レポート3187 漂流物や未確認部物体についての画像記録
バレェン・ボン・ボヤージュは、電子戦に特化した鯨です。
彼女の使命は、この惑星に連絡網を再建すること。
しかし、その大部分はメイドの手によって行われます。
では、普段のバレェンはなにをやっているのか。わたしは興味を覚え、訊ねました。
「だったら、〝写真〟を見せるの」
「写真?」
「そう、それが私の、数少ない楽しみなの」
というわけで、私はバレェンから大量のデータを受け取ることになりました。
そのほとんどは、光学カメラ捉えた画像データ。
第一人類によって、写真と名付けられたもの……。
「たとえばこれ。浮上したとき、たまたま見かけた漂流物を撮影したものなの」
「……瓶、ですか?」
「そう! まだ大陸があった頃に増産されていた、もっともポピュラーな瓶ビールなの。ここまで綺麗な状態で残っているのは、まあお目にかかれないの」
「そう、なのですね?」
「そうなの! それで、こっちは――」
次々に示される画像データ、画像データ、画像データの海。
どう処理すればいいのか判断がつかないわたしとは対照的に、バレェンは嬉しそうに話をします。
これはどの海域で見つけた〝ブイ〟であるとか、こっちは海水中を漂っていたビニル袋であるとか、それが彼女には月のように見えたとか、生きているように泳いでいたとか。
本当に、どこまでも楽しげに彼女は語るのです。
「水面は一番ものを見つけやすいの。海中は、逆にあんまり見つからないの。それで海底は」
「鯨は普段、海底を泳いでいますからね、見つけやすいのでは?」
そう問うと、彼女は艦首をゆっくりと横に振りました。
「そんなことはないの。海底で写真を撮るのが一番たいへんなの」
「?」
「真っ暗だからなの」
「??」
なぜでしょうか。
鯨の複合センサーを用いれば、海底であろうと状態を把握することは出来るはずです。
「……私たちには、照明設備は搭載されていないの」
「不要ですからね」
「写真には、灯りが必要なの! それなりの輝度がないと、映らないものなの……!」
よくわかりません。
わざわざ光学機器を使わなくとも、他のセンサー類で画像に類するものは撮影できるはずです。
しかし、彼女は譲りませんでした。
光学カメラだけが、真にカメラなのだと強弁します。
不可解です。理解困難です。
本当にわかりませんが……でも、これはバレェンにとって、とても重要なことなのでしょう。
だから訊ねます。
「海底の写真は、ないのですか?」
「あるの! エーヴィスなら、絶対聞いてくれると思っていたの!」
音程をひとつ跳ね上げて、彼女はこちらにまた幾つかのデータを送信してきました。
「これは」
リアクターがトクンと跳ね。
思考領域に、電子パルスが走ります。
驚きました。もっと別のことを感じました。
映し出された画像データ。
それはどれもこれまでとは、大きく雰囲気が異なっていたからです。
「こっちは、沈んだ森なの。大陸が滑落したとき、そのまま海の底に落ちていった森で、奇跡的に最近まで形を保っていたの。たまたま海水の透明度が上がって、撮影できたの」
微かな光がベールのように揺らめく中に、青ざめた無数の巨木が、海底から空へと向かって伸びています。
美しいと呼べる、画像でした。
アーカイブを検索すると、沈木なる言葉がヒットします。
長い間海中に沈んだ樹木が、泥の中にあるなど無酸素状態を経験することで、非常に長期間保存されるのだという知識を取得します。
けれど、この知識は……画像データを見たときに電子頭脳を駆け抜けたパルスとは、無関係のように思えました。
「それで、これなんかもすごいの! 海底火山がくすぶっている様子なの」
一面の暗黒に、ぼんやりと浮かび上がる紫焔。
闇に抗う灯火のごとく、それは眩しく。
「そして私のとびっきりなの」
最後に彼女が差し出してきたのは、人形の写真でした。
海底深くに、ぽつんと沈んだ、第一人類を模した人形。
主を失いながら、笑顔の形を保ったままの玩具。
「この人形の持ち主は、どんな第一人類だったのか。どうしてこんなところにあるのか。こんなにも保存状態がいいのはなぜなのか。そういったことを考えていると、私はすごくリアクターの調子がよくなるの」
……なるほど。
ようやくわかってきました。
バレェンにとって、写真は。
「写真は、バレェンにとっての〝心〟なのですね……?」
「――――」
わたしの言葉を聞いて、彼女はきょとんと沈黙し。
それから、感心したように大きく口を開けてみせました。
「おー。さすがエーヴィスなの。筋がいいの。そう、私は」
バレェン・ボン・ボヤージュ。
「こうやって、少しでも造物主たちのことを、この惑星のことを理解したいと、そう思っているの!」
電子戦特化の鯨。
この星にインフラを取り戻そうとする第一人類の遣い。
わたしの仲間、バレェンは。
今日も、電波中継基地のチェックを行いながら、この大洋を泳いでいます。
時折出会う不可思議なものを、余さずその光学レンズで〝写真〟におさめながら。
第一人類がいなくなったこの惑星で、彼らの名残を、切り取りながら。
そう、情報を司る彼女だからこそ。
〝心〟という不規則なものを理解したかったと、これは、そういうレポートなのでした。
§§
追記。
「そうそう、ちょっと気になる写真があるの」
「どれですか?」
「Bの87番なの」
「……なんですか、この、ブレた画像は?」
それは、海洋を横切るひとつの影がおさめられた写真でした。
なにか、意図があってこんなものを撮影したのだろうかと訊ねると、バレェンは否定してみせます。
「超望遠レンズを使っているとき、視界のすみになにかが映って、反射的にシャッターを切ったの。けれど、それがなんだか解らなくて、現地にも行ったのだけど、痕跡すらなかったの」
彼女の言葉は、有り得ないものを現していたのです。
なぜならその影は、比率からして全長二十メートル以上。
つまり。
「鯨に匹敵する大きさの漂流物なんて、さすがに出会ったことがないの。この海にも未知のものが沢山ある、みたいなの」
「…………」
わたしは強く思いました。
これは、月のわたしに報告すべき事柄であると――
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次は鯨の自我境界へと迫ります。