王宮に咲く薔薇の秘めごと
【注意】王宮に薔薇と百合が咲き乱れています。
代々の王族が大切にしている庭園は、季節に合わせた花が植えられ、いつでも美しく整えられていた。
人払いがされた王宮の庭園には、咲き誇る美しい花と美しい王子、そして可憐な少女の姿がある。
少し離れた場所で様子を窺う側近と護衛たちは、いつものように二人から目を離さず、いつでも行動に移せるよう待機していた。
「アルフレッド様、呼び出された理由を、そろそろお聞かせください」
写生をしていたなら、簡素な絵が一枚くらいは完成しそうな時間が経過している。
話があるとセシリアを呼び出したはずのアルフレッドは、用件を告げることもなく、ただ美しく咲く薔薇を見つめているだけだった。
「お話しになる気がないのでしたら、最初から言おうとしなければよろしいのに」
芳しい薔薇の香りも、薔薇に負けないアルフレッドの美貌も、もう充分に堪能した。これ以上は時間の無駄だと、セシリアは暇乞いをしようとアルフレッドに向き直る。
「……セシリア、君に頼みがある」
頼みがあると言いながら、アルフレッドはセシリアの顔を見ようともしない。不誠実な彼の口から、どのような言葉が飛び出すのかをセシリアは興味深く見つめていた。
「どうぞ、早く仰ってください」
美しく咲き誇る薔薇の前で、佇むこと十数分。痺れを切らしたセシリアに促され、アルフレッドはようやく重い口を開いた。
「私に時間をくれないか」
「もう充分過ぎるほど薔薇をご覧になったのに、まだ観察を続けられますの?」
「違う、そうじゃない!自由になる時間が欲しいんだ!」
わざとはぐらかしたセシリアを責めるように、アルフレッドは強い語調で言い募る。
「仰る意味がわかりませんわ」
「……恋をしてみたいのだ」
「まあ、世迷い言も大概になさいませ。わたくしたちに、そのような自由はございません」
第二王子であるアルフレッドは、あと一年で成人を迎える。その後、婚約者であるセシリアと結婚し、臣籍に下る予定になっていた。
「心のままに、自由に恋をすることを求めてはいけないのか!」
「わたくしたちの婚約は王命でございます」
「分かっている。ただ、今だけ、婚姻までの一年だけでいいんだ。その後は、もう……諦めるから」
アルフレッドは、おそらく既に誰かに恋をしてしまったのだろう。そうでなければ、こんなにも切なげにセシリアに懇願するはずがない。
アルフレッドの臣籍降下は幼い頃から決められていたのものであり、それに伴って結ばれた婚約であった。彼にとって自分との婚約は義務であり、恋とはほど遠いものだったのだろう。
セシリアは、アルフレッドの端正な横顔を見つめながら、そう結論付けた。
「では、わたくしもその間は自由な恋を許して頂ける、ということでしょうか」
「あ、ああ、肉体的な接触さえなければ、許そう!」
アルフレッドはセシリアの言葉が予想外だったのか、言葉に詰まりながらも嬉しそうに応える。
これが、恋をするということなのか。あまりの眩しさに、セシリアは平常心を保っているのがやっとだった。
「それでは、殿下が自由な恋をされるということ、わたくしに瑕疵はないこと、わたくしもその間は婚約者としての責務から離れ、自由を頂く。互いの行いに口出ししないということでよろしいでしょうか」
「そうだな、プラトニックな疑似恋愛なら許そう」
「まあ、寛大なお言葉をありがとうございます。……それでは、わたくしはこれで失礼させていただきますわ」
「ああ、時間を取らせて済まなかった」
セシリアからの了承を取り付けるやいなや、アルフレッドはそそくさと庭園を後にする。
「セシリア様……」
「アルフレッド様は、自由な恋愛がしたいんですって。わたくしも、自由に恋愛を楽しんでいいそうよ。……素晴らしいお考えですわね」
二人の会話を聞いていたアルフレッドの側近は、報告のためセシリアと共に王の元へ向かう。
これからのことを考えると、側近は胃が痛かった。
【半年後 王宮の大広間にて】
本日は、王宮で『物語即売会』と呼ばれる、チャリティーイベントが行われている。
王宮の大広間が解放され、数多の淑女たちがひしめく宝探しの場となっていた。
そこは、招待された貴婦人や令嬢が各々求める物語を探し、開拓し、堪能する場。様々な物語が陳列され、萌えが語られ、欲望が迸り、会場は異様な熱気に包まれていた。
そのような淑女の社交場に、招かれざる客がやって来た。
「セシリア!セシリアはいるか!!」
そこに現れたのは、怒りを露にしたアルフレッド十七歳。
少年から青年に移り変わる時期の、危うげな美貌を持つ第二王子である。
婚姻まであと半年、成人までまだ半年の恋するお年頃である彼の、その手に握られているのは一冊の本。
