刹那のあなたに捧ぐ
≪???視点≫
赤々と焼けた空は、いまだ燃えている。もう燃やすものもないはずなのに、その勢いは収まらない。きっと、そこにくべられているのはあなたの心なのだろうか。
「今回も失敗してしまったのね。……いつも、いつも、今度こそとは思うけど。どうして、毎回こうなってしまうの。また、あなたをいばらの道に追い込んでしまった。」
「……」
彼女は淡々と手を振り下ろして、従えたクルイモノ達を私に向かわせる。かつて人だったそれが獣のようになり下がる。
クルイモノ達の声は酷く苦しそうなものだ。よろよろとこちらに近づくそれらを、痛みを与えぬように素早く切り捨てる。
「あなたの心は先に死んでしまったみたい。あんな環境じゃ仕方のないことだけど。」
憎しみ、恐怖、怒りに飲まれてしまった……本来はもっと無垢であれたはずのあなたの心。
そうさせてしまったのはあなたの基質ではなくて、周りの方だって気づいたのは何回目の頃だったのかしら。まぁ、気づいただけで私だけでは何もできなかった。
腹から溢れる血と焼けてただれる痛みが、意識を蝕み続ける。腕が震えて立って武器を構えるのもやっとだ。
でも、この痛みはかつてのあなたが一人で耐えてきた。逃げ出さなかった。だからこそ、私は……私だけは立ち上がらなくちゃいけない。
「みんなに傷つけられてばっかりだったのに、誰かを守ろうだなんて思えるはずもないわよね。そんな当たり前のこと、本当に誰も分からなかったのだから。」
歩くたびに体が焼けて千切れていく。それでも槍を支えに、一歩ずつ空のあなたへ近づく。
何度落ちても、何度拒まれても、あなたのもとに行くことを諦めない。
「やっと、……やっと、着いたわ。……あぁ、なんてこと。」
私の目に映ったあなたはとても痛ましい。でも、この目に、記憶に刻み付けなければならない。
あなたの気高さを現した艶やかな黒髪は、老婆のような白髪に。憎しみに燃えながらも、熱い想いを宿した紅玉の瞳は、もう輝きを失った。健康的だった白い肌は多くの人の鮮血に染まる。
親を殺された憎しみを抱えながらも前へ突き進んでいった乙女が、他人に利用され世界を燃やし尽くすことのみに執着するようになってしまった。
『私の夢?そうね……。叶うのなら、傷ついてしまった誰かの心を温める炎のような人になりたいわ。』
『まぁ、意外な夢を抱いているのね。でも、素敵な夢だと思うわ。』
『そう、ありがとう。確かに私は父を殺した者たちが憎いと思っている。だけど、憎しみのまま動いて何かが生まれると思うの?
憎しみのまま誰かを痛めつけたら今度は私が憎まれる。
そんな憎しみの連鎖なんていらない。そうなるよりも、誰かを笑顔にさせる方が何倍も気分がいいじゃない。』
遠い昔に少し不器用に笑いながら、胸を張って自分の夢を語ったあなた。そんなあなたは今はもう見る影もなくなってしまった。
「さようなら、ごめんなさい。……どうか、せめてその死は安らかに。」
血が流れすぎて、痛みすら感じなくなった。これじゃ、あなたと私、どちらが怪物なのだろうか。いや、どちらも怪物か。
全身に稲妻を纏い、あなたのもとに一歩一歩近づいていく。あなたが少しでも苦しまず逝けるように。最後の最後に誰かの温かさを感じられるように。
そうして私はあなたを抱きしめる。その瞬間、私もあなたも糸の切れた人形のように、二人とも座り込む。
「あな……たは、何回も私の……そばに、居てくれたのね……□□。」
今まであったのだろうか。もう聞くことのないと思っていた、狂気に飲まれる前の優しいあなたの声が。
これまでは一度もなかったことに、動揺を隠し切れない。稲妻で痺れた体を何とか起こそうとするが、止められる。
「ありがとう。……私を、見守ってくれて。おかげで、何度繰り返しても、心が擦り切れることはなかったの。でも、それももうおしまいね。……幸せになって、彼岸。」
か細い声が私に耳打ちをした瞬間、温かな光に全身が包まれる。先ほどまで感じていた寒気がどんどん引いていく。
「これって、ねぇ、やめて。これじゃ、あなたが……‼」
「あなたは私のことを大切にしてくれるし、叱ってくれるいい人よ。あなたが何回私にとどめを刺したって、変わらない。あなたは本当はこんなことやっちゃいけないんじゃない?私なんかのために、犠牲になってほしくない。」
彼女は私の体をより強く抱きしめる。私に全てを託すように。
なんで私のことを信じるの?私たちが何度もあなたを『世界の敵』として定義して、あなたのすべてを見ないふりをして殺し続けたのよ。普通の女の子であれたはずのあなたの運命を自分たちの王のために捻じ曲げた私たちを恨んでよ。
