文化祭のステージで小鳥は羽ばたく
――そう、君はいつか俺の元から羽ばたいていくのだ。
「本番3分前です」
スタッフの学生がテントの中に声をかけてきた。
目の前に座る彼女は不安げにこちらを見上げる。何か言おうと口が動くものの、結局無言のまま彼女は表情を曇らせた。
「そろそろ行こうか」
その葛藤に気付かない振りをしてそう促すと、彼女が手を差し出す。
「――ライブが始まるまで手を繋いでいて」
――またか。
ステージに立つ前、彼女はまるで助けを求めるかのように、俺の手に縋る。
「あぁ、勿論」
俺は彼女の手を取って立ち上がらせた。
そのままふたりでテントを出る。動線はステージの裏側まで伸びていて、開演まで少しばかりの余裕があった。
彼女が歌手としてデビューしてから、もうすぐ1年経つ。
齢17歳にして『天才』と持て囃され、リリース楽曲は軒並み高ダウンロード数を叩き出し、この1年で彼女を取り巻く世界は大きく変わった。
――しかし、マネージャーの俺からすれば、当の本人はあどけない少女のままだ。
今日は高校の文化祭ライブにゲストとして呼ばれている。音源発表が中心でライブ経験の少ない彼女にとって、この場に立つ緊張は如何ばかりのものだろうか。
ステージの方からは、開演を待つ客達の喧騒が伝わってくる。
それに怖じ気付いたかのように、彼女の足がぴたりと止まった。
「どうした?」
精一杯の優しい声で尋ねる。彼女は少しの沈黙の後に顔を上げた。
「――お願い、『私ならできる』って言って。そう言ってもらえたら、私きっと頑張れるから」
その眼差しは切実な色を纏って、俺の心に突き刺さる。
俺は手を繋いだまま、目線を彼女の高さに合わせた。
「心配しなくても、君ならできる――俺は君の歌が、世界で一番好きだ」
彼女が驚いたように目を見開く。
「……本当に?」
「本当だよ」
そう言うと、彼女は照れくさそうに「ありがとう」と笑った。
時刻は開始1分前。
ステージの裏に辿り着き、俺は彼女の手を離した。
「――それじゃあ、行っておいで」
「うん」
そう言って彼女は瞼を閉じ――ゆっくりと開かれた双眸には、見る者の心を惹き付けるような圧倒的な光が在った。
『それでは本日のスペシャルゲストです!』
司会の声が響くと同時に、歓声と拍手が雨音のように降り注ぐ。
――さぁ、思う存分暴れてくるといい。
そしていつでも戻っておいで。
今はまだ、俺が君の止まり木でいよう。
たったひとりで戦場に立つ君の背中は、俺には何よりも輝いて見えた。
(了)
最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。
文化祭のワクワク感っていいですよね。特に公演系のライブ感……!
中学生・高校生の頃は、文化系と公演系を掛け持ちしていました。
今思えば、あの頃の経験が今に生きているのかも。
人生に無駄な経験ってないものですね。
お忙しい中あとがきまでお読み頂きまして、ありがとうございました。
【追記】
たんばりんさんに、素敵なイラストを頂きました!
たんばりんさんのイメージの中では完璧で究極のアイドル! ということで描いてくださいました。
それを、奥さまが「プロレスラー?」と一蹴したというエピソード込みで大好きなイラストです……笑。
たんばりんさん、ありがとうございました(´ω`*)