表紙には、アルフレッドによく似た人物と、彼の側近によく似た人物、護衛によく似た人物が描かれているように見える。ちょっぴり肌の露出が多いようだが、よく似た人物たちが煌びやかに描かれているようだ。
アルフレッドは止めようとした側近を振り切り、壁際で作業をしているセシリアに向かって怒声を浴びせた。
「セシリア!お前は、なんという破廉恥な行いをしているのだ!!」
「何を仰いますの!?アルフレッド様が自由にしていいと仰ったので、物語の中で、自由に恋愛していただいただけですわ!破廉恥とは心外ですわ!」
「そういう意味じゃないと分かっていただろう!!」
セシリアは長机を挟んでアルフレッドと対面し、彼の目を真っ直ぐに見つめて言い返す。
「プラトニックな疑似恋愛なら許すと仰ったではありませんか。自由な恋、素晴らしいですわ!見てください、この売り上げを」
「婚約者が同性と恋に落ちる話を捏造するな!」
「あら、ブロマンスですわ」
「ここに!いやらしい描写があるだろう!」
アルフレッドが開いた本には、濃厚な濡れ場が描かれ、アルフレッド似の王子と呼ばれる男が屈強な男たちに組敷かれて喘いでいた。
セシリアは驚愕し、アルフレッドから慌てて本を取り上げる。
「まあ!これは『王宮に咲く黄薔薇の秘めごと~第二王子は朝焼けに散る~』ではありませんか!いけませんわ!成人指定の作品を未成年は読まないでくださいませ」
「お前が書いたんだろう!」
「わたくしは未成年なので、成人指定のものを買ったり読んだりしては淑女失格ですわ!もちろん、書くのも同様です!」
セシリアは取り上げた本を厳重に紙袋に入れると、侍女を呼んで保管しておくよう指示を出す。
そうして、長机に陳列されていた、これまたアルフレッド似の人物と厳つい中年男性が表紙に描かれた本を、アルフレッドに見せつける。
「私の作品は『薔薇は王宮で美しく咲く』シリーズですわ!!新刊は『黄薔薇は王宮で美しく咲く~第二王子は騎士団長の胸筋に包まれて~』ですわ」
「物理的に胸筋には包まれない!潰される!」
「フィクションにいちいちツッコミを入れないでくださいな。もう、ロマンが無い方ですこと。ちなみに、先ほどの『秘めごとシリーズ』は第一王女のエルフィン様の作品ですので」
「姉上!嫁入り前になにしてんだ!」
会場に突然現れ、セシリアを責め始めた第二王子。
様子がわからない淑女たちは、彼を遠巻きにしていたが、これは逆にチャンスではないかとそれぞれのオススメを布教し始める。
「王妃様が書かれた『王宮の黄薔薇~第二王子は真実の愛を探し求める~』もタイトル詐欺で救いがなくて最高ですわよ。全員に捨てられるバッドエンドなんですが、最高に不憫可愛いんですの」
「母上が!?全員に捨てられる!?」
「第一王子のアーサー様が書かれた『狂い咲きの黄薔薇王宮~殺された第二王子の謎~』も素晴らしいですわ!」
「兄上の!?待て、なんで私が死んでるんだ!?」
「陛下が書かれた『モテモテ♡黄薔薇プリンス』シリーズなどはいかがかしら。夢小説ですけれどハマりますわよ」
「父上の夢小説!!!!」
淑女たちからの一斉射撃と家族からの遠隔攻撃を受け、アルフレッドは床に崩れ落ちた。
「酷い……肖像権の侵害だ……」
「あら、ちゃんとモデルには売り上げの一部をお支払いしておりますわ」
目を反らす側近と、にこやかな護衛たちの様子にアルフレッドは裏切りを知った。
「殿下~!モデル代凄いっすよ。1ヶ月の給料と同じくらいでした!」
「お前たち、精神面も私をちゃんと護衛しろ!あと、私に対してモデル料の支払いはないのか!」
「王族のモデル料は、それぞれの名前で公共事業への寄付に充てられておりますの。先日は病院が新たに建ちましたわ」
「ほう。そういうことなら」
「『黄薔薇プリンス病院』ですわ」
「公共の施設に、いかがわしいの作品のタイトルを付けるな!」
「ちなみに、第二王子のイメージ花は黄薔薇です」
「知ってた!」
「『黄薔薇の秘めごと橋』ももうすぐ完成です」
「どの本の売り上げで建っちゃったかバレるだろうが!」
「貢献度が分かって良いではありませんか。ちなみに、こちらの作品は私の父が、王妹である私の母をモデルにした『麗しの姫百合は王国を統べる』シリーズです。大人気作品ですのよ」
「待て、公共施設に『百合』の名がつく物が多いのはそのせいか!」
「あとは、こちら『黒百合は真夜中に花開く』シリーズは成人向けなので、アルフレッド様は読んではいけませんわよ」
「姉上似の人物が表紙!!モデルが姉上なんだろう!なんでわざわざ紹介した!!」
「第一王女×第一王子(女体化)ですので、刺激が強いかと。ちなみに黒は第一王子のカラーです」
「知りたくなかった!そんな情報!!」
「大人気ですのに」
「うう、他にアーサー兄上がモデルの作品はないのか」
