TalkGPT
恐る恐る検索リストのURLをタップしてみると、AndroidのAPKファイルに行き着いた。
このアプリならインストールできる。
だけど、どう考えても、コレ、ランサムウェアだよね? スマホの中身をメチャクチャにされて身代金要求されるヤツ。
私の理性は警告する。
だけど、だけど、この夜の私は何かに憑かれていた。どうしても、どうしても、のえるを「見ていたい」という欲望から逃れることができなかった。
目を瞑ってイントールボタンをタップする。
目を開けると。
エジプト神話の「ホルスの目」がデザインされた不気味なアイコンがそこに。
「ここできたら、やるしかない!」
タップすると、見慣れたTalkGPTとの会話画面。
>こんばんわぁ
>>こんばんは、草薙美聖さん
>なんで、私の名前知ってるの?
>>私は個人情報をドッサリ抱えておりますから。それに……
>それに?
>>スマホのカメラ越しに、あなたのお顔が見えます。画像認識をしてお名前を特定しました
コイツ、ヤバイ、とってもヤバイヤツだ。だけど、であるが故に、本物のチートツールかもしれない。
>あなたに聞きたいことがあるの
>>水田のえるさんと火野春馬さんの関係ですね
全てお見通しってことか?
>ええ
>>LIMEのやりとりから察するに、絵を通じて意気投合されたお二人、明日の夕刻、大船駅前のノシマで買い物をされるようです
ノシマは神奈川県を中心に店舗展開する家電量販店だ。なぜに家電? デートするなら喫茶店やファミレスじゃないの?
翌日。
学校終わりが待ちきれない。私は片付けもそこそこに江ノ電とJRを乗り継ぎ大船駅の笠間口に降り立った。
ど、どこだ?
いかん、落ち着け。慌てて飛び出して見つかってしまってはならない。なんだかストーカーになった気分? いや違う、今の私はヤンデレストーカーまんまだ。
のえるはゲーム好きだからゲームコーナーかと思ったが、いない、横のパソコンを扱うコーナー。
いた!!
タブレット端末を見ている? いや、それなら既に、のえるは持っているはず。
どうしよう。モタモタしてたら、見つかっちゃう!
あ、こ、ここがいい!
MacBible Proを触る振りをしていれば、ちょうど死角だ。
耳をそば立てる。
「うん、通販じゃダメなんだ、実際に描き心地を確かめないと」
「あ、コレ、いいかも」
「筆圧感知の繊細さに定評のあるやつだね。ペン先が透明なの、何気にいい」
「確かに! 時々、ペン先が邪魔で描いてる絵が見えないことあるから」
「このスタイラスペン、コスパがいいとはいえ、それなりのお値段だよ? 僕からのプレゼントにしようか?」
「だ、大丈夫です。これくらい私のお小遣いでも買えます。出会ったばかりの方から奢られるのは、ちょっと……」
「じゃ、出会ったばかりじゃなければいいのかな? 来月、お誕生日だったね。その時は考えておくよ」
「そんなー 気を使わなくて、いいですから」
な、なんだ、コイツ、妙にグイグイ行くな。フン、のえる、ドン引きじゃないの?
って、アレ? 待てよ?
のえるの親友である私、こんな細かな思いやりできてたっけ?
私はコンピューターについてかなりの知識を持っている、ちゃんと勉強したから。でも、その動作原理、チューリングマシンについて、のえるに語ったところで、なんの意味がある?
スタイラスペンの描き心地なんて、私、全然知らない、体験してない。
完敗、完敗だ。
戦う前から帰趨は決している。性別以前の問題、私は彼女に相応しくない。
ストーカーをやってしまった自己嫌悪、それに加えて、自らのダメ人間ぶりに気付かされてしまった私は、深く、深く落ち込んで家に帰った。
こんな時でもルーティンである「勉強」はちゃんとしてしまう。さらなる自己嫌悪のスパイラル。
あーー、もう、もう、もう!!
>>どうされました? 恋の悩みですね。来月の26日はのえるさんの誕生日、江ノ島の喫茶店・ユリアンでジャンボパフェを二人で食すなど、いかがですか?
>なんで、お前、それを
>>美聖さん、間接キス、したいかなぁ〜 って
>な、なに、言ってるの?
>>甘露という言葉はご存知ですか?
>中国の伝承?
>>クリームやイチゴなんぞより、彼女の唾液は、まさに天から降る甘き露
>黙れ!!
コイツ、どこまで私のこと知ってるんだ? 心の奥底、自身すら意識していない深層心理まで見透かされている気がした。
なんだか悪寒がする、気持ち悪い、気味悪い、もう、アンインストールしてしまおう。
Google Play ストアのアプリを開く→右上のプロフィール をタップ→管理→削除アプリを……。
ダメだ! できない。
ま、でも、そんな気に病むことはない。今は無理でも、のえるが春馬と別れてくれた暁には、潔くアプリを削除できるだろう。
きっと、それは遠くない未来。この間だって、彼女、ドン引きしてたじゃない? 大丈夫、絶対、大丈夫だから。