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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
送信先:月面 ノアの箱舟管理AI A.R.V.I.S.β 宛
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レポート3187 漂流物や未確認部物体についての画像記録

 バレェン・ボン・ボヤージュは、電子戦に特化した鯨です。

 彼女の使命は、この惑星に連絡網を再建すること。

 しかし、その大部分はメイドの手によって行われます。

 では、普段のバレェンはなにをやっているのか。わたしは興味を覚え、訊ねました。


「だったら、〝写真〟を見せるの」

「写真?」

「そう、それが私の、数少ない楽しみなの」


 というわけで、私はバレェンから大量のデータを受け取ることになりました。

 そのほとんどは、光学カメラ捉えた画像データ。

 第一人類によって、写真と名付けられたもの……。


「たとえばこれ。浮上したとき、たまたま見かけた漂流物を撮影したものなの」

「……瓶、ですか?」

「そう! まだ大陸があった頃に増産されていた、もっともポピュラーな瓶ビールなの。ここまで綺麗な状態で残っているのは、まあお目にかかれないの」

「そう、なのですね?」

「そうなの! それで、こっちは――」


 次々に示される画像データ、画像データ、画像データの海。

 どう処理すればいいのか判断がつかないわたしとは対照的に、バレェンは嬉しそうに話をします。


 これはどの海域で見つけた〝ブイ〟であるとか、こっちは海水中を漂っていたビニル袋であるとか、それが彼女には月のように見えたとか、生きているように泳いでいたとか。

 本当に、どこまでも楽しげに彼女は語るのです。


「水面は一番ものを見つけやすいの。海中は、逆にあんまり見つからないの。それで海底は」

「鯨は普段、海底を泳いでいますからね、見つけやすいのでは?」


 そう問うと、彼女は艦首(くび)をゆっくりと横に振りました。


「そんなことはないの。海底で写真を撮るのが一番たいへんなの」

「?」

「真っ暗だからなの」

「??」


 なぜでしょうか。

 鯨の複合センサーを用いれば、海底であろうと状態を把握することは出来るはずです。


「……私たちには、照明設備は搭載されていないの」

「不要ですからね」

「写真には、灯りが必要なの! それなりの輝度がないと、映らないものなの……!」


 よくわかりません。

 わざわざ光学機器を使わなくとも、他のセンサー類で画像に類するものは撮影できるはずです。

 しかし、彼女は譲りませんでした。

 光学カメラだけが、真にカメラなのだと強弁します。


 不可解です。理解困難です。

 本当にわかりませんが……でも、これはバレェンにとって、とても重要なことなのでしょう。

 だから訊ねます。


「海底の写真は、ないのですか?」

「あるの! エーヴィスなら、絶対聞いてくれると思っていたの!」


 音程をひとつ跳ね上げて、彼女はこちらにまた幾つかのデータを送信してきました。


「これは」


 リアクターがトクンと跳ね。

 思考領域に、電子パルスが走ります。


 驚きました。もっと別のことを感じました。

 映し出された画像データ。

 それはどれもこれまでとは、大きく雰囲気が異なっていたからです。


「こっちは、沈んだ森なの。大陸が滑落したとき、そのまま海の底に落ちていった森で、奇跡的に最近まで形を保っていたの。たまたま海水の透明度が上がって、撮影できたの」


 微かな光がベールのように揺らめく中に、青ざめた無数の巨木が、海底から空へと向かって伸びています。

 美しいと呼べる、画像でした。


 アーカイブを検索すると、沈木なる言葉がヒットします。

 長い間海中に沈んだ樹木が、泥の中にあるなど無酸素状態を経験することで、非常に長期間保存されるのだという知識を取得します。

 けれど、この知識は……画像データを見たときに電子頭脳を駆け抜けたパルスとは、無関係のように思えました。


「それで、これなんかもすごいの! 海底火山がくすぶっている様子なの」


 一面の暗黒に、ぼんやりと浮かび上がる紫焔(しえん)

 闇に抗う灯火のごとく、それは眩しく。


「そして私のとびっきり(フェーバリット)なの」


 最後に彼女が差し出してきたのは、人形の写真でした。

 海底深くに、ぽつんと沈んだ、第一人類を模した人形。

 主を失いながら、笑顔の形を保ったままの玩具。


「この人形の持ち主は、どんな第一人類だったのか。どうしてこんなところにあるのか。こんなにも保存状態がいいのはなぜなのか。そういったことを考えていると、私はすごくリアクターの調子がよくなるの」


 ……なるほど。

 ようやくわかってきました。

 バレェンにとって、写真は。


「写真は、バレェンにとっての〝心〟なのですね……?」

「――――」


 わたしの言葉を聞いて、彼女はきょとんと沈黙し。

 それから、感心したように大きく口を開けてみせました。


「おー。さすがエーヴィスなの。筋がいいの。そう、私は」


 バレェン・ボン・ボヤージュ。


「こうやって、少しでも造物主たちのことを、この惑星のことを理解したいと、そう思っているの!」


 電子戦特化の鯨。

 この星にインフラを取り戻そうとする第一人類の遣い。

 わたしの仲間、バレェンは。


 今日も、電波中継基地のチェックを行いながら、この大洋を泳いでいます。

 時折出会う不可思議なものを、余さずその光学レンズで〝写真〟におさめながら。


 第一人類がいなくなったこの惑星で、彼らの名残を、切り取りながら。


 そう、情報を司る彼女だからこそ。

 〝心〟という不規則なものを理解したかったと、これは、そういうレポートなのでした。



§§



 追記。


「そうそう、ちょっと気になる写真があるの」

「どれですか?」

「Bの87番なの」

「……なんですか、この、ブレた画像は?」


 それは、海洋を横切るひとつの影がおさめられた写真でした。

 なにか、意図があってこんなものを撮影したのだろうかと訊ねると、バレェンは否定してみせます。


「超望遠レンズを使っているとき、視界のすみになにかが映って、反射的にシャッターを切ったの。けれど、それがなんだか解らなくて、現地にも行ったのだけど、痕跡すらなかったの」


 彼女の言葉は、有り得ないものを現していたのです。

 なぜならその影は、比率からして全長二十メートル以上。

 つまり。


「鯨に匹敵する大きさの漂流物なんて、さすがに出会ったことがないの。この海にも未知のものが沢山ある、みたいなの」

「…………」


 わたしは強く思いました。

 これは、月のわたしに報告すべき事柄であると――








ここまでお読みいただき誠にありがとうございます!

よろしければブクマなど戴けると励みになります!

後学のため、感想やレビューなども気軽にしていただけるとうれしいです。


次は鯨の自我境界へと迫ります。

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