「まあ、さすが殿下もお年頃ですわね。でも、こちらの『ハイパー筋肉☆肉祭り!マッスルハッスル!!』は成人指定ですので、ごめんあそばせ」
「誰が書いたんだよ!!!」
「王太后様です。『ハッスルマッスル☆公園』は老若男女に大人気ですの。アスレチックや遊具もあり、マッスルな警備員さんやトレーナーさんも常駐しておりますの」
「公共施設に孫をモデルにしたいかがわしい本のタイトルを(以下略)!」
「そんなふうに悪し様に仰いますけれど、所詮は絵空事。本の中だけの虚構なのですから、良いではありませんか」
「は?」
「貴族は、自由に恋愛などできません。ですから、わたくしたちは作り事の中に自由を求めるのです」
セシリアは会場内を見渡す。王族をモデルにしたものだけではなく、様々な立場の人々がモデルとなり、物語として描かれ、大切にされている。
チャリティーの形をとることで、皆が自由に表現し、好きなものを好きと言える。なんと尊いことではないか。
「いかがわしいとか、破廉恥などと仰らないでください。わたくしたちは、純粋に自由な恋物語を楽しんでいるだけなのですから」
真っ直ぐにセシリアに見つめられ、アルフレッドはたじろいだ。彼女に言い返す言葉が見つからない。
「……悪かった」
彼は、セシリアに一年間の自由を求め、恋を成就させようとしていた自分の愚かさをようやく自覚した。
彼女は、実際に誰かと恋をするのではなく、恋物語を楽しんでいるだけなのだ。それも、婚約者である自分をモデルにした恋愛を……、そこまで考えてアルフレッドは気付く。
「だからといって、私をモデルにしなくてもいいだろう!」
「そもそも、アルフレッド様が『自由に恋愛がしたい』などと仰ったから、『黄薔薇王子』が解禁されましたのよ」
「はあ!?」
「チャリティーにご興味のない、脳筋のアルフレッド様はご存知ないかもしれませんが、我がソーサック国の成人王族は、チャリティー本のモデルを公務の一環として行っておりますの」
確かに、アルフレッドはチャリティーにまったく興味はなく、教科書以外の本は基本的に読まない。事実にしても、脳筋は酷いのではとアルフレッドは思った。
「それでも、同じ王族ならば知っていなければおかしいことを、なぜ私は知らされていないんだ!」
「普通は思春期前に説明されるのですが、幼い頃のアルフレッド様を見た先代陛下が、『この子は公務には不向きだ』と仰って、無理を通して臣籍降下を決めてくださったのです」
「不向き……」
「だって、アルフレッド様ってば、メンタル激弱なんですもの。ご自分がモデルになった作品を笑い飛ばすくらいでなくては、使い勝手が悪いでしょう。ほら、そちらの側近その2の方なんて、モデル料で結婚式代を稼がれましたのよ」
「ガッポガッポです」
「……裏切り者どもめ」
「あらあら、素敵な構図ですこと。では、アルフレッド様?お約束通り、結婚するまでは自由に恋愛をさせていただきますので、引き続きモデルをよろしくお願いいたしますわ」
困惑するアルフレッドを尻目に、セシリアはおもむろにスケッチブックを取り出すと、慣れた様子で手を動かし始めた。
「ところで、アルフレッド様は、アーサー様とエルフィン様、王弟のアレク様のうち、誰に飼われたいですか?あ、他に気になる方がいらっしゃれば、是非参考にお聞かせ願えますか?」
「……なんの参考だ?」
「もちろん、次回作の参考に決まっているじゃありませんか」
「次回作など許可しない!」
「あら、それは契約違反ですわよ」
「セシリア様~!黄薔薇王子があと半年間しか執筆できないなんて、もったいないですわ」
「アルフレッド様も、一年と言わずあと十年くらい自由に恋愛してきてはいかがかしら?」
「まあ、それなら描きたいものを、描き尽くせるわね!」
「王妃様にご相談いたしましょう」
「王太后様のお耳にも入れておきますわ」
貴婦人や令嬢たちがセシリアの周りに集まり始めるのを、アルフレッドはぼんやりと見つめていた。
自分の「自由に恋愛がしたい」という発言が、こんな事態を引き起こすなんて、彼は思ってもいなかった。というよりも、思っていたのと何か違った。想像を超えてきた。
現実のアルフレッドではなく、物語の中のアルフレッドが自由に恋愛をするなど、誰が想像するだろうか。
もう半年しか残っていないと思っていた彼の恋愛の自由は、まだこれから半年もあるのだった。
※アルフレッドはまだ知らないが、彼の片思いのお相手の推しカプは『側近その2×第二王子』で、最推しが側近その2である。
なお、冒頭でアルフレッドが持っていた本こそ、好きな女性の忘れ物であり、うっかり見てしまって現状に至った。
さらに、側近その2と彼女は最近良い感じになっており婚約も間近で、アルフレッドは失恋待ったなしの状況である。
(追記) ※王に報告しに行ったのは側近その1




