいわよ?」
「え?」
お昼休みにマルゴがこそっと教えてくれた。まあ、確かに、大きな声で言えることでもない。
「自宅謹慎処分になってるみたい。事情を聴かれてるらしいわ。」
マルゴの情報はどこから?
「こそっと彼に聞いたのよ。」
ああ…職権乱用では?そういえばマルゴの婚約者は王城勤めだったものね。
「ケガ自体は急所を逸れて、大したことなかったらしいけど…怖いわよね…。その、刺した男の婚約者の子が、ベル君に熱をあげていて、思いつめて、その男に婚約破棄を申し出たとかどうとかって。」
なるほどね。
恋は盲目?
そんなにも一人の人に固執するなんて…けがをしたベルには申し訳ないけど…すごいわね、小説みたい。その熱量はすごいわ。
*****
ベルは欠席のままだった。
いろいろな噂が流れとんで…そのまま夏休みに入った。
学院の授業のノートとお見舞いの焼き菓子と本を持って、ラウリー家の近くの辻で馬車を降りる。待っててくれるよう頼んで、急ぎ足で歩く。
屋敷の正面玄関を避けて、勝手口へ向かい、顔なじみの執事長にお見舞いの旨を伝えると、エリザベトおばさまが小走りで来てくださった。
「まあ!リディアちゃん!お見舞いに来てくれたの?」
「ええ。大変でしたね。」
「まったく、あの子ったら!!!」
長い廊下を並んで歩きながら、おばさまにいきさつを聞いた。散々事情聴取されたらしい。
「どうもね、あの子自身はどの女の子とも、二人きりにならないように気を付けていたらしいの。当たり前のことだけれど。お昼もお出かけも、いつも4.5人で出かけていたらしいのよ。そうしたら、その…問題を起こしたお嬢さんが、周りの女の子たちにお出かけの日にちが変わったと嘘をついて、待ち合わせ場所に一人で現れたらしいの。」
「はあ…。」
「婚約者持ちの女の子と2人で出かけるわけにもいかないでしょう?ベルがじゃあ、またの機会に、と切り出したら…」
「……」
「しがみついて泣かれて…今の婚約者とは婚約を解消する気だって…。」
「…なるほど。」
「そしたら、様子がおかしいからと後をつけていた婚約者の男は、まあ、誤解するわよね?」
「…まあ?」
「で、カッとなったその男に後ろから、ズブリ、よ。」
「……」
「急所を外れたからいいようなものの…はあ…。泣いたわよ。」
ゲッソリとしたおばさまに同情する。
「……大変でしたわね、おばさま…。」
「ホント…そういう年頃なんでしょうけど…ほら、小さい頃は手のかからない素直な子だったでしょう?年頃の男の子は難しいわよね?」
そんなことを話しながら、屋敷の二階にあるベルの部屋の前まで来た。
「今のところおとなしくしてるけど…リディアちゃんからもよく言ってやって。」
「はい。」
「後でお茶を届けるわ。」
「お気遣いなく。」
ノックをして部屋に入ると、ベッドから身を起こして、ベルが外を見ていた。
開け放した窓から、風が入っている。




