第10話 偽装婚約締結。
「こ…この度は…うちの娘がとんでもないことを言い出しまして…」
小さくなった父が、汗を拭きながら、ソファーの向かい側に座るベルの両親に謝っている。
「いえ。私も先ほど息子から聞きまして、驚いた次第です。うちの愚息は昨年不始末を起こして、リディアーヌ嬢にお世話になりっぱなしで…。いつかお礼を、とは思っていたのですが。」
ベルの父上はやっぱりベルに似ている。年を取ったらベルもこんな感じになるんだろうなあ、と、ふと思う。ちらり、とベルを見ると、目が合った。
侍女がお茶を運んでくれて、私たちにも椅子を運んでくれたので、ベルと並んで座る。どうしたことか、部屋の後ろに、アンとシリルも座ってお茶を飲んでいる。
「ただ…ベルトランはうちの大事な跡取り息子です。出来れば、お嬢さんをうちに頂くわけにはいきませんでしょうか?もちろん、跡取り娘として大事に育てられてこられたことは承知の上で…。」
「…はあ…」
お父様!すでに形勢が不利ですわよ!もう少し、押してください!
「父上、ですから、私からも申し上げましたでしょう?シリルに跡を取らせたらいいだけでしょう?」
「ベルトラン、そう簡単なことではないだろう!」
「シリルは勤勉な子です。これから跡取り教育をさせても十分に間に合います。私は卒業次第、王城勤務もありますし…。」
粘るわね、ベル。頑張って。
「そんなこと、両立させればいいだろう?俺は両立させてきたぞ?」
ベルの父上も…負けてないわね。
「私は…」
黙って聞いていたベルの母上が口を開く。真っすぐに私の父を見据えている。
「私は、先の奥様の残されたベルトランを跡取りにすべく、全身全霊で努めてまいりました。二人が小さいころから思いあっているのも知っておりました。ここは…大変申し訳ございませんが、折れていただくわけにはいきませんでしょうか?」
「……」
思わず…ベルの手を握る。
緊張しているのか、少し冷たい。
「だから、ですよ、母上!」
「ベル!だめよ。」
言うな、ベル。お互い傷つくぞ!ベルに思わずしがみつく。言うな!
「母上の幸せのためにも、僕が婿に出た方がいいでしょう?」
そう言い放ったベルトランを、すっくと立ちあがって…
パーン、と…平手打ちをしたのは、驚いたことに私の母だった。
「知ったようなことを言うもんじゃありません。あなたのことを責任もって大事に育ててきたエリザベトのことを侮辱するのは、友人のこの私が許しません。」
…お母様?
「違うの、おばさま、お母様も…ベルは本当におばさまのことを考えて…一番いい方法を取ろうとしただけなの、ごめんなさい。」
「……」
放心状態のベルを抱きしめて、言い訳を繰り返す。涙が止まらない。
「ごめんなさい…誰も傷つかないように、二人で一生懸命考えたの…。ごめんなさい。ベルを責めないであげて。」
「……」
長い沈黙の後…パンパンッ、と手を叩いたのは…意外なことに立ち上がったアンジェリクだった。
「はいはい。では、このアメデ伯爵家は私が継ぎます。いいですね?お姉様?」
「え?」
「その代わりと言っては何ですが、シリルを婿に取ります。いいですね?おじさま?」
「…え?」
立ち上がったアンジェリクとシリルが満面の笑みで皆様にご挨拶する。
「それではこれで、円満解決、ということで。いいですね?お父様?」
「え?」
「え?ではありません。急ぎ、跡取りの変更と、婚約の申し出の書類を二件分、すぐに作成して王城に提出してください。よろしくお願いしますね。」
…アンジェリク?