どうして、そんなにも優しい笑みで私を見るの?もっと、怒ってよ。嘆いてよ。あなたにはそうする理由も何でもあるのに。
「……それに、もうこんな世界で生きたくなんかないの。大切なものなんて、あなた以外全部失ってしまったもの。だから」
――あなたは私の分まで。
最後の言葉は紡がれることなく、あなたの腕は力なく垂れてしまった。胸に手を当ててもあなたが生きている音はもうしない。
せめて、あなたのぬくもりが消えるまでは……。
「彼岸殿、時間です。今回もお疲れ様でした。次こそは絶対に成功させましょう。もう時間はないのです。さぁ、次へ行きましょう。」
抑揚のない声が私を死に対する哀しみから現実へと引き戻す。残酷だ、大切な人の死を悼む時間すら与えられないなんて。
「あと、1分だけでもいいから待って。せめて、弔ってから……。」
「その行為にはなにも意味がありません。常人ならまだしも、罪人にする理由が分かりません。」
そうだった。所詮私たちはあの方によって造られた罪人を裁くための人形。本来ならそこに感情なんて必要じゃない。
「彼女には王を継いでもらわねば……何をするのです! なぜ我らに武器を!?」
「定めは覆せません。いくらあのお方の寵愛を受けていようとも!!」
冷たくなったあなたを抱える私を、同胞たちが攻撃する。だが、その刃は喉元に届くことはない。彼らの技を手に持つ槍で軽く弾き、刃を叩き落とす。
「さようなら、もう会うことはないでしょう」
本当は故郷で眠らせてあげたかったけど、仕方がないわね。
――――
――
「確か、このあたりだったはず。……あ、あったわ。」
本当は、あなたをこんな場所には連れてきたくなかった。
黒く淀んだ海の底。そこにあるのは無念を残した人々の思念と、それを溶かした海ばかり。どこまでも続くその空間には闇しかないと思っていたけど。
「数百年ぶりだけど、この花畑は相も変わらず美しいままなのね。」
淡い光を放つ花たちは、きっと彼女を寂しがらせることはないだろう。寂しいと思ったとしてもこの淡く優しい色をした花の美しさに目を奪われるはずだから。
『私、花は好きよ。花は私たちの荒んだ心を癒してくれるから!』
いつか、平和な世界で会えたらここの花を見せようと思っていた。叶わない願いだと分かっていても、それが私のささやかな糧だった。
「刹那、おやすみなさい。……私、これから少しだけ頑張ってくるから。あなたが本当の意味で幸せになれる世界を絶対に見つけるわ。」
温もりを失った体を冷たい闇の中で唯一温かな花畑の中に横たわらせた。眠るあなたは、いつもよりも幼く見えた――今まで知らなかった姿。
「さて、人の眠りを妨げる無粋な者たちは、どこの誰かしら?」
きっと、あの方に命令されてきたのだろうけど、今の私はそれに従うつもりは毛頭ない。だって、私は知ってしまったもの。命令に従うよりも尊いものを。
「今すぐ彼女を返してください。彼女には我らの王に……」
「それって、本当に彼女である必要があるの?」
あなたと深く関わるようになってから思っていた。これは私たちの問題なのに、彼女にそれを押し付けるなんておかしい。ただ適性があったからって彼女を巻き込むなんてそんなの優雅じゃないでしょ?
「あの方の許しだなんてどうでもいいわ。」
「あなた、まさか‼」
かつての同胞が私を引き留めようと腕をつかむがそれを振り払う。今の私は例え、あの方であろうと誰も止められない。
「今からあの子が『彼岸』で私が『刹那』よ。誰かがあの方の役目を継がなければならないのは確かだけど、それが彼女である必要はない。」
あなたは、頑張ってきたんだもの。もうこんなクソッタレみたいな運命の巻き添えになる必要なんかない。
だから、待っていてね。遠い未来、必ず再開できるから。
――――
――
≪刹那視点≫
とても懐かしい夢を見ていたような気がする。忘れていた大事な記憶を辿るような、そんな夢を。そして、それを忘れてはいけないのに。目覚めると忘れてしまう。
でも、僕は一つだけ覚えている。夢を見ていなくても、漠然とだが常に感じていることだ。
「――全ては、『私に』、感情を教えてくれた彼女のために。」
夢の中の、僕にそっくりな人が言ったささやかな決意。その決意をこの体に刻み、今日も生きていこう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。




